百六十話 旅立ち-3
「もう、姫様。早くしないとソールさんが旅立ってしまいますよ」
「私には関係ないことだ。あれがバリークを去るというのであれば、私に引き留める権利などない」
「確かに、一応は因縁に終止符が打たれたわけだからな」
「ちょっと栄太さん」
「ソールは半神状態だし、一人で大概の局面は乗り越えられるだろうな」
結局、ソールは完全な人には戻れなかった。そもそも、太陽神の転生体なのだから元から人ではなかったわけだが。
「そうだ。ソールは私の助けなど必要とはしないだろう」
「本当にそう思うか?」
「……それはどういう意味だ」
「太陽神はもともとインシジャーム砂漠を守るために常人種が神化した存在だ。人であること忘却しなかった稀神だからこそ、心はきっと摩耗し続ける」
世界と同化し、残滓で自我を再現している一世代神やそこから派生した心を持たない他の二世代神とは在りようが違う。
現在まで心が残った理由――転生を繰り返すたびに、人として生を受ける。それは、その仕組みにも一因があるけれど、一番の理由は周りの人の想いだ。
その中でも、とりわけウェイトをしめているのはやはりヒラール姫まで連綿と続いた月姫の存在だろう。
つまるところ、ソールを人として繋ぎ止めることができるのはヒラール姫だけだ。
「さっさといけよ。さもないとバリークを蹂躙する――」
指先に炎を灯す。もちろん演技だ。月の牙が身構えた。
だから、演技だって。
「俺は苛立っているんだ。この世界には悲しい別れがおおすぎる」
クロミヤとチビ助。太陽神と月姫。シュルーク王子とアワイ。ノックスとプルートー。
それは呪いのように世界を苛んでいる。その原因はどこにあるのだろう。
――俺の心を君にあげるから。
――必ず帰る。だから、待っていてくれ。
世界系アニメの最終回のような光景がフラッシュバックする。
名前も知らないヘタレ主人公がそもそもの原因なんではないかと俺は考える。
クロミヤは言った「害魔は、ある人物を探して放たれた」と。原初の害魔は、まごうことなく使者であった。
時がたち、二世代神、今では翼人種が彼女の想いを利用しているのだとも。
「幸せな結末を許容できない世界なんて真っ向から否定してやる」
その我儘を押し通すためには、多少の犠牲はやむを得ない。
「ふむふむなのです。暴走さんに一票なのです。姫様が幸せになれない国なんて意味がないのです。ほら、ツントスさんも加勢するのです!」
「そんなの本末転倒だろう」
「ケッ、このチキン野郎が」
「チビッ子、ぜったい馬鹿にしているだろう。ただ、二人の言っていることも理解はできる。上手くは言えねぇが、そん辛そうにしている姫さんを見たくはねぇ」
「デ、デ、デ、デレターーーー!? ついにデレトスさん光臨しました」
「うるせぇ!」
微笑ましい。俺も、ガブやアワイ、ヒジリと一緒に……。
――熱気が頬を撫でた。
「洒落にならんぞ、神代栄太」
炎が蠢いている。やり場のない俺の感情を表しているように不規則で、荒れ狂う。
にもかかわらず、被害を出さずにいられるのは、ここに一般人がいないせいだろう。
床を焼き。柱を絡みつく。不格好だけど、炎の塊はどことなく以前の――成体になる前のガブの姿に似ている。
呼吸を整えて、力をコントロールする。
ガブ――炎は、跡形もなく消失した。まるで、最初から存在していなかったように。
目頭が熱い。
「ソールとヒラール姫は一緒に生きていけるんだ。迷うことなんてないだろう。バリークのことは心配しなくていい、俺に考えがある」
少し声が震えていたかもしれない。俺は、臆病もので、失くすことが嫌いなんだ。
「――私は……」
「姫様」
「姫さん」
「ヒラール姫」
この場の誰も反対なんかしていない。




