百五十三話 魔砂漠の決戦-29
どうしてこうも儘ならない。もう少しで解放してやれた。終止符をうてた。
結末は、わからない。もしかしたら、悲劇としての幕切れだったかもしれない。
それでも、無関係な他者に左右されるのはごめんだ。
天井を仰ぐ。亀裂から漏れる光が、まるで後光のように煌ていている。
神でも光臨するのか。……見計らったようなタイミング。
今のチビ助を屠るのはそう難しい話ではない。一国家が相応の犠牲を支払えば、討伐できるレベルだ。
俺は、異界――この世界のことをあまりしらない。知っているのは、インシジャーム砂漠内の情勢だ。
世界の勢力図。種族間のパワーバランス。多種多様な者が住まう世界。色々な連中の思惑が渦巻く坩堝。
失念していた。取るに足らないことだと忘却していた。
――光槍が天井を突き破った。神域を構成していた黒壁が、硝子片のようなありようで地面に降りそそぐ。
伸ばしていた線がブツリと途絶えた。
殺しにきている。ヒジリに近い力の波動。寒気すらほどの感じる純白。
属性云々の前に、あれを生身で受け止めるのは自殺行為だ。
色々なものをぐちゃぐちゃに混ぜて、強引に体裁を整えている。あんなものを受けてしまえば、存在すら塗りつぶされてしまう。
可能性は潰えた。
――ガブのたがが外れた。
灼熱の炎を幾重にもまといながら上昇していく。遥か高見で力が膨れ上がる。
視界にはとらえきれない広範囲で、幾何学模様が展開されていく。
「チビ助、ごめん」
本当に自分勝手だ。どうしようもなく矮小だとも思う。ここにいるのが俺ではなかったら、もっと物事が上手く運んだとも思う。
これが、俺の――神代栄太の選択だ。
制限を取り払う。ありったけの力を送り込む。今のガブなら耐えられる。
あとは俺の人格がどこまで持つかだ。完全な人外に成り果てた俺が、その燃えカスを斟酌するかどうか。
それは、まさに神のみぞ知るところだが……。
「ガブ、一緒に行こう――」
突然の浮遊感。身体の痛みが、猛り狂う熱が引いていく。
「……どうして」
どうして手を放すんだ。理性なんかほとんどのこっていないくせに……。
まだ、届く。まだ繋ぎなおせる。
『栄太様!』
『アルジ!』
身体が、動かない。動け、動けよ!
「お叱りは甘んじて受けてとめるのでございます。私のことをいくら軽蔑してもかまわないのでございます。しかしながら、ガブの決意だけはどうか……」
「離せよ! 離してくれよ……頼むから」
ヒジリの震えが伝わってくる。嗚咽を漏らしながら、それでもしがみつく手を離さない。
天空の力が膨張を止めた。そして、収束を始める。
「ソール殿、アナタも為すべくことをなしなさい! 決して、後悔だけはしませぬように」
アワイが、声を張り上げた。身に纏う着物は所々破け、髪はほつれている。
煤けた頬を拭ってから、淡く微笑み。そして
「私とヒジリが必ずお守りするのでございます」
「俺は、失いたくない。ガブや、アワイ、ヒジリと一緒にいたい」
ひどく幼稚な主張。外見に引きずられて、中身まで若輩化しているのだろうか。
惨めでも、格好悪くても、心の奥底からとめどなく溢れる感情を堰き止められない。
俺は、弱い。結局、何も守れない。
「その想いを大事にしてくださいませ。その心音を標に進めば必ず――」
最後まで聞けなかった。
――強大な光槍がふりおろされる。
――その瞬間、ガブが、爆炎球を放つ。
音もなくぶつかり、一瞬の拮抗の後、禍々しい白色が空間を塗りつぶした。




