百五十話 魔砂漠の決戦-26
んんんっ、ここは……?
「おい、よそ見をしている場合か」
小さな物体が俺の足元をすり抜けた。
そうだ俺は、久しぶりの休日に街へと出かけたのだ。あいつの誕生日が近いんだ。
「おいかけるぞ」
長い黒髪。スタイル抜群のスレンダー美女。白い軍服を着崩したようなスタイル。長い手足に、シャープな顎のライン。切れ長の目元も相まって、とっつきにくい印象を受ける。
「何だ、その文句がありそうな眼差しは」
街でばったりと出くわした時は、自分の運も捨てたものではないと思ったのに、とんだ騒動に巻き込まれてしまった。
「安心したまえ。後で、しっかりと付き合う。私の審美眼にかかれば些末なことだ。大船に乗ったつもりで――」
泥船の間違いだろう。初見は、冷酷な敵対者だったのに、気心が知れるにつれて粗が目立つというか、人間味が増したというか……。
それは、悪いことではないだろう。今は、同じ目標を抱く仲間だ。これも休日の醍醐味だと考えることにしよう。
「ほほぅ、やっとやる気になったか。それでこそ私の――」
『共犯者』と彼女は臆せず言う。
せめて「戦友」といってほしいものだ。俺と彼女の前に立ちはだる暗雲――未来はどこまでも苛烈をきわめる。
「ほら、チビ助が逃げてしまうぞ」
駆けだした彼女の後を追いながら、不安を払拭する。漠然的な未来よりも、刹那的なこの瞬間を大切にしよう。
「ほら、捕まえたぞ。――こら、噛むんじゃない」
黒い子龍。希少種というよりも、突発的に発生した規格外。
全然、懐いている気配がない。この様子では、近い将来人を襲ってもおかしくないだろう。
「それは君の悪い癖だ。脅威の芽を先回りして摘み取ることは、実に合理的だが些か人間味に欠ける。今からその様でどうする」
別に、そんなつもりは……。
「落ち込むのは後にしてくれ。ほら、少しの間チビ助を押さえてくれ」
ギャーギャーと暴れる子龍を両手で押さえつける。
「――これで……あれ、上手く装着できん」
取り出した金色に輝く首輪は、どう見ても子龍の首には大きすぎる。涙目になりながら、悪戦苦闘している彼女に助け舟を出すことにした。
首輪がだめなら、胴輪にすればいい。
――ほら、ピッタリだ。それにしてもこの金輪は相当な業物だ。良く見れば、文字が刻んである。住所に、名前。それだけなら、もっと安価なもものでも……。
「なに安い買い物だ。ほんの給金半年分だ。成長に合わせて伸縮する優れもので――」
数分間、講釈が続く。これだけ性能を知っているんだ騙されたわけではあるまい。
「――何より、自らの意思で外せるのがいい。外した首輪……結局胴輪になってしまったがを売れば当面の食事には困らないだろう」
そんな満足気な表情で言われたら否定す気も起きない。彼女は、社会からはじき出された者の味方なんだ。
人でも、物でも、幻龍だろうと手を差し伸べる。そんな彼女のあり様を俺は好ましく思う。
まあ、同居人に言わせればただの愚者てことらしいが。
「なぁ、君ははどう思う。最近、シロの奴が冷たいんだ。家計がどうのこうのといっているのだが……」
ご愁傷様です、シロさん。
「――コホン、一つ君に頼みがあるのだが」
姿勢を正し、真面目な口調で彼女が俺に問いかける。
「もし、私に何かあった時には、チビ助のことをよろしく頼む。――無論、万が一の話だ。私は君より先に死ぬ気はない」
戦友の頼みだ。断る理由もない。
俺は、彼女と約束した。黒龍――チビ助が危険に晒された時は必ず俺が…………




