水の大神と神代家長女 その三
子供? 玉座に銀髪の少年が胡坐をかいて座っている。歳は十歳前後。銀色の髪に、深い青色の瞳。
海軍水兵が着るようなセーラーカラーが印象的な紺色のトップスに同色のハーフパンツという出で立ちだ。おまけにベースボールキャップのツバを後ろにしてかぶっている。
幼さをわざと演出しているように見える。
「幼いね。外見に囚われて油断し過ぎだ。今の間に百回はお前を殺せた。でも、俺っちはそうはしなかった。どうしてだと思う?」
凄まじい威圧感だ。身体が強張って上手く動かせない。
「俺っちは美人薄命って言葉に異議を申し立てたいわけさ。どうして美しいものが早々に退場しなければならない。そんな世界を俺っちは望まない」
ここは一端、退くべきか。ただ、簡単には逃がしてもらえないだろう。ならば、戦うか。
「面白いことを考えるな。俺っちと戦う? そんなことを考えられるんてさすがは転移者だ。ただ、お前では俺にはかすり傷すら負わせることはできない。発展途上の妹でも無理だ」
こちらの情報は筒抜けか。
「お前たち姉妹からは嫌な臭いがする。ただ、お前はまだ我慢できるレベルだ。全身の血を抜いて、俺っち寵愛を流し込んでやろう。そうすればお前も晴れて俺っちのハーレム要員だ。これまでの不遇な人生が報われる時がやっときたんだ、喜び慄け」
「メルクリウス様の寵愛を頂戴できるとは恐悦至極でございます」
神に玩具にされても別にかまわない。情報さえ手に入るのなら。それが栄太と凛の幸せにつながるなら私はどんな苦行でもやり遂げてみせる。
「ただ、条件が一つある」
「条件ですか?」
「弟の命を差し出せ」
もしかして、栄太はもう異界にきているの。
「あれから感じる嫌悪感は許容範囲を大きく超えている。俺っちが直接手を下さなくてもプルートーあたりが早々に手を下すだろうけどな」
一つ重要なことがわかった。こいつは私の敵だ。
「弟のためなら命を捨てるのか。それ程の愛を注いで得られる見返りは何だ?」
見返りなんて求めはしない。自己満足と言われてもかまわない。己の生き様を決めるのは私自身だ。
直接触れられれば、勝機はある。網目上に組まれた糸をイメージする。ピンと張った糸を緩めて、網目を広げる。
メリクリウスが両手を合わせた。乾いた破裂音と同時に神殿全体が水に包まれた。海底神殿、そんな呼び方がお似合いの光景が眼前に広がっている。幻想的だけど、少しも心が躍らない。
マーメイドやウンディーネが私を取り囲んでいる。
『きっと、こんな光景を目にしたら世の中の子供たちはトラウマを負うわね』
マ―メイドって愛らしくて美しいってイメージがあるけれど、ここの人魚たちはそんな片鱗をみせようともしない。
殺気を纏い、獰猛に笑う姿からは人食いザメを連想させられる。ウンディーネに至っては半透明な身体が水と同化して、目を凝らさないと認識できない。
メリクリウスは玉座に座ったまま、こちらの様子を窺っている。一番近くにいる人魚が身体を錐揉みさせてこちらに突っこんでくる。人魚の遊泳速度ってヤバイわね。時速に換算したら百キロいくんじゃないかしら。そんなどうでも良いことを考えていると、人魚が私を通り越した。しばらくの間を置いて、今度は四方から人魚が弾丸のように突撃してくる。私はそれを他人事のように鑑賞している。そんな私の態度が気に食わないのか、大きく口を開けてギザギザの歯をむき出しにしてきた。同じ女?として説教をしたくなる。人前ではしたない。
「「「「ブギャアッッ!」」」」
人魚たちがぶつかって自滅した。もっとカワイく鳴きなさいよ。お次は、ウンディーネのターンか。
半透明な腕が背後から私を掴もうとして失敗した。ここの人外どもには、学習能力がないのかしらね。
しびれを切らしたのか、メルクリウスが玉座を降り、また両手を合わせた。一瞬で、神殿から水気が取り払われた。それと同時に人魚とウンディーネの姿が消えた。
「想像以上だ。自分を軸とした小規模な事象改変か。存在の濃淡を変化させることだけに限定されているようだが……やはりお前は美しいな」
「…………」
「極小の才能を極限まで研ぎ澄まし、神の領域にまで手を伸ばす。その研鑽は称賛に価する。俺っちには真似できない芸当だ」
メルクリウスが朗らかに笑った。