百三十話 魔砂漠の決戦-9
兵士の装備の中から、革袋を拝借して、回復石?を詰め込む。そして、口を紐でグルグル巻きにする。
「もう、行く。無事にバリークに帰りついてくれよ。でないと、ヒジリに可哀想なことをしている己を許せなくなる」
俺のズボンの裾を握りしめて離そうとしないヒジリにそっと耳打ちする。
『帰ってきたら、二人で出かけよう――。もちろん、アワイもガブも抜きでだ』
「アウ」
小声だけど、ちゃんとヒジリは承諾してくれた。
「行くぞ、アワイ、ガブ」
「お供いたします、我が主――栄太様」
アワイが優雅な動作で首を垂れる。
「ギィ――」
背中に乗れと声を上げる。二人で騎乗は無理でも、この短距離なら輸送は可能だ。
アワイに背に乗るように指示する。俺は、ガブが浮きがったら、足にでもぶら下がろう。
ガブが、バタバタと翼を羽ばたかせる。副次的に風が巻き起こる。
「ヒジリ、俺達が範囲外にでる瞬間、防壁を解除な。そして、すぐ再構築」
「アウッ」
ヒジリが背筋を伸ばして、敬礼をする。
風が強い風に変化する。ガブの身体が浮き上がる。ガブの後ろ足に飛びつく。
「――――!」
今の今まで俯いていたヒラール姫が突然、顔を上げた。何かを叫んでいるが、聞こえないというより聞かない。
時間がないのだ。決して、煮え切らないヒラール姫の態度にイラついていて、意地悪をしてやろうなんて気持ちは微塵もない。
「――神代栄太!」
ヒラール姫が声を張り下げている。
ガブは、かまわず上昇を続ける。ヒジリが防壁を解除した途端全速力で、目的地に突撃する腹づもりでないことを祈るばかりだ。
ヒラール姫が俺の足を掴もうとして、跳躍するが届くわけがない。補助具である宝玉を欠いたヒラール姫の身体能力ではこの高さは無理だろう。
「ガブ、降下」
ガブは反応しない。重力オーバーで余力がないわけではあるまい。ガブは、進行方向を注視しているみたいだ。
黒い壁の向こう側に、蠢くバハムート・アペプの気配を強く感じる。一瞬、怯んでしまった。何かを失うことなく、あんなものに本当に勝てるのか。
強い波動に呼応するようにウムブラ達の動きが活性化していく。水龍の姿は大半が黒い水中に沈んでおり、全く動かない。
あれは、もう助からない。残された水の眷属たちは、壊滅寸前だ。そういえば、アワイが言っていた神やそれに連なる眷属は合理的なのだと。
近距離に、神話級の化物がいるのだ。もうもり返すことは難しいだろう。
「ヒジリ!」
大声で、家族の名前を呼ぶ。
「アウ」
ヒジリが、ブカブカのローブを脱ぎ捨てた。白いワンピースが純白の両翼に良く似合っている。
ヒラール姫の後ろから両手を回して、ホールド。足りない飛翔力は、極彩色の光で翼を覆って補うようだ。
助動を必要とせず、フワリと舞い上がる。飛行能力はガブより高いようだな。
「アワイ、あれをルピカに」
俺の脇を革袋が落下していく。
ヒジリが俺の目前まで上昇してきた。下方に目を向けるとルピカが革袋をキャッチするどころか、まるで爆弾を避けるみたいな大げさな動作で慌てている。
あの半端なブツでも回復の助けにはなるだろう。それに、あの様子だと魔除けにもなるんじゃないだろうか。それは、期待し過ぎか。
「ヒジリ――」
「神代栄太、私をソールの元へ連れて行ってほしい」
「途中で、引き返すことはできないぞ」
「私はもう迷わない」
この言葉をまっていた。 これで役者は揃った。あとは最良を尽くすのみだ。




