百十六話 友軍-1
こんな時なのに、心が躍る。水馬を駈るアワイの後ろ姿を必死に追いかける。重量オーバーは否めない。背負ったヒジリの重さを少なからず感じる。
ガブは、火の粉を散らしながら力強く羽ばたいている。まあ、これ以上スピードがでると転んだ時のダメージが洒落にならないわけだが。
俺達が目指しているのは、件のオアシス。俺とアワイが出会った場所だ。俺達は本隊とは別行動をとっている。友軍として本戦にはなんとしても間に合わなければいけない。
総力戦とはいっても、直接、巨悪竜と対峙するのは、ソールとフェンだけだ。ノックス、ヒラール姫、オレリア、月の牙で回復役を務める治癒術士ルピカの即席ユニットがバックアップを務める。バリークに残る護衛役以外の兵士たちが命懸けで、道を切り開く。作戦と呼ぶには、お粗末かもしれないが、強大な力の前では、小細工なんて意味をなさない。
それにしても……。ソールの考案した作戦には俺達の存在がカウントされていなかった。
「栄太達は、隠し玉だから」と笑うソールは、以前と変わらないようにみえた。しかし、俺には演じているようにしかみえなかった。強者――神の合理的思考なんてものの、片鱗を何度か垣間見た。
ヒラール姫やオレリアが望んだとはいえ、前線に赴かせるなんて選択すべきじゃないだろう。オレリアは、まだ万全な状態とはいえないし、ヒラール姫はバリークの精神的支えだ。彼女が、バリークに残り、防衛に専念したほうが混乱も少なくて済む。
たしかに理には適っている。足手まといにならないラインから上の人物を抽出する。少しでも勝率を上げるためには致し方ないことなのかもしれない。
ヒラール姫と共に戦うことに志願した兵士は大勢いた。『姫様を前線立たせるわけにはいかない』『この命は姫様のために』なんていう一兵卒。実力行使で出陣を勝ち取ろうとした月の牙の面々。
そんな彼らをソールは足手纏いだと一蹴した。
「ソール、少しは考えてやっても――」
「強者の傲慢は、情けには成り得ない」
冷たく言い放つソールに面食らってしまった。ソールは俺の命の恩人で、主人公みたいな奴で……。ソール人物像が書き換えられていくような錯覚。ひどく悲しくて、それと同じくらい腹が立った。
「お前は、ソールだよな」
「どうかな」
張り詰めた空気。フェンが主人の元にやってくる。そして、俺を見据えた。どこか他人行儀で、冷たい感情を湛えた瞳だ。俺の気持ちを察したガブがフェンに近づいて「ギィ~、ギィー」と鳴いた。
ガブとフェンは仲が良かった。ガブの言葉をフェンに通訳してもらったことだってあるくらいだ。また、いつもみたいに拙いフェンの言葉が聞きたかった。
無言で踵を返すソールとそれに追随するフェン。残された俺とガブはその後ろ姿をただただ見つめていた。
「アウ、アウ!」
ヒジリが俺の髪を引っ張った。
「うわっ、やばい」
目前に迫った岩を、寸前の所で回避した。
「おい、ガブ」
ガブはこちらを振り向かず一心不乱に風を切っている。アワイを見失わないでいられるのはガブのおかげではあるのだけれど、こちらの指令を全く聞かない状況はよろしくない。
ブレーキが壊れているのと同じ状態だ。




