八話 異世界求職者-8
「……デアダクリ?」
彼女は苦悶の表情を浮かべている。右手に携えた矢が黒く輝いている。
「……傷の……具合はどうで……ござい……ますか?」
息も絶え絶えでとても苦しそうだ。
原因である黒矢を取り除かなければ彼女が消滅してしまいそうだ。
「俺はどうするればいい?」
「…そんな心配そうな顔をしないで下さいませ。思っていたよりも強い呪が付与されていただけのことにございます……」
「全然平気そうに見えないぞ」
平素を装っているが相当に消耗しているようにみえる。
「その矢が原因なんだろう?」
弱々しくデアダクリが頷いた。
「早くそいつを手放せよ」
「それは、承諾しかねます!」
両手で矢を掴み、守るように抱きかかえた。
「どうして」
「……これには暗黒神プルートー様の力が込められています。何重にも偽装が施され、特定の条件下で真価を発揮するように術式が組まれていたようでございます」
「暗黒神?」
「我が父神メルクリウスと同格。二世代神が一柱にございます。彼の神が関与しているとなると事態は深刻にございます」
「話についていけないんだが……」
「名残惜しいですが、そろそろ時間切れのようにございます」
デアダクリが淡く笑った。
「おい、何をする気だ!」
「我が根源に誓いアナタ様をお守り致します」
まさに泣きっ面に蜂。デアダクリが見据える先にあるのは無数の矢。
黒い尾をひきながらこちらに向かってくる絶望。力尽きて、地面に倒れ込んだ彼女を水越しにただ見やることしかできない。
俺を覆っている半径2m弱の水球に体当たりしても衝撃が吸収されてしまう。だから、突破はかなわない。
翌々見れば、四つの水流が互い違い水球を覆っている。おそらく彼女は最後の力を振り絞ってこの結界をつくりだしたのだろう。
この難解な局面を打破するにはどうすればいい?
水の壁にそっと触れる。強引に突破するのは難しい。だったら、念じれば良い。俺に主を助けさせろと。
主の命令と忠誠心は時に反するものだ。どうやら彼らの忠誠心は本物だったようだ。
水壁は四匹の水流に変化する。お前たちの期待に命懸けで答えてやる。
目前に迫った死の雨を消し去ることなんてできる気がしない。だったら傘になればいい。
使い捨ての安物だって一度くらいなら雨を凌げる。ただ体の強度不足で途中で穴があいてしまったら元も子もない。
デアダクリに覆いかぶさる。両手と膝を使って身体を支える。あとはただ痛みに耐えればいい。
固く目を閉じて、歯を食いしばる。意識を内に向けて感覚を鈍化させる。強引に造り出した偽りの静寂に身を委ねた。
1、2、3………4、5、6?
一向に、痛みが飛来してこない。
恐る恐る目を開ける。
「フェン、大丈夫か?」
フェンリルが口に加えた矢を噛み砕いた。
無数の矢が地面に突き刺さっている。
その中に平然と立っているソールの髪は緋色だった。
緋色の髪と右頬の傷跡。ずっとターバンを被っていて、ストールで首元も隠していたから気づかなかった。
逆光のせいだろうか。ソールが主人公ぽく見える。
「まったく、勘弁してくれよな。少し目を離した隙にこれだ。栄太は問題児だな」
ソールが笑って、手を差し伸べてきた。その態度からは非難の色を感じられない。
「ソール、俺は……」
今になって恐怖心が込み上げてきた。普通の矢だってあれだけ突き刺されば絶命していただろう。身体が硬直して上手く動かない。
「もう、安心だ。国王軍には俺が話をつけてくる。その水神を在るべき姿に返せば大罪に問われたりはしないだろうからな」
水神? そうだデアダクリは……。
「目を開けろよ。一緒に仇を取るんだろう!」
いつの間にかデアダクリに情が沸いている。背負う荷物ーー守るモノが増えれば人は弱体化してしまう。
それが俺の持論だ。本当に大事なものを守れなくなるくらいなら、心なんていらない。あの時にそう誓ったはずだ……。
……それはいつの話だったか、よく思い出せない。頭痛がする。