百六話 作戦会議-9
「杞憂だな。俺は今の自分が嫌いじゃないからさ。人であることをやめたりなんかしない」
アワイは、忠告しているのだろう。俺達が置かれている状況ーー眠りから覚めようとしている巨悪竜バハムート・アペプの討伐。
逃げるなんて選択肢は、欠片も存在していない。俺は、異世界からきた余所者で、最終目標は姉ちゃんと凛、そして、お嬢様を幸せにすることだ。
一時の、脆弱な、偽りの平和ではまだ弱い。異界守と害魔を取り巻く環境に終止符をうつ。だけど、そのために手段を択ばず、異界を滅ぼすなんて愚行を犯す気持ちは毛頭ない。
全てを救う。そんな博愛主義者になるつもりもないけれど。世界を救う英雄に祭り上げられるなんてさらさらないけれど。今の俺は、知り合った仲間が運命に翻弄されるところを指を咥えて見ていられない。
部外者だからなんだ。異物だから何だ。ああ、そうだ。これは俺の傲慢な気持ちだ。異界のルール、理。それに反する行為は悪でしかないのだとしても、遠慮なんかしてやらない。
このどこか歪で熱い感情ーー人らしさをアワイやガブ、ヒジリを肯定してくれるなら、何の迷いもなく俺は世界と対峙できる。
「その想いを最後まで命が燃え尽きるまで持ち続けて下さいませ。それを成し遂げた先に、救済のは存在するのでございます。私達は、どんなことがあっても主様の味方でございます」
トクンと心臓が脈打った。あぁ、あの表情に靄がかかっている。自分を叱咤したくなる。思いではちゃんと残っているはずなのに、想いは消えていないのに。
彼女に関する記憶だけがどうしてか、朧気だ。恥ずかしくて面と向かって言えないけれど、今の俺があるのは彼女のおかげだ。一刻、一刻、俺と彼女の距離は離れている気がしてならない。
少しの前の、それこそ異界にきたての俺ーーただ普通に焦れていた求職者だったら、その喪失感に耐えられなかっただろう。残り時間を気にしながら、安宿に引きこもっていたに違いない。
そして、大切な物も忘れて、現地で出会った仲間たちに支えられながら、最後には異世界ライフを満喫している。そんな選択肢もあるのかもしれない。それも完全に不幸な人生とは言い切れないけどな。
ただ、俺はその選択を是とはできない。心の赴くまま、人間らしく強欲に前に進む。残り時間に縛られて、歩みを止めたくはない。それがどんな茨の道だって関係ない。
「アワイ、ガブ、ヒジリ。俺のこれからの行動は、褒められたものじゃないのかもしれない。最初の志が、いつのまにやら歪んで、ただの悪になり下がるかもしれない。その時は、俺を見限ってくれてかまわない」
反面教師って言葉がある。直接、会ったことはないし、オレリアからは想像できないけれど。派生種の中には相当に歪んでいる連中もいるみたいだ。どんな正義に溢れた志も、いつかは破綻する。
始祖が抱いた想いは、後の子孫にまでは繁栄されない。有限の時間の中で、打ちひしがれ、それでも志を持てるなんていう個体は絶対的に少ない。俺は、そうはなりたくないとは思うけれど、どうなるかはわからない。
弱さの中で、生まれた『運命に抗い、立ち向かう力』は、尊いかもしれないけど、強固ではないんだ。とても絶妙なバランスの上に存在する稀力。
力を手に入れれば、心持ちなんてすぐに変化してしまう。鬼神と呼ばれ壊れかけた俺がそうであったように……。二度と同じ轍は踏めない。
誰かを守るために力は必須だ。だけど、今度は間違えない。




