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無職が始める異世界争乱記  作者: 六輝ガラン
争乱1 巨悪竜の砂漠、インシジャーム
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七話 異世界求職者-7

「手加減は致しません。全力で行かせて頂きます」

 デアダクリの後方に四本の水柱が出現した。その一柱が蠢いて、こちらに向かってくる。

 蛇のように身をくねらせながらが目前で跳ねた。突然の速度上昇に反応できず、直撃を許してしまう。身体が軋む。

「その子の拘束から逃れるのは至難の業にございますよ」

 水蛇が俺の身体に巻き付いて締め上げてくる。

「あらあら、まだ本気をだせませんか? それならこれはどうでございます」

 デアダクリがパチンと指を鳴らした。水が弾ける音がした。次の瞬間、風切音と同時に背中に激痛が走った。



「あああああっ、痛ぇぇぇぇぇぇぇぇーー!!!」

 大げさに叫んだ。痛いのは本当だし、今にも意識が飛びそうだ。圧倒的に情報が不足している状況を打開しなければ勝機はゼロのままだ。

「仇敵様、大げさ過ぎやしませんか。さすがに歯ごたえがなさ過ぎて興をそがれてしまいます」

 顔色一つ変えずそんなことを言ってのける彼女に寒気を覚える。やはり人外、情に訴えかけても戦局は好転しないだろう。

「真剣勝負のはずだろう。他所の力を借りるなんて卑怯じゃないのか」

 俺の背中に刺さっている矢は先程までデアダクリが防いでいたものだ。それをやめただけなのだから彼女は別に卑怯ではない。

 そもそも殺し合いをしているのだ反則も何もありはしない。

「しかし、やはり仇敵様は特別のようでございますね。あの呪矢を受けても絶命しないとは……。転生者であっても軽傷では済まないはずでございますが……」

 デアダグリの表情が一瞬だけ陰りをみせた。待てよ、どうしてデアダクリは矢群を防いだ。それに俺の背中に刺さった矢は一本だけだ。

 障壁に弾かれたり失速した矢があったとしても百本中一本しか残っていないということはないだろう。

「……降参する。俺の命はデアダクリのものだ。焼くなり煮るなり好きにしてくれ」

 目を瞑る。ここが正念場。命懸けのギャンブル。

「ふざけないで下さいませ! これでは私の気が済みません。もっと、痛めつけて、ぐちゃぐちゃのボロボロになって自らの行いを悔いて惨たらしく死んでくれなければ、主様に申し訳が立ちません」

 デアダクリが激高する。人間のような感情の発露。そこにこそつけ入る隙が生まれる。

「デアダクリの主様は立派だったんだな」

「ええっ、あの方は人の身でありながら気高く、並び立てることが誇らしかった」

 デアダクリが遠い目をしている。記憶を思い返しているんだろう。



「一つだけお願いを聞いてくれないか」

「……命乞いでございますか」

「デアダクリの主に比べたら俺はちっぽけな人間だから、こんなことを言うのもおこがましいかもしれない。だけど、協力したいんだ」

「協力でございますか」

「俺は転移者だけど、転生者と同じ世界からやってきたんだ」

 推測だし、転生者と接触したことがないので真相はわからない。嘘も方便。この人外が信じればそれでいい。

「やはりそうでございますか。仇敵様はやはり私の仇敵に違いないのでございますね」

 締め付けがきつくなって呼吸もままならなくなる。声が出なくなったら御終いだ。

「……俺なら転生者の弱点がわかる」

 拘束が弱まった。

「連中の思考パターンなら手に取るようにわかる。それに俺なら怪しまれず近づける」

「それは本当でございますか?」

 やっと、食いついたか。こんな綱渡りの状態なのにあまり恐怖を感じていない。恐怖だけじゃない。感情自体が鈍化しているような気がする。その代わりに今までにないくらいに冷静だ。

 ただ合理的にこの人外を駆逐することだけを考えている。


拘束が解除された。満身創痍のふりをしてそのまま地面に倒れ込む。

「仇敵様!」

 地面に激突する寸前でデアダクリが俺を抱きとめた。柔らかい感触、確かに命の鼓動を感じる。

 ならば急所は明確だ。

「……ありがとう。情けないけど指一本動かせそうにない」

「一応は人の身ではあるのでございますね。さぞお苦しいことでございましょう。早々に治療をいたしますのでお待ち下さいませ」

 弱しく頷いた。水柱の気配が消えた。警戒を解いたようだな。

「さぁ、お飲み下さいませ」

 デアダグリの手のひらに滴が溜まっている。緑色に光る液体。

「お口にはあわないかもしれませんが、本物の水薬にございます。常人種が用いるものより効能は格段に上にございますよ」  

 俺の身体は毒に対してはどれだけ耐性があるのだろう。ただ、ここで難色を示すわけにはいかない。躊躇いもなく水毒を啜る。無味だ。口当たりが軽い。液体を摂取している感じがしない。

「何だかすごく眠い」

「どうぞお休みくださいませ。目が覚めたころには傷も治っているはずにございます」

 目を閉じた。どうやら毒ではなかったようだ。痛みが引いて行く。敵が油断している今が最大の好機だ。

 矢を引き抜いて、人外に突き刺すそれで終わりだ。問題はその動作を素早く行えるかどうかだが……。

 


『そんな栄太は、大っ嫌いよ。一度、敵だと認識したら躊躇いもなく殺すの? そんなのただの狂人よ』

 そんな悲しそうな顔をしないでほしい。俺は君を守るために頑張ったんだ。

『嘘つき栄太、あんたは責任逃れをしているだけ。自分は道具なんだって割り切って、現実から目を反らしているただの臆病者よ』

 ………。

『栄太って、そんな顔もできるのね。感情がちゃんとあるんじゃない。今日から一緒にーー』

 頭が割れるように痛い。映画のワンシーンをみているような気分だ。現実味があまりない。夢でもみているのだろうか。

 もう、彼女の顔は思い出せない。どんどん記憶が薄れていく。




「少し痛いかもしれませんが、我慢して下さいませ」

 デアダクリの声がする。矢がゆっくりと引き抜かれた。痛覚が麻痺しているのか痛くはない。

「きゃあああああああっっっっっーー」

 意識が急速に覚醒する。



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