九十一話 歪な三角関係-1
円卓、背もたれの高い椅子。この小さな議場がバリークの中枢。
どこぞの帝国の間者がこの状況を見聞きすれば、嘲笑するかもしれない。
国などと名乗っているが、人口は中心部――バリーク市街で一万弱、全体でも二万には届かない。
国力が人口だと言われれば間違いなく弱小国家に分類されるだろう。元々、砂漠の民は部族単位で行動する。
バリークの原型は部族連合だったと聞く。バリーク王家のルーツ。それは太陽神の対となった月の姫にまで遡る。
「姫」
「どうした?」
複数の視線が向けられている。傍に控えるノックスが咳払いをした。上の空で話を聞いていたらしい。国の有事だというのに……。
「姫、その者を傍に置くのは反対です」
他の者も同じ意見らしい。父の代から仕える彼らは一枚岩でないにせよ。バリークの行く末を真摯に案じてくれている。
兄王様のこともあり、みな転生者の存在に懐疑的なのだ。それでもノックスは最高戦力としてバリークの防衛に努めてきた。
その実績から、誰も声を大にして糾弾することもなかったわけだが。昨日の厄災神プルートーの襲撃及びその後に起きた大規模戦闘により状況は一変してしまった。
「そこの転生者は、厄災神の配下らしいではないか。襲撃もお前が手引きしたのではないか」
情報統制はしたつもりだが、どこからか漏れてしまったらしい。ノックスとプルートーの関係性については事前に知っていた。
その事実を月の牙にしか知らせなかったのは、単に混乱を避けるためだ。ノックスは信頼できる私はそう判断した。今でもその選択が間違っていたとは思わない。
神代栄太の妹――神代凛がプルートーであるという疑惑に解を与えてくれたのはノックスだ。その上で、作戦を考案したのは私自身だ。未然に厄災の芽を摘み取らなければバリークは終わってしまう。
ノックスは『自分は彼女を見捨てられない』と警告を発していた。厄災神の脅威を阻むことはできても、害することはできないとも言っていた。それでも、強行してしまった。自分で把握している以上に私は焦っていたらしい。
山のように積み重なる責務。それに付随する激務。私のような未熟者では対処しきれないことだらけだ。
「姫」
「ヒラール様」
今の彼らに何を言っても無駄だろう。しかし、沈黙は肯定を意味してしまう。何かを言わなければ。
「ノックスがいなければ今頃、バリークは陥落していた」
「ヒラール様、お言葉ですが、複数の目撃者が魔人の姿を目撃しています。いわく、眩い光を放つ翼人種との交戦は神話を彷彿させたとか。特徴から照らし合わせれば、デア様が招き入れた御仁ではないかと思われますが」
「彼の御仁はシュルーク王の意志を継いで我々の前に現れたのではないか」
どうやら神代栄太の優位性を主張して、ノックスを排斥したいらしい。わからなくもない。つまるところ、縋るものがほしいのだろう。結果的に、バリークを救ったのは神代栄太だ。例え狂気を孕んでいたとしても、単身で上位存在を相手どれる者など、世界に数人しかいないだろう。不安要素を排除して、未来を望む愚者。私も人のことを言えた義理ではないが……。バリーク存続のために、手段は選んでいられない。




