八十六話 一時の再会-3
「常識は、常識だろう?」
「答えになっていないわ」
常識か……。人の価値観を平均化したもの。例えば、十人中九人が是といえば、それが常識。
その根源は、人の社会を存続するための生物的欲求。法律は、未来の礎である現行社会を存続するための規律。
はたして、全ての価値観を平均化するなんて可能なんだろうか。人の価値観はそれぞれ異なる。無理やり自分を常識という型にはめこんで、少なからず自分を殺している。
でも、各々が価値観――欲望に従って生きれば社会は成り立たない。
「そんなに悩むことかしら? 常識ってつまるところ一般社会っていう船に乗るためのチケットみたいなものでしょう」
「暴論だな」
「最低限のマナーを守らなければ搭乗は認められないわ。それを否定しないし、できれば私だって特等室で優雅な船旅を楽しみたいわ」
「俺は、貨物室かな」
自嘲気味な言葉が漏れてしまった。
「栄太君が同じ船に乗っているなら、良かったのだけれど……」
「それって俺が常識知らずだって言いたいのか?」
「今の栄太君も捨てがたいけど……。もし、今の姿が理想の姿だとするならば、私は栄太君のことを好きでいられる自信がないわ」
心が痛い。
「俺は……」
常識の範囲内で生きていられるならば、彼女と同じ船に乗れるのならば。万に一つかもしれないけど、彼女と結ばれる可能性だってあるはずなんだ。
「目を覚まして」
優しく頭を撫でられた。光の中で生きる彼女に惹かれていた。彼女の強さや優しさに焦れた。殺したはずの心が、まだ、生きていた。瀕死の心を彼女――天歌サクラが癒してくれた。
「苦心して考えたんだ。異界守や害魔なんていう非常識を差し引いて――普通の環境で育ったら、俺はこんな姿じゃないかって」
「お嬢様の元世話係。今でも個人的にお嬢さまとは親密な関係を築いている。『俺は、お嬢様を嫁にする』って感じのラブコメみたいね。あれ? あそこに薄い本が」
無意識に冷蔵庫に目線を移してしまった。サクラが、勝手に冷蔵庫の扉を開ける。
「なになに、『ドSお嬢様の手懐け方』、『清楚系嬢様の執事荒らし』ねぇ」
「友達が無理やり貸してきたんだよ。俺にそんな趣味はない!」
「栄太君に友達なんかいたかしら?」
「……て、何脱ぎはじめているんだよ!」
「それで栄太君が正気に戻れるなら安いものよ。別にイヤじゃないしね。私の覚悟もわかってもらえると思うし」
「わかった! わかったから服をきてくれ」
「栄太君って、そんな顔もするんだ」
サクラが笑った。急に恥ずかしくなって、後ろを向いた。心臓がバクバクしている。