七.アマテラスの危機
砕けた天井。逆剥ぎにされた馬の死体。
梭を女陰に突き立てられ絶命している女神。
アマテラスは機屋の惨状と、穢れに満ちた侵入者を見て、恐怖に青ざめつつも声を上げた。
「あなた達は何者!? ここを神聖なる高天原の機屋と知っての狼藉かッ!」
禍々しい雷神たちに囲まれながらも、アマテラスの詰問は凛として響いた。
その問いに応じ、雷神の中でも一際強大な力を持つ一柱が進み出て、彼女の前にて一礼した。
「偉大なる三貴子が一柱、天照大御神であらせられますな?
我らは八雷神。貴女様の母君、イザナミ様にお仕えする者です。
八柱が筆頭、この火雷めが、皆に成り代わってご挨拶申し上げる」
「母上の……!? 黄泉の穢れた神が、天上に一体何の用よ!」
「イザナミ様は、貴女様の魂魄を、黄泉の国にお連れせよとおっしゃられました。
ささ、悪い事は申しませぬ。我らと共に来ていただきましょうか」
「無礼者共ッ! 今すぐここを立ち去りなさい!」
「フム。では致し方ない……腕ずくでも連れ去るとしましょう」
火雷の号令一下、六柱の雷神が一斉にアマテラスに襲いかかった!
アマテラスは咄嗟に身をかわし、あるいは切り払おうとするものの、状況は彼女にとって圧倒的に不利だ。
急ぎ駆けつけたため武装もしていなかったし、今までの心労や、機屋に渦巻く濃い穢れの影響で、アマテラスの神力は著しく疲弊してしまっていたのである。
「くッ……こんな時でなければ、あなた達……なんかにッ……!」
アマテラスはどうにか倒れずに踏みとどまったが、雷神たちの猛攻を完全には防ぎ切れない。
その美しい御衣は焼き裂かれ、玉のような肌にも傷と穢れが目立ち、彼女の気力と体力は急速に奪われつつあった。
「今の一斉攻撃で昏倒しませぬか。思ったよりも粘られる」
「さすがは三貴子、と言いたいところですが……おいたわしや、アマテラス様」
「本来であれば、我ら全員が束になってかかったところで、貴女様の足元にも及ばぬ筈、ですが……」
「穢れた暗雲。スサノオの狼藉による神力の弱体化。度重なる精神の消耗」
「あらゆる状況がアナタの力を削いでいる」
「無駄な抵抗はおやめ下さい。余り貴女を傷つけた状態で、イザナミ様の下に送りたくはない」
アマテラスの息は荒く、肩にも力が入らず、今にも膝をつかんばかりだ。
ただその目だけが、雷神たちを鋭く睨み据え、疲労困憊であっても屈しないという意思表示をしていた。
「なかなかに強情なお方だ。芯の強さは母譲りといった所ですかな?
ですが……これで終わりですよッ!」
再び雷神たちがアマテラスに殺到する! もはや彼女の動きに精彩はなく、成すがままにされるかに見えた。
その時であった。
「どぉぉぉりゃあああああッッッッ!!!!」
男の野太い大音声が鳴り響いた。
と同時に、今まさにアマテラスに襲いかからんとする雷神たちに、壊れた織機が勢いよく横殴りで飛び込んできたのだ!
「なッ…………!?」六柱が吹き飛ばされ、思わず狼狽する火雷。
機屋に、偉丈夫の男神が新たに乗り込んできていた。
燃えるような赤銅色の肌に、がっしりとした体格。周囲に渦巻く穢れをものともせず、活力に満ち溢れた神であった。
「オイオイてめーら。俺が出遅れちまってる間に、大事なか弱いヒメサマ相手に、よってたかって随分な事してくれてるじゃあねーか。
俺の怒りの拳で、信濃国あたりまでブッ飛ぶ覚悟があってやってんだろーなァ? おいィ!!」
この神の名は、タヂカラオ。
その名の示す通り、腕力・筋力を象徴する力強き神である。