表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第五章 岩屋戸開き
72/79

五.最高潮(クライマックス)

 タケミカヅチは天御柱アメノミハシラを通じて地上に降り立とうとしていたが、並大抵の事ではない。

 文字通り落雷の中を瞬時に通るのであり、雷神以外の存在がこれを用いれば一瞬で黒焦げどころか、跡形もなく消滅してしまうだろう。


 最強の雷神たるタケミカヅチといえど、決して容易いものではなかった。

 天御柱アメノミハシラ内部の凄まじい電圧に耐えつつも、冷静に落雷後の結果を予測していた。


(予定着雷地点よりも五十間(註:約90メートル)も弾道がズレているな……

 到達した途端、やしろが雷で炎上し、天岩屋アマノイワヤも損傷しかねない)


 しかしながら彼はこの誤差も予測した上で、船の神トリフネに発射命令を下したのである。


(やはりこのまま降り立つのは危険だ。空中で軌道を変えるしかあるまい──)


 タケミカヅチは高天原タカマガハラの『武』の象徴と誉れ高き軍神。

 彼は恐るべき集中力で以て、天御柱アメノミハシラが地表に到達する寸前の、僅かな一瞬で己が神力を集中させ、強力なイカヅチを新たに発生させた。


 火やイカヅチとは、固体が液体、気体と変じて後、さらに上の段階で発生する電離体プラズマである。電離体プラズマは推進力に変換できる。

 今タケミカヅチが行ったのは、黄泉の国でカグツチが炎の力を用いて飛行したのと原理的には余り変わらない。ただ指向性を変え、理想的な落雷地点へと移動するためのものだ。


 しかしタケミカヅチとて、落雷の軌道を曲げるほどのイカヅチともなると相当の神力を消耗する。


「だが……予定していた着雷は行えそうだな」


 タケミカヅチが落下する先には、おびただしいけがれの奔流が見えた。


「ふウウウウウウッッ……!!」


 雷神は大きく息を吸い込み、己の右拳にイカヅチの神力を纏わせ……禍神マガツカミの只中へと叩き込んだ!


 ドウッ────!!


 熱。放電。けがれを浄化する凄まじい陽の気の作用により。

 タケミカヅチ周辺、十間(註:約18メートル)の大地にいたヤソマガツヒの眷属は跡形もなく消失していた。

 これでも軌道修正のため消耗した状態であり、周辺への被害を考慮し威力を抑制セーブした一撃である。タケミカヅチの雷神としての実力が伺えよう。


 その先を見やれば、天岩屋の丑寅うしとらの方角にいたオモイカネが、一心不乱に祝詞を唱えている。

 最強の軍神による救援は、間一髪で間に合ったのだ。


**********


 女月神ヒメツキノカミとなったツクヨミは、凄まじい速度で禍神マガツカミけがれを薙ぎ払いつつ、上空に漂う暗雲の異変に気づいた。


 巨頭の禍神マガツカミ・オオマガツヒの鼻に当たる部分を、閃光が貫いたのだ。


 ギイイイイイイイイ────!!!!


 落雷によって中心に大穴が空き、オオマガツヒの苦悶の絶叫が一帯に響いた。


(あれはッ……トリフネの『天御柱アメノミハシラ』か。

 さすがのオモイカネもこの状況では、タケミカヅチの助けを借りざるを得なかったという事か──)


 視界を焼き尽くすイカヅチの轟音の後、タケミカヅチの姿があった。

 彼は仰々しく名乗りを上げた。


「──小官の名はタケミカヅチ。高天原タカマガハラ守護軍神が筆頭なり!

 けがれし禍神マガツカミどもよ。いざ尋常に勝負ッ──!!」


 スサノオは、寡黙な雷神の躍動的ダイナミックな登場に、興奮気味で叫んでいた。


「おおおお、俄然意気テンション上がってくるじゃあねーか!

 オレもあんな派手に登場して、敵をバッタバッタと一掃してえ!!」


 二柱に負けじと、スサノオも高速で十拳剣とつかつるぎを竜巻の如く振り回し、周囲の禍神マガツカミは淡雪のように蹴散らされていく!


 一騎当千の味方を得たに等しいツクヨミ達。百万の敵がたった三柱の英傑に侵攻を阻まれ、逆に押し返されんばかりである。

 それも当然と言えた。高天原タカマガハラでも最強に近い風神スサノオ。雷神タケミカヅチ。そして──


「──タケミカヅチ殿。私はツクヨミ、女月神ヒメツキノカミだ」

「……ツクヨミ様は、男神だと聞いていたが?」


「そうだな。私は男神でもあり──女神でもある。月には数多のかおがあるからね。

 なんじはもっと慎重な男だと思っていたが、大胆な行動も取れるのか。

 少し驚いたよ」

「命令を遂行するのに必要だったからやった。それだけだ」


 憮然としたタケミカヅチに、ツクヨミは不敵な笑みを浮かべ、彼の背後から手を触れた。するとタケミカヅチの消耗していた神力がたちどころに復活し、肉体的な疲労も消し飛んでいた。


「…………ッ!?」

「今、なんじの『時を戻した』。

 ここに来るまでに随分と神力を使っていたようだから」


「これが月の神の……力。素晴らしい!

 ツクヨミ様。貴女は百万の味方にも匹敵する女神だ!」


 何とも堅物の軍神らしい賛辞だ。タヂカラオの実直さにも似ている。ツクヨミは心の中で苦笑した。


「その言葉、そっくりお返しするよ──タケミカヅチ殿。

 私とスサノオだけじゃ、やしろを守り通せるか不安だったところだ」


「小官は命令に従ったに過ぎない。

 礼を言うならば、上官たるオモイカネ様に言って欲しい」


 さすがに軍神。タケミカヅチは冷静な態度のまま、ツクヨミの傍らを離れ戦場をひた走っていった。

 風神と雷神に加え、月光と時間を操る女神の加護まであるのだ。これほど心強い神々もそうはいないだろう。


**********


 ウズメの舞は当曲(註:舞楽の曲の中心となる部分)に入った。

 これまでの流れで、彼女の舞神としての力は増し、ツクヨミの存在を認識した事で最大となった。

 当曲に入る上で、これ以上最適な体調コンディションはないと言えるだろう。


 速まる節奏リズム。燃え上がる旋律メロディ。激しくなる舞踏ダンス

 ウズメは舞えば舞うほど、疲れるどころかいや増す陽の気を糧に、熱狂して踊り続けた。


 激しく舞った結果、彼女の衣装は肩から脱げ、乳房どころか上半身が露になってしまっている。

 居合わせる天津神アマツカミ国津神クニツカミ共々、ウズメの神憑かみがかりの舞踊に自然と顔もほころび、その興奮度ボルテージを上げていった。


(今、分かった気がする……『天衣無縫の極み』は、ひとつじゃない……!

 黄泉の国で踊った時は、あたし独りで高みに達しようとした。それもまたひとつの形だけれど。

 今は違う。皆の熱狂と陽の気で。子供が両手を伸ばして親の懐に飛び込むように、楽しい想像イメージで……

 目覚めしアマテラス様をお迎えするための、誰もが足を留め、目を奪われずにはいられないような。

 一緒にその輪に入って踊りたくなるようなッ……

 そんなもうひとつの『天衣無縫』を……!)


 「楽しい」という言葉。元々は「手伸たのし」と書く。

 子供が無邪気に両手を広げる様を表したものだ。


 皆が楽しげに笑っている。ウズメもそれに釣られ、気分がさらに高揚する。

 踊りもますます激しいものになっていき──


 だが、すでに女陰ほとの位置にまで脱げかかっていたウズメの衣装は、いつの間にか──地に落ちていた。


(えっ────)


 ウズメは舞踏に夢中で全く気づかなかった。

 激しく踊り続けたため、全身が火照っていた為もあった。

 纏っていたはずの衣服が、すでに身体から離れていた。


 熱狂していた神々も、この不測の事態に思わず息を飲み、沈黙していた。

 健康的で均整の取れた美しき女神の肢体が、余す所なく衆目に晒されている。


 周囲の様子に、ようやく自分の身に何が起こったのか、ウズメは気づいた。


(嘘、でしょ────うええええ!?)


 ウズメは途端に羞恥心に見舞われ、激しく混乱した。

 神々が沈黙していた為、踊りの動きも止まってしまった。

 美しく舞い続けている限り、彼女は例え丸裸になろうとも成し遂げるつもりではあったが……動きの止まった今、ウズメは己の姿を単なる裸の女神としか認識できなかった。

 このままでは不味い。宴の熱狂が損なわれ、せっかく集めた膨大な陽の気が霧散してしまうだろう。


(何か、何か方法は──ダメ、恥ずかしい。

 こんな姿、皆に見られるなんてッ……!?)


 ウズメは羞恥心の余り顔面を紅潮させてしまい、どうにか隠したいと思い──たすき掛けしていた日蔭鬘ヒカゲカズラに運よく引っかかっていたお面で顔を隠した。

 それは、黄泉の国で彼女が作っていた──桃の木を使って彫った、オオゲツヒメの顔を見本モデルにしたお多福タフクの面であった。


(あ、しまった。ついこのお面を……)


 丸顔で、鼻が低く、額は広く、頬が丸く豊かに張り出した、滑稽ユーモラスなお面。

 混乱の極みにあったウズメは、一糸纏わぬ姿のまま、無我夢中で顔だけ隠したのである。

 美しい女神の顔が、一瞬で下膨れの面相に変化してしまった衝撃ショック落差ギャップで、茫然としていた神々は──


 あはははははははっっっっ!!!!


 けたたましく大笑いした。

 その笑い声は、葦原アシハラノ中国ナカツクニ全土に木霊コダマしたのであった。


**********


 アマテラスは意識を取り戻したものの、足取りは重く、ふらつきながら岩屋戸の傍にもたれかかった。


(何だろう……すごく騒がしい……何をやっているのかしら……?)


 岩に耳を当て、じっとそばたてるアマテラス。

 大勢の神が熱狂している。どうやら宴を催しているらしい。


(わたしが眠っている間に、お祭りの準備を進めていたのね……

 あの声は、高天原タカマガハラの皆よね。わたしに何の報せもなく、勝手に催すなんて……)


 ずっと意識を失っていたアマテラスは、当然ながら自分の目覚めのための宴だという事実を知らない。

 喧騒を耳にしている内に、孤独に感じた彼女は、どうにかして宴の様子を見たいと思った。


 岩屋の出入り口はこの岩戸しかなく、外に出るには岩を動かすしかなかった。

 アマテラスがその事に気づいた時、外から凄まじい爆笑の大音声が響き渡った。


 ちょうど、ウズメが全裸になった事に気づき、慌ててお多福タフクの面を着けた直後である。

 アマテラスはますます、外を覗きたい欲求に駆られた。


(何? 何がそんなに笑えるの? 外で一体何が起こったってのよ!?

 もう! 何なのよこの岩! 邪魔だわッ──)


 この岩屋戸、以前はタヂカラオの怪力によって塞がれ、意識を失ったアマテラスを外界のけがれから守るために置かれた代物である。

 黄泉比良坂ヨモツヒラサカの大岩同様、動かすのに男手千人の力は必要と言われた天岩戸アマノイワトが。

 宴で極限まで高まった陽の気と、アマテラスの持つ神力によって──ほんの少しだけ動いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ