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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第五章 岩屋戸開き
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四.タケミカヅチ、参戦

 大挙して押し寄せる禍神マガツカミたち。しかしツクヨミとスサノオの鬼神の如き立ち回りに、一柱とてやしろに侵入できる気配がない。

 業を煮やした天空の暗雲──オオマガツヒは、凄まじい咆哮を上げた。


 ヴオオオオオオオオ────!!!!


 すると今度は目だけでなく、鼻や口からも大量の黒い泥が滴り落ちてきて、濁流はにわかに勢いを増した!

 増援を得た地上の泥の塊──ヤソマガツヒは、さらに多くの顔を産み出しながらツクヨミ達に殺到してくる。


「いちいち攻撃方法が気持ち悪ィんだよッ!」


 スサノオは毒づきつつ、初めて焦りの感情が浮かんだ。


「ほら。スサノオが迂闊にも百万とか言うから、本当に敵が増えたじゃないか」

「オレのせいかよツクヨミィ!?」


 ひとつひとつの悪神の力は大した事はないとはいえ、数が多すぎる。

 先ほどは数を盛っていたが、さらに増えた泥土は掛け値なしに百万柱に匹敵する物量となりつつあった。

 こうなってくると問題は、いかにツクヨミ達が素早く動き回ろうが、全ての敵を退けきれなくなる恐れにある。


(……これは本当にまずいな。

 『時駆け』の力があれば、万に一つも傷を負う事はないが──

 二柱だけで全ての敵を祓うのにも、限界が来るかもしれない)


『──ツクヨミ』


 焦燥するツクヨミに対し、内側から声が聞こえた。


「目覚めていたのか……女月神ヒメツキノカミ

『ふふ、そう嫌そうな声を上げるな。私とて傷つくぞ?』


 露骨に渋面を滲ませたようなツクヨミの言葉に、内なる女月神ヒメツキノカミはからかうような声で言った。


『あれだけうるさく長鳴鳥ながなきどりが鳴いたのだぞ? 嫌でも目覚める。

 私がそうであるように……恐らくはアマテラスもな』

「──宴の効果は、上がりつつあるという事か」


『だな。だがこのまま禍神マガツカミの勢いを止められねば、全ては台無しだぞ?

 ツクヨミ。なんじの力では望月もちづきの真髄を操るまでには至らぬ。

 私も協力してやろう。今しばらくの間、この女月神ヒメツキノカミに身を委ねよ』

「しかし──」


『案ずるな。なんじの意識も残るし、夜之食国ヨルノオスクニの深淵の力も使わぬ。

 スサノオ以外の神に、私の姿の記憶は残らぬのは知っていよう?』


 女月神ヒメツキノカミは数多あるツクヨミのかおの中でも、満月の狂気を宿し司る女神だ。

 そのためか、美しい外見に似合わず狂暴で、好戦的な性格を持つ。

 どちらかと言えば、昂ぶったスサノオに近い性質を持つのかもしれない。


(今の切羽詰まった状況では、やむを得ないか──)


「──分かった。くれぐれもやり過ぎるなよ?」

『くふ。任せておけ──』


 ツクヨミは目を閉じ、魂魄こんぱくの波を鎮めると……肉体と精神が変化し、目映い輝きを放つ女月神ヒメツキノカミの姿となった。

 突如輝き始めたツクヨミを見て、驚いたのはスサノオである。


「え──ツクヨミ? その姿は──」


 発せられる神力の波長、及び闇の御衣を身に帯びている事からも、ツクヨミなのは間違いない。

 しかし雰囲気がガラリと変わり、静かな水面のような印象だったのが、荒れ狂う渦のような情調オーラに変わっている。

 何よりそのかんばせ──妖艶というか、蠱惑的というべきか──蛇に似た瞳を持ち、見ている者を狂わせるような、危険な色香までもが漂う美しさを帯びていた。


「──スサノオ、足が止まっているよ。惚けている場合じゃない」

「!?」


 間近に迫られ、囁かれたツクヨミの声。

 明らかに変わっている。男神から女神の声に。


「ツクヨミ。お前、その声──」

なんじの前では、初めて見せるかおだったね。私はツクヨミ。女月神ヒメツキノカミ──」

女月ヒメツキノ……カミ……?」


 ツクヨミはそれだけ言うと、即座にスサノオの傍を離脱し、迫り来る禍神マガツカミの群れへと飛び込んでいった。

 よくよく見れば、すでに十拳剣とつかつるぎすら持っていない。丸腰だ。


「お、おいツクヨミ! 武器も持たずにッ……!?」


 スサノオは制止の声を上げかけたが、その懸念は杞憂であった。

 ツクヨミは「時駆け」の力により、凄まじい速度で複雑な軌道を描き縦横無尽に駆け抜けていく。

 女月神ヒメツキノカミの放つは満月の力。満月の光は、元を辿れば太陽の光の反射なのだ。

 それ故、彼女の放つ輝き自体がけがれを祓う浄化の光となり──触れるだけで敵の不浄な肉体は消滅していく!


「……すげェ……ツクヨミの奴、あんな力を隠し持っていたのかよ……

 こいつァ、負けられねえな畜生めッ!」


 男神として神剣を振り回していた時とは比較にならない速度で、ヤソマガツヒの軍勢を押し返していくツクヨミを見て、スサノオの闘志もまた奮い立った。


**********


 一方、高天原タカマガハラでは。

 精悍な顔つきの男神が、石と楠で造られた巨大な船の上の先頭に立ち、仏頂面で天岩屋アマノイワヤの方角を見ていた。


 彼の名はタケミカヅチ。高天原タカマガハラ警護の最高責任者であり、『武』の象徴たる軍神として名高い雷神である。

 イザナギがカグツチの首を刎ねた時、彼の持つ十拳剣とつかつるぎつばより滴り落ちた血から生まれたと言われる。


 タケミカヅチの乗る船の名はトリフネ。その名が示す通り、空を飛ぶ力を持つ。

 船の姿をしているが、れっきとした天津神アマツカミの一柱であり、タケミカヅチに仕える副官である。


《浮かない顔ですね、我が主》

 トリフネは抑揚のない声でタケミカヅチに呼びかけた。


「……そんな事はない」タケミカヅチの返事は素っ気ない。

高天原タカマガハラの防衛も、オモイカネ様より命じられた重要な任務。

 それに異を唱えるなど、軍神としてあるまじき事だ」


《でもそれって、軍神としての意見ですよね?》


「……何が言いたい、トリフネ」


《タケミカヅチ様。貴方自身の感情としては、どうお考えなのですか?》


「軍神は感情に任せて動くものではない」


《どう、お考えですか?》


「…………」


 トリフネの有無を言わさぬ様子に、タケミカヅチはしばらく沈黙していたが……とうとう折れたのか本音を漏らした。


「アマテラス様復活の宴に対し、禍神マガツカミたちはその主力の大半を差し向けるだろう。

 上官であるオモイカネ様の命令は絶対だ。しかし現状の戦力配置には大いに疑念を抱かざるを得ない」


《……実は、オモイカネ様からも同様の意見が届いておりましてね》


「……何だと?」


天岩屋アマノイワヤやしろに予想を上回る数の敵襲を確認。至急増援を願う、との事です》


 トリフネはタケミカヅチが迅速に命令を遂行できるよう、オモイカネからの念話を瞬時に受信する機能を備えている。

 タケミカヅチが見やる先には、高天原タカマガハラからでも十分視認が可能なほどの凄まじいけがれが押し寄せていた。


「……トリフネ。何故それをもっと早く報告しない?」

《失礼。命令をお伝えする前に、我が主の心情を確認しておきたかったもので》


 トリフネは相変わらず抑揚のない声で、悪びれもせず言った。


「命令とあらば是非もない。すぐに向かう。

 トリフネ。『天御柱アメノミハシラ』は使えるか?」

《無論です、我が主》


 天御柱アメノミハシラとは、イザナギ・イザナミが国産みと神産みを行う際に立てた柱であるが、トリフネにもこれと同名の機能がある。

 古来より柱は、神が降りるための通り道とされてきた。イザナギ達も新たな神を授かるために柱を立てたのだ。

 トリフネの天御柱アメノミハシラとは落雷である。落雷という名の柱を通り道として、雷神タケミカヅチを地上に遣わすのである。


「出陣せよ、トリフネ。目指すは天岩屋アマノイワヤ上空!

 オオマガツヒの暗雲のさらに上の座標に向かえ。

 トリフネ搭乗戦力は小官一柱のみで十分。他の神々はこれまで同様、高天原タカマガハラ護衛の任に当たれ」

《了解いたしました、我が主──》


 タケミカヅチの命を受け、トリフネは彼を乗せ高天原タカマガハラを飛び立った。

 途端にトリフネの周囲に暗雲が立ち込め、すっぽりと周囲を覆った。空飛ぶ船の神と気取られぬための擬装カムフラージュであり、見た目には雷雲そのものである。


(この状況であれば、文字通り渡りに船といった所だな。

 オオマガツヒの暗雲に紛れ込んで、容易く接近する事ができよう──)


 かくしてタケミカヅチの予測通り、全速力のトリフネは天岩屋アマノイワヤの遥か上空、オオマガツヒの暗雲のさらに上の空へと辿り着いた。

 巨顔の禍神マガツカミの注意は完全に地上へと向いており、トリフネの雷雲に気づいた様子はない。


《目標地点へ到達。『天御柱アメノミハシラ』発射準備完了──ご命令を、我が主》

「──放てッ!!」


 タケミカヅチの号令が響き、トリフネから発射された天御柱アメノミハシラは──高天原タカマガハラ最強の軍神を乗せ、オオマガツヒの巨顔の中心を貫いた!

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