表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第一章 陽が翳るとき
7/79

六.暗雲

 高天原タカマガハラの神聖なる機屋はたやにて、機織りの女神たちが仕事に勤しんでいる頃。

 突如、機屋の天井からメキメキと嫌な音がして、次の瞬間、轟音と共に大穴が空いてしまった。

 砕けた木片が辺りに飛び散り、女神たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。


 さらに恐ろしい事に、今度は汚らしい斑点が幾つも見える、醜い暴れ馬が落ちてきた!

 謎の闖入者に女神たちは完全に恐慌を来たし、我先にと機屋はたやから逃げ出してしまった。


 しかしながら運の悪い者もいるもので、落ちてきた木片に足を打たれ、逃げたくても逃げられない女神が一柱だけ取り残されていた。


「ひッ……誰か、誰か……お助け……ッ」


 昼間だというのに、穴の開いた天井から見える空はどんよりとした暗雲に覆われている。

 機屋はたやの天井の端には、なんとスサノオがいた。

 天井に穴を空けたのも、暴れ馬を放り込んだのも、彼の仕業だったのだ。


(ああ、畜生……! 大雷オオイカヅチの奴、どこで捕まえてきたのか知らねぇが、あんな重たい馬を機屋はたやの天井にまで運ばせやがって!

 しかしいよいよ分からねぇな。母上の最後の指示だっていうけど、こんな事して、本当に大丈夫なのかよ……!?)


 スサノオは穴の開いた天井から下を見ようとしたが、空が暗いせいか、中の様子がよく分からない。

 実は暗いせいだけではなかった。スサノオが放り投げた斑馬から、凄まじく濃い「けがれ」が振り撒かれ、黒霧のように機屋はたやに充満して視界を悪くしていたのだ。


**********


 足に傷を負い、機屋はたやから逃げ遅れた女神は、間近で恐ろしいものを目の当たりにしていた。

 放り込まれた暴れ馬の斑から、凄まじい量の「けがれ」が噴出し、ゴロゴロと不気味な音を立てているではないか!

 恐怖のあまり息まで止まり、絶句する女神の前で、穢れに満ちた雷神たちが形を成しつつあった。


「ははははは! 素晴らしい! まさかここまで上手く行くとは!」

「さすがはイザナミ様よ。カグツチを使い、阿蘇あその山神を怒らせ、その噴火の力を利用なさるとは」

「もはや地上も天上も、穢れに満ちた暗雲で覆われた!

 この高天原タカマガハラとて例外ではない!」

「後はアマテラスよ。

 あの女神さえ亡き者にすれば、黄泉大神ヨモツオオカミの計画は成就する!」


 口々に不気味な哄笑を上げる、禍々しき雷神たち。

 イザナミに仕える八雷神ヤツイカヅチノカミであった。

 大雷オオイカヅチが言葉巧みにスサノオを操り暴れさせ、高天原タカマガハラに穢れを持ち込んでいる隙に、他の七柱の雷神は阿蘇山の地下に赴き、火の神カグツチの力を借りて山を噴火させた。

 当然凄まじい爆音が轟いたが、日頃からスサノオが暴れていた葦原アシハラノ中国ナカツクニは常に騒がしく、神々は異変にまるで気づかなかったのだ。


 阿蘇山の噴火に伴い、大量の火山灰が恐るべき勢いで吐き出され、穢れた暗雲はたちまち空を覆い隠した。

 地上のみならず、天上にまで届く穢れの雲に乗って、雷神たちは高天原タカマガハラに忍び込んだ。

 後は大雷オオイカヅチが用意した、病を得て痩せた馬にとり憑いて、スサノオを騙して機屋はたやに投げ込ませたのである。


「あァァ……なんと恐ろしい、なんと穢らわしい……」

 この場から離れようと、不運な女神はもがいたが、すでに手遅れだった。


「見ィィたなァァ?」

 雷神の一柱、イザナミの女陰ほとに宿りし拆雷サクイカヅチが、嗜虐的な笑みを浮かべて女神を踏みつけた。

「生かしておく訳にはいかぬなァ!」


 拆雷サクイカヅチは、近くに転がっていた(註:織物に使うシャトルのこと)を手に取り、哀れな女神の女陰ほと目がけて突き刺した!

 女神は悲鳴すら上げる事もできず、大量の血を流してやがて事切れた。


「……拆雷サクイカヅチ。貴様なんのつもりだ?」

 八雷神の筆頭、イザナミの胸に宿る火雷ホノイカヅチが、非難がましい目を向けた。


「知れた事。我らの姿を見られては困るから殺したまでよォ!

 問題はあるまい?

 罪は全てスサノオになすりつけてしまえばよいのだからなァ」

「もう少しマシな殺し方は選べなかったのか? 下劣な奴め!」

「仕方あるまいて。

 イカヅチの力を使えば、我らの存在が明るみになってしまうではないか」


 拆雷サクイカヅチは悪びれた様子もなく言った。

 翻って見れば、イザナミの腹に宿りし黒雷クロイカヅチが、先ほどの暴れ馬の皮を逆剥ぎにして殺し、貪り食らっている。


 火雷ホノイカヅチは顔をしかめた。

 同じイザナミに仕える雷神ではあるが、穢れが溜まり過ぎると、こうも下賤な存在に成り果ててしまうものなのか。


 ふと、外から足音がした。

 足早に機屋はたやに踏み込んできたのは、アマテラスだった。

 その美しいかんばせは恐怖に青ざめ、中の惨状に息を飲み、立ちすくんでいる。


 雷神たちは舌なめずりをして、一斉に彼女を取り囲んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ