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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第四章 激闘の果て
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十八.最後の戦い③

「忌々しや! 余計な口を閉ざすがよいぞ、この小神こわっぱめがッ!」

 イザナミの声が怒りに震え、大気を騒がせた後……タヂカラオが撃ち崩した断崖から、巨大な仄暗ほのぐらかいなが勢いよく飛び出してきた!


「こいつは受け流し切れねえ! いったん大きく跳ぶぞ、ウケモチ!」

「おう! 退路の確保はこっちに任せておきな!」


 ウケモチは針状の武器を取り出し、スサノオの飛び退る方角にある大雷オオイカヅチの糸を断ち斬り、退路を切り開く!

 間一髪、仄暗ほのぐらかいなの魔手が地表を押し潰す寸前、スサノオとウケモチは跳躍して逃れる事ができた。


 ドズウウウウンッッ!!

 イザナミの巨腕が、黄泉の国の大地をひっくり返さんばかりに揺るがす!


 だがスサノオはイザナミの凄まじい力よりも、気がかりな事があった。

 スサノオの剣の輝きは、今は消えている。


(やはりだ……さっき、ツクヨミが雷神にさらわれた時にも起きた……!

 これはひょっとして……)


「ウケモチ。次に母上は、どういう行動に出ると思う?」

「さぁな……せいぜいこっちを無駄に疲れさせるための陽動を繰り返して、本命を狙ってくるって所じゃねえか?」

「……なるほどね。オレも同意見だ」


 スサノオの思考と推論は、ウケモチの返答によってさらに補強された。

 後はどれだけ相手の裏をかけるか。緊迫した命のやり取りの最中にも関わらず、いやそれ故か……スサノオの精神は高揚していた。


(ここからが正念場だぜ……! さあ来い母上……!)


 絶え間なくスサノオを攻め立ててくる、イザナミの千万腐手チヨロヅノクサレデ

 けがれを纏いし無数の手は、一日千の人間を絞め殺すため魂魄こんぱくを黄泉へと引きずり込む、荒ぶる死の具現であった。


 確かに恐るべき力だ。スサノオはウケモチと共に迫りくる手を躱し、払い、時には十拳剣とつかつるぎで斬り裂く。

 この攻撃を無限に繰り返されるだけでも、スサノオたちの体力は削られ、やがては疲弊してしまうだろう。


(だがッ……これはオレの待っている攻撃じゃあねえ……

 まだだ。もう少し耐え忍べ……!)


 スサノオは激しく動き回りながらも、機を執念深く待ち続けた。


「どうした、スサノオ……動きが鈍くなっておるぞ」


 イザナミの嘲笑の声が響く。スサノオの軽やかだった身のこなしは徐々に精彩を欠き始め……腐手クサレデがスサノオの身体を掠めるようになった。


「ぐッ……くっそォ!」


 スサノオの表情に焦りの色が浮かび、呼吸が乱れていき、神剣を振るう力も段々と弱まってきている。

 体力の限界が近いのだ。イザナミの思惑通りに戦いは推移していた。


**********


(ああ……スサノオ様、ウケモチ……)


 劣勢のスサノオらの苦闘ぶりを、オオゲツヒメは気を揉みながら注視していた。

 彼女は予めタケノコを食べて、イザナミから気配を隠している。この恐るべき戦いの最中、彼女にできる事は少ない。


 仲間たちの奮闘を見続けていたためか、彼女は背後でけがれの気配が膨らんだ事に気づかなかった。

 不気味なイザナミの亡骸が、いつの間にかオオゲツヒメの後ろに立っていた。


「……オオゲツヒメや。ここにいたのかえ」

「ッ!?」


 オオゲツヒメが驚いて振り返ると、イザナミは腕を伸ばし、彼女の首を掴んだ。


「がッ…………!」

「愚かな。恐らくタケノコの力でわれから隠れておったのであろう?

 じゃが仲間の苦戦に夢中で、力が切れておるのに気づかなかったようじゃな」


「……確かにわたくしはイザナミ様の……接近に気づきませんでした」

 ギリギリと首を絞められ、苦しげに言葉を紡ぐオオゲツヒメ。

「ですが、わたくしを狙ってくるだろうとは……見当をつけていたのですよ」


「……何じゃと?」


 イザナミは異変に気づいた。戦いに長けている訳でもない、食物の女神。

 にも関わらず、渾身の力を込めても首骨を折るどころか、絞め落とす事もできなかった。


 イザナミの両手はオオゲツヒメの首に届いていなかった。

 彼女の首には、絹でできた比礼ひれが巻きつけてあった。

 穢れを祓う力を持つそれは、イザナミの首絞めを寸での所で防御していたのだ。


 ヒュカカカッ!!

 さらに次の瞬間、鋭い音が重なったかと思うと、無数の葦の矢がイザナミの両腕に突き刺さった。

 彼女のけがれた腕は凄まじい熱を帯び、バラバラに弾き飛ばされた!


「何ッ……ぎイイイイイッッッッ!?」

「オオゲツに手を出すんじゃねーや……この腐れ神がッ」


 矢の飛んできた方角には、ウケモチが桃弓を構えて立っていた。

 ウケモチとオオゲツヒメの頭上には、それぞれ翼の生えた双子神の姿があり、彼らの神力によってウケモチの矢は正確に命中するのである。


 イザナミの両腕が吹き飛ばされた途端、スサノオを取り巻いていた無数の腐手クサレデもまた塵と化し消え失せた。


「くォのッ……小神チビガミどもがァァァァッ!!」

「小さいからと侮ってはいけませんわ。こう見えても、オオカムズミ様の木とけがれなき葦を使いウケモチが造り上げた、鬼祓いの力を持つ強力な神なのですよ」


 ドヒュン!!

 突如凄まじい風切り音がし、イザナミとオオゲツヒメに向かって急接近してくる影があった。


 イザナミは目を疑った。

 スサノオは腐手クサレデの力で遠くに足止めしていた筈。なのに彼は輝く十拳剣とつかつるぎを手に、彼女の間近に迫っていた!


「なッ……スサノオ……!?」

「ずっと待っていた。体力が底をついたフリをして……母上が自ら、オレ達の誰かを襲ってくる瞬間をな!

 オオゲツヒメを狙ってくるんじゃあねーかと思って、ウケモチと示し合わせて、ワザと筍の力を短めに調整してよォ!」

「しかし何故じゃ。何故そなたら、本物のわれがここにいると分かったッ?」

「姉上が……教えてくれたのさッ! アンタの腹をよーく見てみなッ!」

「姉……アマテラスが、じゃと……はッ!?」


 イザナミが己の下腹部を見下ろすと、確かに鈍い輝きを放っている。

 それはスサノオの持つ十拳剣とつかつるぎの光と同じ、太陽神アマテラスの持つ陽の気の輝きであった。


「姉上から貰ったこの神剣に宿った陽の気が、母上の抱えている『鏡』の陽の気と共鳴を起こしてるんだよッ!

 そいつが目印になるのを待ってたのさ!

 後はオオゲツヒメが時間稼ぎをしている間に──」


「オイラが持っていた葡萄ぶどうを、スサノオに食わせて神力を回復させた」

 先刻までスサノオのいた場所でウケモチが、得意満面の様子で言った。

「あとは大風さえ巻き起こせば、スサノオは一瞬で距離を詰められる。どの仲間が狙われてもいいように、立ち位置はキッチリ調整しといたんだけどな」


「おおおのれええええッッッ!?」

「母上、腕ずくで奪えって言ったよな?

 今こそ、返してもらうぜッ! 姉上の『魂』を!」


 スサノオの十拳剣とつかつるぎが、稲妻の如き速さで閃いた!

 イザナミの腹が大きく裂かれ、腐汁とけがれが盛大に飛び散っていく!


「あがごおおおおおおッッッ!!」

 けたたましき絶叫を上げるイザナミ。

 彼女の斬り裂かれた腹部から、目映い光を放つ鏡が姿を表した。アマテラスの『魂』の結晶だ。

 その陽の気に焼かれ、骨だけになりながらも再生を続ける不気味な二本の腕が、しっかりと鏡を握り締めている。


「こいつはあの、拆雷サクイカヅチって奴の腕か……悪ィが手を離してくれ。

 てめェごときにゃ、勿体ない『魂』だからよォ!!」


 スサノオはすかさず鏡に手を伸ばし、凄まじい旋風を発生させる!

 たちまち雷神の腕はガクガクと揺れ、イザナミの腐った肉体と共に吹き飛び……スサノオはとうとう、ずっと求めて止まなかった『鏡』をその手に掴んだ!

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