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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第四章 激闘の果て
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九.火の神・カグツチとの戦い②

「ツクヨミ! やったか!?」


 先ほどのスサノオの、胴を貫いた一撃は通じなかったが、ツクヨミの放った斬首攻撃。

 かつて父イザナギがやったのと同様に、カグツチの無表情な首が宙を舞う。


 しかし……立て続けに奇妙な事態が発生した。


「うぐぐッ…………!?」

 スサノオを掴むカグツチの両腕の力は全く緩まない。


「何……だと……!?」

 ツクヨミもまた驚いていた。十拳剣とつかつるぎで刎ねた首からは、一滴の血も噴き出さなかったからだ。

 どころか、カグツチの頭部は中身が腐り落ちていた。無数のうじ蟲が湧いており、黄泉の神に相応しいけがれに満ちたおぞましき存在だった。


 次の瞬間カグツチの胴体の、刎ねられた首の傷跡から、凄まじい炎熱が飛び出し背後のツクヨミを焼いた!


「ぐああああッ!?」


 灼熱に全身を包まれ、苦悶の悲鳴を上げるツクヨミ。

 さすがのスサノオも信じられない様子だった。


「馬鹿なッ……なんで、ツクヨミに即座に反撃できる!?

 ツクヨミの姿が見えなくなったのに、記憶が残っているなんてッ……!」


「……確かにツクヨミの姿を見失えば、その記憶も消える。母イザナミはそう言っていた。

 そう、『見失えば』ね。でも仮にボクが『見失っていなかった』としたら?」


 首を失ったままのカグツチが、嘲るような声で言った。


「気づかなかったのかい? ボクの首から上は、父イザナギに刎ねられたと同時に死んでいた。

 だから何の機能も果たしていない、ただのお飾りだったのさ。目も見えなければ、耳も聞こえない。

 なのになんで、お前たちの事を認識できていたと思うんだい?」


「!……まさかッ……」


 カグツチの首のあった場所から、ゆらゆらと青い炎が噴き上がった。

 揺れ動く炎の中につり上がった目と口が浮かび、不気味な笑みを浮かべたように見えた。


「そうさ。ボクは火の神カグツチ! お前たちの姿ではなく『命の炎』を認識して居場所を捉えている。

 つまり最初からツクヨミはボクから身を隠せていなかったし、背後を取る事も無意味だったという訳さ!」


 カグツチは両腕に力を込め、スサノオを抑え込みにかかる。

 スサノオも決して腕力に劣る神ではない。だが絶えず焼かれる上に位置が悪く、完全にカグツチの優位ペースだ。


「さあ悪神ども! ツクヨミとスサノオを殺せッ!」


 カグツチが命じると、最初に炎の渦を作っていた悪神どもと、先ほどスサノオの剣によって生まれた悪神どもが同時に動いた!


 ドドドガガッ!!


 彼ら全員が、カグツチの命令通り二柱に襲いかかっていれば、そこで決着だったかもしれない。

 だが次の瞬間起きたのは、悪神どうしの奇妙な乱戦の様相だった。


「……どういう事だッ!? 何をしているお前たち……!」


「カグツチの兄貴よォー……オレの逸話についても知らねェみてぇだな」

 スサノオは笑みを浮かべて言った。

「オレが父上に、海原を治めるよう命じられた時の事だ。

 だがオレは何年も海を荒れ放題にして、悪神どもの巣窟にしちまった。

 そのせいか、オレは結構……こういう悪神どもに好かれやすいし、御し方も慣れてるのさ」


 悪神どうしの潰しあいにも、実は法則性があった。

 ツクヨミやスサノオを利して立ちはだかっているのは、明らかに先ほど十拳剣とつかつるぎで飛び散った血から生まれた神々だった。


「同じ兄貴の血から生まれた神かもしれねェが……

 少なくとも、オレの十拳剣とつかつるぎで飛び散った血の方は……オレが生みの親だぜ!」

「なんだと……小癪な真似をッ!!」

「詰めが甘ェんだよ、カグツチの兄貴ィ!!」


 動揺したカグツチの戒めから、一瞬の隙を突いてスサノオは脱出し……勢いよくカグツチの腹を蹴り上げ、突き刺さった神剣を引き抜いて大きく跳ぶ!


「ごあああッ!?」

 カグツチの身体から新たにどす黒い血が撒き散らされると、そこから新たな悪神が生まれつつあった。

 その間にスサノオは、炎に焼かれたツクヨミの傍へ着地し、庇うようにカグツチとの間に立つ。


「ツクヨミ! しっかりしろ。意識はあるか?」

「なんとかね……手酷く火傷は負ったけれど。助かったよ、スサノオ」


 スサノオが到着したのを見計らい、消火も兼ねてツクヨミは再び黒い勾玉に変身し、スサノオの首飾りの一部となった。


「さーて。仕切り直しと行こうじゃあねーか、カグツチの兄貴!」


 体勢を整え、十拳剣とつかつるぎを構え直し油断なく対峙するスサノオ。

 周囲ではカグツチ・スサノオにそれぞれ従う悪神どもの、不毛な殺し合いが不快な喧騒を立てている。


「……そうだね、我が弟たちよ」

 メラメラと怒りの波長を声に滲ませていたカグツチだったが、不意に平静な口調に戻っていた。

「ボクの『増援』も到着したようだ。

 お言葉に甘えさせて、仕切り直させてもらおう」


「増援…………?」ツクヨミが訝った。


 次の瞬間、熱泥ねつでい地獄の真っ暗な上空から……四本の稲光がカグツチに向かって、轟音と共に降り注いだ!


「母上も用心深い事だ。

 ボクのためにわざわざ、地上に出向いていた四柱を呼び戻したらしい」


 カグツチの周囲に、四柱のけがれた雷神の姿があった。


「てめェらはッ……八雷神ヤツイカヅチノカミッ……!」


 その見覚えのある姿に、スサノオは歯噛みした。

 姉アマテラスの『魂』を黄泉の国に連れ去った実行部隊。

 忌々しき恥辱を強いた者たち。忘れる筈もなかった。


「カグツチ様。黄泉大神ヨモツオオカミの左手に宿りし若雷ワカイカヅチ! 加勢致しますッ」

「カグツチ様。黄泉大神ヨモツオオカミの右手に宿りし土雷ツチイカヅチ! 助太刀致す!」

「カグツチ様。黄泉大神ヨモツオオカミの左足に宿りし鳴雷ナルイカヅチ。参上……」

「カグツチ様。黄泉大神ヨモツオオカミの右足に宿りし伏雷フスイカヅチ。見参……」


 轟雷と共に、周囲に爆発的に閃光が広がった。

 思わず目を覆うスサノオ。光が晴れた後、その場に現れたのは──禍々しい雷を纏った剣と盾、そして雷雲の如きドス黒い巨大な翼を背中から生やした──火の神カグツチの恐るべき姿であった。

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