五.タヂカラオ&オオゲツヒメvs火髑髏・前編
迫りくる巨大で禍々しき姿の八百合神・火髑髏!
不安げな視線を送るオオゲツヒメに、タヂカラオは振り返りもせず言った。
「あんな性格悪ィ腐れ神の言う事、真に受けんじゃあねーぞ。オオゲツヒメ」
「タヂカラオ様……」
「もともと俺たちの仲間は、アンタをはじめとして……好んで戦いに来た奴なんていやしねえ。
ウズメも。アンタを慕ってるウケモチも。乱暴に見えるスサノオでさえも。
出来る事なら平和に解決したいと思ってるだろう」
タヂカラオの全身に神力が満ち溢れる。地面から突き出ていた巨岩を掴んだ。
「今、アンタは自分の事を足手まといだとか思ってるか?
とんでもねえ話さ。奴の言ってる事は出任せもいいところだ!
俺たちがここまで来れたのも、オオゲツヒメや皆のお陰だ。
アンタがいなきゃ、俺たちは今頃ヨモツヘグリを食って、黄泉の住民の仲間入りだったさ」
タヂカラオは雄叫びを上げ、巨岩を力任せに引き抜き……己の身長の二倍ほどもあるそれを両手で担ぎ上げた!
「戦いに限った事じゃあねえ! 物事には何でも、役割分担ってモンがあるのさ!
お互いのやれる事を精一杯やるべきだと、俺は思うぜ!
どおおおおおりゃああああああッッッッ!!!!」
怪力神は気合いを込めて、巨岩を髑髏百足の化け物に向かって投げつけた!
バゴァアアアンッ!!
凄まじい勢いと質量を持った投擲を受け、火髑髏の動きが止まる。
しかし、巨岩が命中し、破片となって砕け散った後……現れたのは、傷一つない黒光りする髑髏であった。
「何ィッ……!?」
「フフフクク。流石は高天原の『力』の象徴タヂカラオ……
我が突進の勢いを止めるほどの怪力をお持ちとは恐れ入りました。ですがァ……
我が身体を覆うこの黒き骨は、単なる亡者の残骸などではありません!」
雷光と爆炎を纏う黒光りする骨。
凄まじい穢れを宿しているが、それだけではなかった。
「この火雷も……カグツチ様には及びませんが、炎を操る力に長けております。
血の池地獄の水は、多分に鉄を含んでおりましてねェ……
我が炎と、取り込んだ獄卒共の穢れによって鍛え、硬き鉄の鎧として身に纏う事に成功しているのですよォ!」
「ならこいつはどうだァッ!」
タヂカラオは突進しつつ跳躍し、持てる神力を右拳に込めて、火髑髏の左頬骨に当たる部分をしたたかに打ち据えた。
太くしなやかな筋肉が躍動し、その一発一発が重い拳撃の連打!
並の悪神であればそれだけで塵ひとつ残らぬ威力である。
だが……巨大な髑髏百足は、その頭部を僅かに傾けただけで、やはり黒光りする外殻はヒビひとつ入っていない。
それどころか攻撃していたタヂカラオの拳に、血が滲んでいる始末であった。
「ぐッ……確かにちったぁ硬ェみてぇだな……」
「負け惜しみも程々にせねば、見苦しいですよォッ!」
火髑髏は巨体に似合わず俊敏な動きで、尾部に当たる骨をしならせ、鞭のように持ち上げてタヂカラオを弾き飛ばした!
「がはッ……!?」
両腕による防御は間に合ったが、衝撃に耐えられず大きく吹っ飛ぶタヂカラオ。
近くにあった血の池に落ち、赤い水飛沫が飛び散った。
「フン、口ほどにもないですねェ……」
火髑髏は沈んだタヂカラオの方に蔑んだ一瞥を送った後、オオゲツヒメに目を向けた。
「さて……オオゲツヒメ。覚悟はよろしいか?」
「ち、近寄らないでくださいましッ」
「実のところ、貴女さえ殺す事ができれば、我々の勝ちなのですよ。
貴女の生み出す食糧が途絶えれば、他の神々は飢えるかヨモツヘグリを食すしかなくなる。
タヂカラオが言っていたようにね」
火雷は得意満面の様子で語った。
「タヂカラオの力は脅威ではありました。
が、貴女を庇いながら戦わせる事で、行動を制限させる。
分断した皆様にも、我々の仲間が向かっていますが……勝てなくても構わない。
オオゲツヒメ。貴女さえ手中に収めれば、あなた方は詰みます。そのための時間稼ぎが出来れば十分なのです」
「わたくしを……殺すのですか?」オオゲツヒメは恐る恐る訊いた。
「我の望む望まざるに関わらず、貴女を殺す以外の選択肢は存在しません。
というのも我々の目的が達成されれば、いずれあなた方は死を迎え、黄泉の住民となる以外にないからです。
話し合う余地があるならば、我としてもやぶさかではありませんがねェ……」
悲しげにかぶりを振る火雷。
話をしている間にも、合神は抜け目なく巨体を這わせ、オオゲツヒメとの距離を詰めていた。
「所詮、我々は死者。生者であるあなた方とは相容れない運命なのです。
オオゲツヒメ。生者として死に抗う気持ちがあるなら……戦いなさい。
たとえ貴女に戦う術、身を守る術がなくとも……死は訪れる。強き者、弱き者の区別なく。平等にね」
火雷の言葉に、オオゲツヒメはフウと息を吐いた。
「ちょっと、驚きましたわ……火雷さま、でしたわよね?
貴方、黄泉の国の雷神にしては……随分と心優しい方ですのね。
敵であるわたくしを励まして下さるなんて」
「励ましに聞こえましたか?
それは貴女の買い被りというものですよ、オオゲツヒメ」
火雷は不快そうに言った。
「我はただ、事実を述べたに過ぎません。そして、お喋りの時間は終わりです」
「いいえ……まさか、敵に覚悟を決めさせられるとは。
思ってもみませんでしたわ」
オオゲツヒメの瞳から、いつの間にか絶望の色が消えていた。
恐怖の影は色濃く残っているが、少なくとも立ち向かう意思は死んでいない。
「わたくしも抗います。ここで死んでしまっては、わたくしを守り、励まして下さったタヂカラオ様に申し訳が立ちませんもの。
それに……わたくしにだって、身を守る術ぐらい、ありますわ……!」
「ほう! 大きく出ましたねェ!
では見せて貰いましょうか。貴女の身を守る術とやらを!」
火髑髏の巨体が、食物の女神を焼き尽くすべく動いた。
オオゲツヒメは合神の頭部を十分に引きつけてから、懐に密かに生み出し、隠し持っていた大豆を投げつける!
バシャアッ!!
穀霊の宿った豆が髑髏の眼窩に潜り込む。こうなると硬度など関係ない。
火髑髏は思わず怯み絶叫した。
ギャアアアアアッッッ!!
燃え盛る外殻のため多少は燃え尽きたが、穢れを持つ神にとってそれは、焼けた栗が目に飛び込んできたに等しい激痛を伴った。
苦しみ悶える火髑髏は、のたうち回って周囲に炎を撒き散らした!
「おのれ、小賢しい……! どこに消えましたかねェ……!」
目を潰され悶えている間に、火髑髏はオオゲツヒメの気配を見失ってしまった。




