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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第三章 黄泉の国へと
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十.黄泉醜女(ヨモツシコメ)が来る③

 スサノオとタヂカラオの肉を食い千切り、二体の黄泉醜女ヨモツシコメは喜悦に満ちた奇声を発した。


 ギギキイイエエエエエッッッッ!!


 それは声というより、騒音の刃であった。耳をつんざくという表現が相応しい、聞く者のこんを驚かせ、はくを縛るほどの猿叫えんきょうだった。

 よくよく見れば、仰向けのまま這い進む彼女らの四肢は、どす黒く変色しており手足の指も潰れたり折れたり、欠けたりしている。吐き気を催すほど痛々しい有様ではあるが、痛覚がないのかまるで意に介していない。


 黄泉醜女ヨモツシコメたちは神々の肉をあっという間に貪り終え、まだまだ足りぬとばかりに涎を垂らしたままの首をグルグルとかき回し、乱れ髪が渦を巻いた。

 豪胆で知られるスサノオやタヂカラオといえど、怯まずにはいられぬ異形の光景だった。


「くそッ……何なんだコイツら……!」

 左脇腹をやられたスサノオは絶望に青ざめつつ毒づいた。

「動きが見えなかった……ムチャクチャ速え……!」


「俺の肉は硬くて食いづらいと思うんだが……お構いなしかよッ」

 右肩をやられたタヂカラオが、脂汗を流しつつ軽口を叩く。

「道理で他の亡者どもの姿がねえわけだ……こんな化け物がうろついてるんじゃ、頭から齧られちまうだろうからなァ……」


 黄泉醜女ヨモツシコメは貪欲であり、亡者の魂魄こんぱくだろうが、神の持つ陽の気だろうが、お構いなしに貪り喰らい、己のけがれに変えて力を増すという。


(どうする? スサノオほどの巧者が捉えられない動きなんぞ、俺の目じゃ追える訳がねえ……)


 黄泉醜女ヨモツシコメのうち一体が、再びタヂカラオと目が合い、口裂けた笑みを浮かべた。黒く濁った乱杭歯が覗く。


(また俺を狙ってくるか? いいだろう。このタヂカラオ様の鍛え抜かれた筋肉!

 今度は全力で怒張させてやらぁ。同じように噛み千切れると思うなよ……!)


 タヂカラオは亡者の襲来に備えた。恐らく目で捉える事も、見切る事も不可能な速度で来るだろう。

 再び肉を食らおうとした際、怒張した身体でそれを防ぎ、噛み千切り損ねた隙を叩き伏せようという算段だった。


 ドボオッ!!


「…………ぐふッ…………!?」


 黄泉醜女ヨモツシコメが動いていた。やはり一瞬の早業で、目で追う事もできない。

 しかし亡者は、タヂカラオの肉を食おうとした訳ではなかった。ただ突っ込んできた。

 凄まじい速度の突進タックルを鳩尾にもろに受け、さしものタヂカラオも大きくよろめいてしまう。


 ヒヒヒヒギギギギッ!


 タヂカラオの覚悟を嘲笑うかのように、蠅の羽音のような不快な声を上げる黄泉醜女ヨモツシコメ


「くっそがああッ!!」


 せめて一矢報いようと、鳩尾に突っ込んできた亡者の頭部を左手で掴み割ろうとするタヂカラオ。狙いすましたつもりだったが、寸での所で掌は空を切った。再び恐るべき速度で離脱されてしまったのだ。

 捨て身の戦術すら通じない。知性はない筈だが、本能なのか……的確にこちらの嫌がる点を突いてくる。


「こいつは……マジでヤベーかもなァ……」


 ここに来て右肩の痛みが増してきた。桃の実を食べて傷を癒したいところだが、恐らく間に合う事もなく先手を取られるだろう。

 傍らを見れば、向かいでスサノオもまた、もう一体の黄泉醜女ヨモツシコメにいいように翻弄されている。戦況は最悪と言ってよかった。


**********


「スサノオ様! タヂカラオ様……!」


 なす術もなく傷ついていく二柱の男神に、オオゲツヒメは駆け寄ろうとしたが、ウケモチがそれを制した。


「行くなオオゲツ。お前が行けば、醜女シコメどもに一撃で噛み殺されるぞ」

「ですが、わたくしの五穀であれば……かつてイザナギ様がなさったように、彼女らの気を引く事ができるかと……」


 オオゲツヒメの提案に、ウケモチはかぶりを振った。


「駄目だ。イザナギは爪櫛や髪飾りを地面に投げて食物に変えたから、自分も巻き添えに食われずに済んだんだ。

 だけどお前の場合、身体の中から食物を生み出す。身体ごと一緒に食われちまうのがオチだ!」

「しかし……では一体どうすれば……!」


(クソッ……オイラも速さには自信はあるが……オイラの一撃じゃ軽すぎる。

 しかも仕留め損ねれば、オイラの小さな体じゃ足止めもできやしねえ……!)


 同様に、絶望的な戦局にツクヨミもまた歯噛みしていた。


(私の『時読みの力』でも、対応は難しい。身を稲妻の如く動かせる『時駆け』を使うにしても……

 黄泉醜女ヨモツシコメたちは亡者であるが故に、肉体の限界を越えた速度を出せる。

 それに対処できるほどの『時駆け』をスサノオ達に使えば、今度は彼らの肉体が保たない……!)


 ツクヨミは無力を感じ、歯痒く思った。

 己の『時読み』は、何と中途半端な力なのだろう。

 記憶を読む? 時を戻す? いずれも触れなければ神力は発現しないし、戻した時を永遠に留める事もできない。

 いざとなれば『あの力』を使わざるを得ないが……それは最後の手段としたい。何しろ仲間がいるのだから。


「……ツクヨミちゃん」

 ウズメが背後から声をかけてきた。そしてツクヨミの手を取る。

「お願い、協力して。細かい説明している時間はないし、上手く行く保証もないんだけど、さ。

 やるなら早くしないと……スサノオくんもタヂカラオも、手遅れになっちゃう」


 ツクヨミの手を取ったという事は、過去の記憶を読み、彼女の考えた作戦を即座に把握しろ、という事なのだろう。

 この女神も段々自分の力の扱い方を分かってきたな、とツクヨミは心の中で苦笑した。


「……なるほど、ウズメ。貴女はそう考えた訳か。

 確かにそうかもしれない。私は月の神だし、オオゲツヒメには闇の神ウケモチが傍にいる。だから陰の気が強い。

 黄泉醜女ヨモツシコメたちが真っ先にスサノオとタヂカラオを襲った理由は……彼らの持つ『陽の気』の強さが原因だと」


 だからウズメは、舞う事で陽の気を高め、亡者たちを惹きつけようというのか。


「……うん。ツクヨミちゃんの考えてる事も、あたし何となく分かるよ。

 ただ舞うだけじゃ、あいつらがあたしの身体を食い千切って終わりになる。

 だから……大陸で舞踊の神から教わった方法を、試したいと思う。でもそのためには……ツクヨミちゃんの協力が必要なの。

 お願い、聞いてくれるかな?」


「分かった……どのみち時間がない。スサノオもタヂカラオも限界が近い……

 ウズメ、貴女の作戦に賭けよう」


 ツクヨミは頷き、黒き勾玉に変化してウズメの首飾りの一部となった。


「ありがと……行くよ、ツクヨミちゃん……!」

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