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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第三章 黄泉の国へと
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八.黄泉醜女(ヨモツシコメ)が来る①

 ツクヨミ、スサノオらはオオカムズミの桃の木の下で一晩を明かした。


 桃木の女神の助力を確約した一行は、彼女から桃の実五個と種を貰い、種はオオゲツヒメが体内に取り入れた。

 桃の実は昨晩癒してもらったウズメを除く、五柱がそれぞれ持つ事にした。


 そしてウケモチは宣言通り、一晩で桃の木の弓と葦の茎の矢を作り上げていた。


「へっへっへーん、オイラ専用の鬼遣おにやらいの弓矢の完成だぜ!」

 ウケモチは貫徹直後の意気テンションで、完成したばかりの武器を皆に見せびらかした。


「うむうむ。良き『神』が宿っておるぞウケモチ」

 オオカムズミも満足げに頷いていた。

「見るがよい、わらわとウケモチによる共同作業の結晶たる神の姿を!」


 桃弓と葦矢から、フワリと舞う小柄な双子神の姿が垣間見えた。

 二柱は瓜二つの容姿を持ち、それぞれ対となる男女神であった。風に乗る軽やかな翼を持ち、ウケモチよりさらに小さき姿だが、獣のようなしなやかな身体と猫のような瞳には、秘めたる闘志が漲っている。

 残念ながらこの二柱の神の名は伝わっていない。ここでは仮の名として、安直ではあるがモモユミヒメとアシヤヒコとでも呼ぶとしよう。


「……すっごく可愛いんだけど! お持ち帰りしたいんだけど!」

 案の定、ウズメが小さな双子神に熱烈な視線を向けていた。


「ウケモチくん! その子達ちょうだい! っていうかあたしにも作って!」

「ゲッ、やだよ! オイラ専用なんだから! 欲しけりゃオオカムズミに頼んで、自分で作ってくれ!」


「前から思ってたけど……ウケモチって本当に器用だよなぁ……」


 追いかけっこをするウズメとウケモチを見やりながら、タヂカラオがしみじみと言った。


「ええ、ウケモチの技にはいつも助けて貰っています」

 隣でオオゲツヒメが微笑みながら答えた。

真綿まわたや食膳、それにお酒もウケモチが考えて色々作って下さるんです」

「へえ……あの時の晩餐で飲んだ酒もアイツが造ったのか。

 道理で美味かった訳だ」


 休息を取り終えたツクヨミ、スサノオたちはオオカムズミに礼を述べ、黄泉比良坂ヨモツヒラサカを後にした。

 別れ際にオオカムズミは、ツクヨミに助言を授けた。


「この先はいよいよ黄泉の国となる。

 じゃがイザナギの残した、けがれに侵されておらぬ食物がまだ残っておる筈じゃ。

 イザナギの黒い髪飾りより生まれし葡萄ブドウと、爪櫛の歯より生まれしタケノコがな」


 オオカムズミが言うには、葡萄には失われた気力や神力を取り戻す加護があり、筍には精神を平静に保ち、荒ぶる魂から身を隠す呪力が宿っているという。

 イザナギの置き土産とも言えるこの二つを見つける事ができれば、桃の実と同様に大きな助けとなるだろうと彼女は言った。


**********


 黄泉の国の最奥、黄泉大神ヨモツオオカミたる女王イザナミのおわす骨の玉座にて。

 黄泉比良坂ヨモツヒラサカに侵入者あり、との報せが届いた。


「ほう……火雷ホノイカヅチが言った通りになったか」


 イザナミは頭に宿りし大雷オオイカヅチに命じ、侵入してきた神々の姿をその目に捉えた。


「ふふふ、スサノオかや。それに……火雷ホノイカヅチらの邪魔立てをしたタヂカラオ。

 あのふしだらな姿の女神は知らぬ顔じゃな。

 もう一柱の女神は……オオゲツかや? 懐かしき顔じゃのう」


 オオゲツヒメと言えば食物神だ。スサノオも意外と考えたものだ、とイザナミは感心した。彼女の加護があれば、ヨモツヘグリを食さずとも黄泉の国を旅する事ができるからだ。


「ふむ……しかし腑に落ちぬのう。スサノオはオオゲツの事を知っておったか?

 それとも、オモイカネあたりの入れ知恵かのう……」


 最初は亡者の群れに対するスサノオたちの奮戦ぶりを、半ば愉悦を交えて見物していたイザナミであったが……彼らの中に、紫がかった闇の御衣を纏った神の姿を認め、大きく目を見開いた。


「なッ…………あやつは、ツクヨミではないか。

 何故じゃ。あやつは夜之食国ヨルノオスクニにおった筈……!」


 呟きの途中、イザナミはようやくツクヨミの持つ神力と、それに伴う呪いの噂を思い出した。

 ツクヨミの姿を見失えば、その記憶もまた失われる。噂は事実であった。

 黄泉比良坂ヨモツヒラサカで目撃される前のスサノオたちの動向が、イザナミの耳に全く入って来なかった事がそれを証明している。


「ツクヨミ……? 三貴子の月の神ですか?」

 女王の言葉を聞き、大雷オオイカヅチは今初めて聞いたかのように間抜けな声を上げた。

「まァ問題ありますまい。

 ツクヨミの力が強大であれば、我らの耳にも入ってきている筈。

 それが無いのですから、彼奴の神力とやらも、大した事はないのでしょう」


(痴れ者め……! 強大であるが故に、まったく耳にも記憶にも残らぬのが、ツクヨミの力の恐ろしさだというに……!)


 イザナミはもどかしさに歯噛みしたが、ツクヨミの呪いを物ともせずに、記憶に留められる神も限られている。

 イザナミ自身を除けば、スサノオやアマテラス。そして彼女の元夫たるイザナギぐらいのものであろう。


 イザナミは素早く頭を巡らし……ツクヨミたち侵入者を排除するための方策を案じ、矢継ぎ早に命じた。


大雷オオイカヅチ。カグツチと火雷ホノイカヅチ黒雷クロイカヅチに命じ、侵入者を迎え撃たせよ。

 そしてそなたは至急地上に向かい、残り四柱の雷神をこちらに呼び戻して参れ」

「……畏まりましたァ、大神オオカミさま」


 大雷オオイカヅチは一礼し、瞬く間にその姿を消した。


「こちらの体勢が整うまでは、あやつらがスサノオたちの足止めをしてくれよう。

 足止めどころか、そのまま喰い殺してしまうやもしれぬがのぅ……」


 イザナミの見やる先には、黄泉の国の荒んだ大地を蜘蛛のように這い回る、奇怪な亡者たちの姿があった。

 黄泉大神ヨモツオオカミたる彼女の命すら理解せぬほど、知性も理性も持たぬ身ながら、生者の魂魄こんぱくや穀霊すらも貪り喰らい、己のけがれと変える恐るべき者たち。


 黄泉醜女ヨモツシコメである。

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