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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第一章 陽が翳るとき
3/79

二.カグツチの受難

 大雷オオイカヅチが出立したのを満足げに見送ったイザナミは、獄卒に命じた。


「カグツチを呼んで参れ」


 イザナミの言葉を受け、獄卒は恭しく下がる。

 程なくして全身に炎を纏い、少年のようなあどけなさの残る顔立ちの神が、イザナミの下へ参上した。

 彼の名はカグツチ。イザナミが国産みの際に、最後に産んだ火を司る神であり、イザナミを死の淵に追いやった原因でもある。

 その首には、痛々しい傷跡がくっきりと残っている。

 カグツチは怒り悲しんだ父イザナギによって斬首され、黄泉の国に住まう神となったのだ。


「母上……このカグツチにいかなる用向きでございましょうや?」

「うむ。そなたにしか頼めぬ話でな……我が雷神を七柱、遣わすゆえ。

 『さる場所』の地下に赴き、そこでそなたの力を蓄えて欲しいのじゃ。

 力を解放する時は、追って伝える」


 イザナミの言うところの「さる場所」。

 そこに火の神であるカグツチを遣わす理由。

 カグツチはイザナミの考えを理解した。

 そして、それが恐るべき結果を生むであろう事も。


「しかしながら、母上……それは事を成しえた暁には。

 葦原アシハラノ中国ナカツクニだけでなく、遠き高天原タカマガハラにさえも害を及ぼしませぬか?」

「……そうじゃ。それが狙いじゃ」

「母上……! お待ち下さい。どうか、お考え直し下さいませ……!」


 カグツチは震えながら平伏し、イザナミに再考を促した。

 しかしイザナミからの返事はない。代わりに返ってきたのは、ひどく下劣な割れ鐘のごとき声だった。


「畏れ多き事を申すなァ……カグツチ……

 そなたの母君であり、黄泉大神ヨモツオオカミでもあらせられるイザナミ様の言葉に、従えぬというのかァ?」


 下劣な声の主は、イザナミに仕える八雷神ヤツイカヅチノカミが一柱、イザナミの女陰ほとに宿りし拆雷サクイカヅチのものであった。


「そなたを産みし折、イザナミ様はそなたの炎に女陰ほとを焼かれ、苦しみ抜いて死んだのよ。

 その負い目があろう? そなたの炎で、どれほど醜く焼けただれたか。この場で見せてやろうかァ?」

「……拆雷サクイカヅチ


 まとわりつくような嫌味たっぷりにカグツチを煽る拆雷サクイカヅチに対し、イザナミが静かに、だが怒りの込もった声で言った。


「そなた、その下劣な口を閉じねば……その頭蓋を踏みしだいてやろうぞ?」

「ヒッ……も、申し訳ございませぬイザナミ様ァ!

 この拆雷サクイカヅチめ、決してイザナミ様に対し他意があった訳では……!

 お許しを! 平にお許し下さいませェ!!」


 大袈裟に芝居がかった口調で謝罪し平伏し、慈悲を乞う拆雷サクイカヅチ

 イザナミはこの雷神の下劣かつ、被虐を愉しむ品性はまるで好きになれなかったが、その忠誠心だけは買っている。

 拆雷サクイカヅチを一瞥したイザナミは、カグツチに歩み寄り、優しい声音で言った。


「カグツチや。そなたとてわれが産んだ35柱の一柱。腹を痛めた愛おしき子である事に変わりはない。

 そなたを産んだ事で、確かにわれは命を落とした。だが一度たりとて、そなたを恨んだ事などない。信じては貰えぬやもしれぬがな……」


「め、滅相もなく。ありがたきお言葉……」カグツチの声は消え入りそうな蝋燭の火のようであった。


「そなたには、そなたの考えがあろう。われは決してそなたに無理強いはせぬ。

 だがもし……カグツチ。そなたにわれを憐れむ気持ちが少しでもあるならば。

 われの頼みを……どうか、聞き届けてはくれぬであろうか?」


 カグツチの心に怖気が走った。

 その言葉も声音も、まさに母が愛おしき子に語りかけるが如き優しさ。

 にも関わらず、火の神であるカグツチはその言葉の裏にある、イザナミの暗き妄執の炎をも感じ取った。


 だが逆らえぬ。

 母に負い目を持つ子は、何としてでもその寵愛を得たいと願うものだ。

 たとえ行動した先に、阿鼻叫喚の地獄絵図が待っていたとしても。


 カグツチは平伏し、イザナミの言葉に従うほかは無かった。

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