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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第二章 ツクヨミとオオゲツヒメ
23/79

十.スサノオ、交渉する

 夜之食国ヨルノオスクニの御殿にて。


「……なるほど。

 高天原タカマガハラのオモイカネさんが、私の協力を仰ぐようにと言ったのだね」

「そ、そうなんです!

 ツクヨミ様のお力添え、黄泉の国に行くための助けになれば、と思って……」


 ウズメは緊張している様子で、上ずった声でツクヨミに懇願していた。


常世とこよ長鳴鳥ながなきどりに関しては心配いらない。

 姉上のアマテラスを復活させる宴の際には、彼らを常世の国から呼び戻し、宴に向かうよう手配しよう」

「あ、ありがとうございますッ!」

「それから……黄泉の国へ赴くと言っていたけれど。

 我が母イザナミに会いに行くのだろう? 長い旅になると思う。

 その間、貴方たちは食糧や水をどうするつもりなのかな?」


 ツクヨミの言葉に、ウズメだけでなくタヂカラオやスサノオも、ようやく事の重大さに思い至ったようだ。

 黄泉の国において、水や食物を口にしてはならない。

 黄泉の国の食べ物は「ヨモツヘグリ」と呼ばれる。食べたが最後、たとえ神であろうが黄泉の住民と化し、二度と黄泉の国から出る事が叶わなくなる──すなわち亡者と化してしまうのである。


「……対策は考えていなかったようだね。いいでしょう。

 今から書状をしたためるから、それを持っていくといい。

 少し遠い場所になるが、協力者のアテがあるんでね。私の紹介があれば、きっと力になってくれる筈だよ」

「本当か? 何から何まですまねぇなぁ。助かるよツクヨミ様!」


 タヂカラオは嬉しそうに感謝の言葉を口にしたが。

 スサノオだけは、憮然とした目でツクヨミを見ていた。


「……スサノオ、どうしたの?」

「ツクヨミ。お前……本当にそれでいいのか?

 お前は思った事を、なかなか顔に出さないからよ」

「どういう意味だい?

 姉上を救うために、こうして出来る限りの協力と助言を──」

「お前はどう思ってるんだよ?

 このまま自分の国に腰を置いたまま、オレたちの帰りを待つだけでいいと、本当に思ってるのか?」


 スサノオの鋭い言葉に、ツクヨミのかんばせが僅かに歪んだように見えた。


「さっきのタヂカラオとウズメちゃんの様子を見て、オレにも分かった。

 ツクヨミ。今のお前……『独りぼっち』なんだろう?」

「!」

夜之食国ヨルノオスクニに入ってから。

 ツクヨミ。お前以外の誰も姿を現さねえし、声も聞こえねえ。

 あの穢れた暗雲が、この国にも紛れ込んできて……この国に棲む者たちから、お前の姿は見えなくなってる。だからみんな、お前の事を忘れちまって、誰も姿を現さない。そうじゃねえのか?」


 スサノオの指摘は、ツクヨミを動揺させた。

 タヂカラオとウズメは話について行けず、茫然としている。


(タヂカラオもウズメちゃんも、ツクヨミを忘れた事も忘れてる。

 だからこの説得には力を貸してくれねえ。オレだけで、何とかしねえと。この場だけは……!)


「……スサノオの、言う通りだよ」ツクヨミの声には、若干震えが混じっていた。

「今の私は孤独だ。今まで慈しんでいたこの国の者たちも、今や私を見知らぬ神であるかのように振舞う。

 私も出来る事なら、スサノオの旅について行きたい。

 私の力が役に立てるのなら……ね」

「だったら……」

「でも駄目なんだ。スサノオなら分かってくれると思うが、私が同行するという事は、いずれ全てを『忘れ去られる』という事だよ。

 たとえ黄泉の国から無事生還し、姉アマテラスの魂を持ち帰ったとしても。誰も讃えてくれない。

 スサノオが犯した罪が許される事もない。待っているのは栄光とは程遠い、恥辱にまみれた末路だよ」


 ツクヨミの言葉に、スサノオはフンと鼻を鳴らした。


「なんだよ……そんなくだらない事を心配してたのか?

 オレは姉上を助けたい。だからこうして旅に出る事にしたんだ。

 姉上さえ無事に目覚めて、それで天上も地上も陽の光が戻るってんなら、それで十分さ。

 実際オレが撒いた種でこうなっちまったんだ。事が全部終われば、後はオレを煮るなり焼くなり、好きにしてくれればいい」


「何言ってんだスサノオ! 俺がそんな目に遭わせるなんて承知しねえ!

 高天原タカマガハラの分からず屋どもが寝言をほざくなら、何百回だって抗議してやらァ!」

「そうよそうよ! スサノオくんは心を入れ替えたんだから!

 あたしだって抗議する! スサノオくんは本当は優しくて、頼りがいのある神だってね!」


 タヂカラオとウズメの言葉に、スサノオは救われた心地だった。

 たとえ後になって、このやり取りが忘れ去られたとしても、今その気持ちだけで十分だった。スサノオは勇気を得た。


「……いい仲間を持ったね、スサノオ。羨ましいくらいだ」

 ツクヨミは悲しげに微笑みを浮かべて言った。

「でもやっぱり遠慮するよ。私が今、夜之食国ヨルノオスクニを離れれば……ここを目指してやってくる長鳴鳥ながなきどりたちを導けくなる。

 それに今でも、穢れた暗雲を私の神力で防いでいる事には変わりないんだ。

 もし私がいなくなれば、この国はあっという間にけがれに飲み込まれ、死に絶えてしまうだろう……」


「……いや、方法ならあるぜ」スサノオは事もなげに言った。

「だがツクヨミ。お前にも覚悟してもらわなきゃならん。

 お前の持つ魂魄こんぱく……オレに半分くれてやる事が、できるか?」

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