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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第二章 ツクヨミとオオゲツヒメ
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九.ツクヨミの力と秘密

 スサノオ、タヂカラオ、ウズメの三柱と、海辺にいた長鳴鳥ながなきどりたちは、ツクヨミの治める夜之食国ヨルノオスクニへと入った。

 ちなみにこの「す」とは、「支配する」という意味である。


 夜が支配する国というだけあり、辺りは暗く、一寸先も見えぬ闇の世界。


「──みんな、こっちだよ」ツクヨミの導く声以外、何一つ聞こえぬ静謐。

「もうすぐ私の御殿に着く。そこでしばらく待っていて欲しい。

 私はまだ、この長鳴鳥ながなきどりたちと話をしなければならないからね」


 スサノオは何となく理解した。

 彼ら長鳴鳥ながなきどりを、常世とこよの国へと案内しなければならない。

 本来ならあの海辺で一羽一羽導くはずだったが、禍神マガツカミたちの乱入により、急遽全員を招き入れなければならなくなった──という事のようだ。


「えっと……ツクヨミ、様?」

 ウズメが気恥ずかしげに、上目遣いをしながら尋ねた。

「名乗っていないはずなのに、どうしてあたしと、タヂカラオの名前が判ったんですか?」


 ツクヨミは薄く微笑んでから答えた。


「私はツクヨミ。その名の通り、『月日を読む』という力を持っている。

 そのひとに触れると、体験した過去の記憶を読み取る事ができるんだ」


「へえ……そういう事か。さっきスサノオに触れてたもんな」

 得心いったらしく、タヂカラオから感嘆の声が漏れた。


 ツクヨミの御殿に入るスサノオたち。

 中は相変わらず外と同じく暗いものの、堅い板間の感触だけは、足を通して伝わってくる。


「……スサノオ。私が出ていく前に、頼みがある」ツクヨミは言った。

「何だ?」

「これから、私がいなくなった後……タヂカラオさんとウズメさんを、しっかり励ましてやって欲しい」

「? それは一体、どういう意味だ?」

「どういう事かはすぐに分かるよ。

 でも安心して。長鳴鳥ながなきどりたちの案内が終われば、私は戻ってくるから」


 謎めいた言葉を残し、ツクヨミの姿は消えた。御殿に取り残される三柱。

 突如として空気が変わった。スサノオが振り返ると、タヂカラオとウズメの様子は明らかにおかしくなっていた。


「……何だここは。 スサノオ。ウズメ! どこだ? いるのか?

 辺りが暗くて何も見えねえし、そもそもどうやってこんな所に来たんだ……?」

「何なのよ、ここ。何も見えないじゃない!? あたし、いつの間にこんな暗くて恐ろしい所に、迷い込んじゃったの……?」


「って、何言ってんだよ、タヂカラオ! ウズメちゃん!

 さっきまでツクヨミがいただろ? あいつに案内されて、この夜之食国ヨルノオスクニの御殿に入ったんじゃねえか!」


 二柱の奇妙な取り乱しぶり。スサノオは訳が分からなかった。


「ツクヨミ……? ツクヨミ様の事か? スサノオ。一体何の話だ?」

「そうよスサノオくん。

 あたし達まだ、ツクヨミ様にお目にかかった訳でもないのに。

 どうやって夜之食国ヨルノオスクニに入れたっていうのよ?」

「なん…………だと…………」


 まったく噛み合わない会話。混乱しかけたスサノオであったが、ツクヨミの先刻の台詞が頭をよぎり、ハッとして思い至った。

禍神マガツカミたちは『自分の姿を見失った』から、もう追ってくる事はない」と。

 最初は何気なく聞き流した言葉であったが、今の二柱の惑乱の様子からして……信じ難い話だが、ツクヨミが姿を消すと『ツクヨミと会っている間の記憶も消えてしまう』のだろう。


(なんてこった。さっきまでツクヨミと会話してたってのに、ツクヨミの姿が見えなくなったってだけで、アイツと出会った記憶が全部消えちまうのかよ……!

 オレだけがツクヨミを覚えていられる理由は……ひょっとして、神力の強さが関係してるのかもしれねーな。

 だとすると、アイツと会った後も記憶を保っていられるのは、オレと姉上のアマテラス。後は父イザナギと母イザナミぐらいって事になんのか……)


 どうすればいいのか、確証は持てなかったが。

 暗闇の中、スサノオは身体が自然と動いていた。

 タヂカラオとウズメの肩を抱き、必死になって言い聞かせた。


「大丈夫だ。心配いらない……今はスゲー不安だと思うけど。オレを信じて、今は待っててくれ。

 もうすぐここに、ツクヨミの奴が戻ってくる。そうなりゃ、今の怯えた気持ちもきっとどうにかなる。

 オレが、傍にいるからさ。だから今は……心を落ち着けて、待っていてくれ。

 頼むよ、タヂカラオ。ウズメちゃん」


 二柱は、しばしの間無言だったが……やがて、ゆっくりとその場に座った。


「……分かった。いや正直な所、何もかも訳が分からねえが。

 スサノオがそう言うんなら、俺は信じるぜ。

 このタヂカラオ様が、こんな暗がりに放り込まれたぐらいでビビり上がるなんて、ある訳がねえだろう!」


「スサノオくんが、あたし達を心配してくれて、勇気づけようとしてくるのは分かるよ。だからあたし……スサノオくんの言う事を信じて、待つ事にする。

 それに今のスサノオくん……何だか頼りがいがあって、とても好きになれそうだもの、ね」


 決して心から自分を信じ切っている訳ではないだろう。

 肩から伝わってくる震えからそれが分かる。

 だがそれでも健気な二柱の返答に、スサノオは「すまねえ、ありがとう」と感謝を述べた。


 ツクヨミが戻ってくるまでの間。スサノオたちは不安を抱えながらも、肩を寄せ合って待ち続けた。

 やがてツクヨミが御殿に姿を見せた。するとタヂカラオとウズメは、ツクヨミの事を瞬時に思い出し、先ほどまでと変わらぬ様子に戻っていた。


 その豹変ぶりは、拍子抜けするほど早かった。と同時に、スサノオは気づいてしまった。

 ツクヨミの姿を認めると、今度は「ツクヨミを忘れていた事」を忘れてしまう、という事を。


 月の神ツクヨミ。強大な神力を持つ尊き三貴子でありながら、その実態が謎に包まれている理由を、スサノオは痛感した。

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