七.長鳴鳥を追って
ウズメは旅に同行すると申し出たが、タヂカラオから「オモイカネからの伝言と助言は?」と聞かれるまで、その事を忘れていたようだった。
「あーゴメンごめん。あたし結構、抜けてる所あるからつい、ね。
まずスサノオくん。オモイカネちゃんに言われて、コレを渡すようにって。
アマテラス様が、密かに用意してくれたんだって」
「姉上が……?」
ウズメは頷くと、鞘に収まった十拳剣を出し、スサノオに手渡した。
「ホラ、スサノオくんが最初に持ってた剣は、誓約の時に噛み砕いちゃったそうじゃない?
いずれ別の国に旅立つにしろ、武器は必要だろうって」
新たな十拳剣を手にし、スサノオは素振りをする。
いかなる神も宿っていない。未だに持ち主のいない、新品の証拠である。
思えば誓約の前に手にしていた剣は、母イザナミからの贈り物だった。
「……へへっ。姉上が起きたら、礼を言わなくちゃな」
「それから……オモイカネちゃんからの伝言と助言ね。
『ツクヨミ様の協力を仰げ』『長鳴鳥の後を追え』ですって」
「……ツクヨミ様って。あの月の神、夜之食国の主か?」
タヂカラオは驚いた声を上げた。
「アマテラス様やスサノオと並ぶ、三貴子の一柱じゃねえか。
そんな尊いお方が、俺たちの旅に協力してくれるってのかよ?」
スサノオは「自分も一応、三貴子なんだけどなぁ」と言いたげな顔をしていたが、今更二柱に畏まられて「スサノオ様、スサノオ様」と呼ばれても旅がしにくくなるだけだと思い直し、口をつぐんだ。
「オモイカネちゃんが言うくらいだからねぇ。
協力してくれるんじゃないかなー。多分、だけど」
ウズメもさすがにツクヨミと面識はないようで、自信なさげな返答である。
「といっても……そもそも夜之食国って、どうやって行けばいいんだろうな。
スサノオ。同じ三貴子なら、行く方法とか知らねえのか?」
「……知ってたら、すぐにでも連れて行けるんだけどなぁ。
悪いけど、ツクヨミとは生まれてすぐに別れて、それっきりだからな……」
スサノオは申し訳なさそうに頭を掻いた。
だがタヂカラオは、二つ目の助言の長鳴鳥には聞き覚えがあった。
「そーいや、オモイカネの奴は会議で『常世の長鳴鳥』を集める事が決まった、と言ってたなぁ。
最初に聞いた時には、そんな海の果ての異郷の地の鳥を捕まえに行くなんて、大変そうだなって思ったが……」
「常世の国、か」スサノオはそっちに関しては、心当たりがある様子だった。
「父イザナギが言ってた。
常世の国も夜の国の一部で、ツクヨミの管轄なんだってさ。
その常世に長鳴鳥がいるなんて話、聞いた事ねぇけど、ひょっとして……」
「あ! あたし見たことあるよ! 長鳴鳥!」とウズメ。
「地上の港に着いてすぐ! 大量の鳥が鳴き声も上げずに走ってたわ」
タヂカラオ、スサノオ、ウズメの三柱の証言を総合して考えた結果。
葦原中国の長鳴鳥たちは、避難場所として常世の国を目指しており、その案内役をツクヨミが行っているだろうという推論が成り立った。
つまり地上を走っている長鳴鳥の後を追えば、いずれツクヨミの下へ辿り着けるのだ。
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三柱の旅は、まず無事な長鳴鳥の群れを探す所から始まった。
道中、葦原中国の惨状をつぶさに見る事になってしまったが。
日が差さず、作物もロクに育たず、木々も獣も人々も、活力を失っていた。枯れ朽ちた草花や、穢れにまみれた腐乱死体なども物珍しいものではなくなっていた。
時には巷を跋扈する、禍神や悪神との遭遇もあった。
幸い、戦いの心得もあり神力も強い三柱が後れを取る事はなかったものの、その頻度はアマテラスがいた頃とは比べ物にならないほど多い。蔓延した穢れの脅威は、着実に地上を蝕みつつあった。
旅を始めて三日後の夕方──といっても、辺りは常に薄暗いため、正確な時刻は計りかねたが。
スサノオたちは三羽の長鳴鳥を発見した。必死で穢れから逃れようと、疲れた身体に鞭打っての痛々しい旅路だった。
彼らの様子を探り、災いが迫るようなら事前に排除しつつ、迎えたその日の夜。
海辺に佇む長鳴鳥たち。いつの間にかあちこちから、逃げ延びた仲間が集まってきている。
突如として夜の闇から、薄く輝く姿が垣間見えた。スサノオは確信した。あれは──ツクヨミだ。




