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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第二章 ツクヨミとオオゲツヒメ
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六.ウズメの舞

 韓国からくに帰りの女神、ウズメ。

 日本神話における芸能を司る神とされ、最古の踊り子として名高い。

 彼女が「岩屋戸開き」にて踊った舞は、後の世に「神楽かぐら」と呼ばれる伝統芸能として、今日も脈々と受け継がれている。


「オモイカネちゃんから事情は大体聞いたわ。

 彼からは、伝言と助言をするようにって話だったけど。

 話を聞いているうちに、あたし決めたの! 貴方たちの旅に同行しようって」


 唐突過ぎる申し出だった。

 タヂカラオは戸惑いつつも口を開いた。


「ウズメ。話を聞いたってんなら、分かってるんだろうな?

 俺たちがこれから、向かおうとしてる行き先は……」

「うん、黄泉の国でしょう?

 どんな場所かくらい、あたしだって聞いた事あるよ。

 覚悟の要る旅になるだろうって、承知の上でお願いしてるの!

 心配しないで。あたしこう見えて、旅慣れてはいるのよ。

 何しろ異国の情報が欲しくて、何度も韓国からくにに渡っているくらいだから」


 ウズメはこと芸術に関して好奇心旺盛な女神であり、その知識欲は高天原タカマガハラ葦原アシハラノ中国ナカツクニだけに留まらず、海原を越えた先の大陸にまで食指を伸ばしているのだった。

 また彼女はたびたび、オモイカネの神殿に赴き、彼から様々な知識や言葉を教わっているという。

 オモイカネはその能力ゆえに、遠き異国の神々とも交流を持ち、豊富な情報を吸収していたのである。

 もっとも、理詰めで語るオモイカネと違い、ウズメは感性で語る天才肌めいた神であるから、その会話がきちんと噛みあっているかどうかは、想像に任せるしかないが……


「でもさ……ウズメさん」スサノオもおずおずと異を唱えた。

「黄泉も危険だけど、今の葦原アシハラノ中国ナカツクニも相当に酷い有様だぜ?

 暗雲のせいで、普段なら出てこなかった災厄やらけがれやらが、しょっちゅう湧き起こってる。

 いくら旅慣れてるって言っても、女のアンタをこんな危険な事には……わわッ」


 スサノオの言葉は、再び顔を近づけてきたウズメの指によって遮られた。やっぱり距離が近い。


「心配してくれてる? ありがとスサノオくん。

 ふふ、でも大丈夫。あたしは自分の身くらい、自分で守れるわ」


 論より証拠と言わんばかりに、ウズメは二人と距離を取り、おもむろに二本のかんざしのような物を取り出し、両手に構えた。


「ウズメ、そいつは何だ?」

筆架叉ひっかさ。大陸の武器よ。あたしにピッタリだと思って、貰ってきたの。

 舞をする時にも邪魔にならないし、自由に身体を動かせるの!」


 ウズメが披露したのは、色艶やかな演舞であった。

 流れる清川のような滑らかな、緩急入り混じった美しき身のこなし。

 力強く振られる筆架叉ひっかさ。異国の衣装の鮮やかさが自然と目に飛び込むよう、計算された流麗な舞。

 スサノオも、タヂカラオも。気がつけば、彼女の織り成す華やかな舞踏の空間に、魅入っていた。


 彼女の舞の美しさもさる事ながら、仮に禍神マガツカミが襲ってきたとしても、虜になるか軽くあしらわれるか。そう思わせるほどの迫力と躍動感に満ちていた。


「……すげえ。オレ、こういう踊りってよく分かんないけど……

 とにかくすげぇって事だけは分かるよ! 感動、しちまった……!」


 ウズメの舞が終わると同時に、スサノオは素直な感情を口に出し、絶賛していたのだった。


「えへへー。凄いでしょうスサノオくん!

 大陸で知り合った舞踏の神に教わった舞を、あたしなりに調整アレンジしてみたのよ。

 まだまだ試行段階だけど、そのうち自分で考えた舞踊に昇華して、この国に根付かせてみせるわ!」


 華やぐ笑顔を向け、ウズメは今度はつかつかとタヂカラオに詰め寄る。


「…………タヂカラオ。どうだった? 感想は」

「……お、おう。確かに凄い舞だったわ。まったく隙がないというか……どこから打ち込めばいいか分からんくらいだったな。

 お前さんが敵じゃなくて良かったって思える、素晴らしい型だった」

「何よソレ! もう……

 タヂカラオはなんでそう、褒める点がズレちゃってるのかしら。

 もっと綺麗だとか華麗だとか、見惚れちゃった~っとか言った方が、女神にもてるのに!」

「こ、これでも俺的には最大級の賛辞のつもりだよッ!」


 ウズメは噴き出し、続けてタヂカラオも豪快に笑う。

 それにつられるように、スサノオも大笑いしてしまった。


「……よかったぁ。やっと二人とも、心の底から笑ってくれたね!」

 二人の様子を見て、ウズメは心底嬉しそうな、そしてホッとしたような表情で言った。


「なんだ? そんな事を気にしてたのかよ」タヂカラオが意外そうな顔をする。


「貴方たちだけじゃないわ。あたしが戻ってきた時、高天原タカマガハラはもう、お通夜みたいな暗い雰囲気でさ。

 いくらあたしが気分を盛り上げようと思って、明るく振舞っても……せいぜいが愛想笑い。誰も心から笑顔なんて、見せてくれなかった。

 ……あたし、難しい事は分かんないけど。

 寂しいじゃん……何とかしたいなって、思うじゃん……」


 スサノオは思い至った。彼女も、自分たちと同じで。

 姉アマテラスを。暗き曇天を。天上と地上を。救いたいって気持ちでここに来たんだな、と。


「……オレも、自分で撒いた種で、今からやろうとしてる事が償いになるなんて、思ってねぇけど……

 でも今やらなきゃ、本当にどうしようもなくなる。何としても、姉上の魂を黄泉から救いたいんだ。

 苦しい旅になるだろうけど、同じ気持ちの仲間が一人でも多いほうが、オレだって嬉しいし、心強いよ。

 だから、ウズメさん……協力してくれるっていうなら、歓迎する」


 スサノオの差し出した右手を、ウズメは思いっきり握り返した。


「改めてよろしくね、スサノオくん。

 あと『さん』とか堅苦しいから、つけなくていいよ。

 呼ぶんだったら、親しみを込めて『ウズメちゃん』にして!」

「あっ、はい……ウズメ、ちゃん……」

「あとあたしが加わるからには、『楽しい』旅だから。

 そこんとこ、勘違いしないように!」


 実はまだ、この時点では「楽しい」という言葉は存在しない。

 だからスサノオは意味も分からずに頷いていた訳なのだが……言葉の響きからすると、心が弾むような、暖かくなるような。そんな雰囲気だけははっきりと感じ取った。

 ただ、何かあるたびに額がくっつかんばかりに顔を近づけられるのには、慣れそうにない。

 タヂカラオの言う通り、面食らう言動の多い女神だとスサノオは思った。


 ともあれ、こうして黄泉の国に赴く旅路に、三人目の同行者ウズメが加わった。

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