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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第二章 ツクヨミとオオゲツヒメ
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五.韓国(からくに)帰りの女神

「……以上が、天安川アメノヤスノカワでの会議の結果です」


 オモイカネはスサノオが軟禁されている神殿にて、タヂカラオに説明していた。

 実は先ほど、相撲を取るためにスサノオを外に連れ出していたので、タヂカラオ自身も泥で汚れている。オモイカネは素知らぬ顔をしているが、きっと気づいてはいるのだろう。


「色々とややこしいんだな。長鳴鳥ながなきどりに、さかきの木。勾玉に鏡ね。

 それに岩戸の前で、宴を催す準備ってヤツも必要なんだろう?」

「ええ。やしろの設営はコヤネに、御幣ごへいの作成はフトダマに行わせています。

 宴の際には、もうひと押し、何か決定的なモノが欲しいところですね……」

「……んで、問題があるんだよな? ……ヒメサマに関しての」


 タヂカラオの言葉に、オモイカネも神妙な顔になった。


「ええ……タヂカラオ。貴方が言った通りですね。

 八百万やおよろずの神々の記憶の中に、確かに出雲いずもの国の地下……すなわち黄泉の国へ。

 『鏡を持った雷神が入っていく』のを見たという情報がありました」

「となるとやっぱり、アマテラス様の『魂』は、黄泉に行かなきゃ取り戻せないって事か……」


 オモイカネは頷き、そして噛んで含めるようにタヂカラオに言った。


「いいですか、タヂカラオ。貴方にはスサノオ様の監視の任務を与えます。

 いいですね? スサノオ様から、絶対に目を離さないでください」

「……おう、分かった。『目を離さなきゃ』いいんだな?」

「そうです。目を離さないでください、絶対に」


 二人はしつこいくらいに念を押し合い、お互いに笑みを浮かべていた。

 やがて要件の済んだオモイカネは神殿を去った。

 タヂカラオは早速、神殿の中にいるスサノオに呼びかける。


「……よっしゃ。行こうぜスサノオ!」

「って、いいのかよ? オレから目を離すなって話じゃなかったのか?」

「俺はお前から目を離す事はないぜ。でもオモイカネは『お前をここから出すな』なんて言ってなかったろう?

 連れ出した後も、お前と一緒に旅すれば、監視の任務は全うできるって寸法さ」

「……屁理屈もいいとこだな。タヂカラオ、後で大目玉食らうんじゃねーか?」

「はっはっは! 上等上等! ヒメサマを救うためなら、後で罰でも何でも食らってやらぁ!」


 屈託のない笑みで胸を張るタヂカラオ。

 見ているだけで、スサノオは先ほどまで沈んでいた気持ちが和らぐ気がした。


「……でもさ、タヂカラオ。

 高天原タカマガハラを出ていくのはいいんだが、これからどこに向かうんだ?」

「そりゃ決まってるだろう? 黄泉の国は、出雲の国の地下にあるんだから。

 そこを目指すっきゃねえだろう」


 タヂカラオの返答は単純明快ではあったが。

 いざこっそり出発するとなると、本当にそれでいいのだろうか……という疑念がスサノオの脳裏に浮かんだ。


**********


 スサノオとタヂカラオが高天原タカマガハラを後にしようとした、その時だった。

 背後から唐突に声をかけられた。


「……あー! いたいた! やっぱり二人、こんな所にいたんだ。

 危なかったぁ。あとちょっとで見失うところだったじゃない!」


 快活そうな女性の声に、二人は振り返る。

 そこに立っていたのは、高天原タカマガハラでは見慣れない、色艶やかな衣装を纏った、健康的な肌をした女神であった。

 均整の取れた体型で、アマテラスとはまた違った美しさを持ち、魅力的な顔立ちをしている。


「……なんだ。誰かと思えば、ウズメじゃあねえか」

 タヂカラオが安堵の声を上げた。

「久しぶりだな。韓国からくにに行ってたって聞いたが、いつの間に戻ってきたんだよ?」


 韓国からくにというのは朝鮮半島の事であり、この時代の日本にとって、異国の情報や品々を得るために重要な交易相手だった。

 ウズメと呼ばれた、異国風エキゾチックな出で立ちの女神。

 スサノオも地上や天上で様々な女神を見てきたが、彼女の漂わせる独特の雰囲気は初めての体験だった。


「こっちに着いたのは昨日だよ。しっかし、戻ってきた時は吃驚ビックリしたわぁ。

 3か月前に出て行った時と違って、昼も夜も真っ暗になっちゃってるんだもん!

 ……まあ何があったのかは、オモイカネちゃんから大体聞いたんだけどさ」


 ウズメはスサノオの存在に気づくと、ずんずんと遠慮なく踏み込んで顔を覗き込んできた。

 距離が近い。しかも前屈みの姿勢であるため、彼女のふくよかな胸の谷間がスサノオの視界に入る。


「……きみがスサノオくんかな? あたしはウズメ! よろしくね」

「お、おう。オレが……スサノオ、だけど……」

 思わず赤面し、目のやり場に困ってしまう。


「聞いたわよ? アマテラス様の御殿で、色々と粗相しちゃったって!

 ダメじゃない! もよおした時はちゃんと、トイレで用を足さないと!」

「…………えっ」

「『えっ』じゃないわよ。食べ物粗末にしちゃダメ。いいわね?」

「…………は、はい」


 ウズメが事の詳細を把握しているのか、いまいち疑問に感じるやり取りではあったのだが。

 有無を言わさぬ迫力に気圧されて、スサノオは思わず頷いてしまった。


「うん、よろしい!」

 するとウズメは、にぱっと笑みを浮かべてスサノオの頭をよしよしと撫でる。


「……あー、スサノオ?」タヂカラオがこっそりと耳打ちしてきた。

「ウズメはな。悪い女じゃあないんだが……なんつーか、天然っつーか、世間一般とは感覚にズレがあるっつーか……

 時々……いやしょっちゅう、面食らう言動があるかもしれんが……あんまり気にしない方がいいぞ」

「…………お、おう…………」


 ウズメ。またの名をアメノウズメ。

 後の岩戸開きの宴の際に、神憑り的な舞を披露する事になる女神である。


「ところでウズメ。俺たちに何の用なんだ?」


 タヂカラオが尋ねると、ウズメは動きが止まったが……今思い出したかのように「あっ」という顔をしてから、宣言した。


「オモイカネちゃんから色々と伝言を頼まれてね……

 で、貴方たち二人の旅に同行するって決めたのよ、あたし!」


 スサノオとタヂカラオが面食らい、目が点になったのは言うまでもない。

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