三.タヂカラオ
タヂカラオは早速、スサノオが軟禁されているという御殿へと向かった。
スサノオは憔悴しきった風で、ガックリとうなだれていた。
(……うーむ、予想はついてたが……塞ぎ込んでるなぁ……)
タヂカラオが来訪したというのに、スサノオは興味も示さない。
「おうスサノオ! シケた面してやがるな。
ま、無理もねえけどよ。ここんとこずっと、ひでぇ天気だしな」
「…………何の用だよ、オッサン」
スサノオは少しだけ顔を上げ、淀んだ目でタヂカラオを睨みつけた。
「こらこらオッサンはねーだろう! 俺はこう見えてもまだ……まぁいいわ。
ちょっくら付き合ってくれスサノオ。外に出るんだ」
「何言ってんだよ……オレは、姉上に散々迷惑かけた罪で、ここにいるんだぞ」
「細けぇ事はいいんだよ! 全責任はこのタヂカラオ様が取る!」
強引にスサノオの腕を引っ張り、外に連れ出すタヂカラオ。
スサノオは特に抵抗する様子もなかった。
「……一体何をするんだ? 尋問か?」
「そんなんじゃねーよ。いっちょ俺と、相撲でも取ろうじゃあねーか」
「いきなり何を言って……」
「気ィ落ち込んでる時はな。独りでじっとしててもロクな事にならねえ。
だから頭カラッポにして、ひたすら身体を動かすのさ!
俺はいつだってそーしてるんだ」
「…………」
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「おら、どうしたスサノオ! お前の力はそんなもんじゃなかったろう!」
「くっそ……言わせておけばァ!!」
最初はふて腐れて、相撲をするにしても形だけだったスサノオであったが。
何度かタヂカラオに投げ飛ばされ、その度に煽られると、段々彼の中にも対抗心のようなものが芽生え始めた。もともと負けず嫌いの性格なのだ。
「……おッらあァッ!!」
「!……おう、いいぶつかりじゃあねーか。そうでなくっちゃな!」
がっぷり四つに組み合うスサノオとタヂカラオ。
両者の力は拮抗し、一進一退の攻防を繰り広げる。
「やられっぱなしは……性に合わねえんだよッ!」スサノオは雄叫びを上げる。
「気が合うじゃあねーか……俺もだ!!」
スサノオの気迫と力の込もった攻めに、タヂカラオも思わず力が入る。
次の瞬間、タヂカラオの肉体が宙を舞った。
スサノオの見事な上手投げが決まり、彼は地面に叩きつけられた。
「……なんだよオッサン! 手ェ抜いてんじゃねーぞ!」
「いや違う。今のは完全にお前の勝ちだ、スサノオ。
このタヂカラオ様から一本取るとは。やっぱお前、大した奴だよ」
タヂカラオは仰向けに寝転んだまま、豪快に笑った。
目に映るのは、見渡す限りの、重苦しい色をした暗雲。
「……なあスサノオ。実は俺も、お前と同じ気持ちなのさ。スゲー悔しい。
あの場に駆けつけていながら、ヒメサマの魂かっさらわれちまってよ」
「……だったら何で、笑っていられるんだよ?」
「空が暗くなってから、高天原の神々ときたら……どいつもこいつもシケた面ァ並べちまってなぁ。
でもだからって、俺まで暗い顔になっちまったら。
それこそもう、お先真っ暗だろう?
責任ある大神ってのはな。内心どう思ってようが、ヘコたれちゃならねー時ってのがあるのさ。今がその時なんだ。
『タヂカラオ様は絶望してない。だからまだ大丈夫』。
周りにはそう思わせなきゃなんねえ」
タヂカラオの告白に、スサノオもまた自然と、素直な気持ちを吐露できるようになっていた。
「オレのせいで……姉上があんな事になっちまって。
母上に騙されたオレが、あんな馬鹿な事しなけりゃ今頃は……って、ずっと悔やんでた。
高天原にオレの味方はいない。自業自得って奴だよな……」
「そんな事はねぇよ。俺がいるだろ、スサノオ。
アマテラス様もいる。うちのヒメサマは気を失う寸前まで、お前の事を気にかけてたんだぞ」
「……なんで、オレなんかのために。そこまで言ってくれるんだ?」
「お前の事を見てたからだよ。
アマテラス様の田圃を荒らしてる時も、御殿に糞尿撒き散らしてる時も。
お前は全然乗り気でやってるようには見えなかった。少なくとも、子供の悪戯って感じじゃあなかったからな」
最初は羞恥心から赤面していたものの。
スサノオはようやく、自分の話をまともに聞いてくれる神がいる、という安心感から。
ぽつりぽつりと、とりとめもなく言葉を紡いだ。
立ち上がったタヂカラオは、それに耳を傾ける。
「……誰にも、言えなかったんだ。母上と、約束したから……」
「そうか。お前は母ちゃんとの約束を守り通そうとしたんだな」
「本当は嫌だった。姉上がオレのせいで、悩んでるのを見るのは辛かった……」
「巷じゃあ乱暴者って評判だったが、なかなかどうして。
実に思いやりがあって、家族を大事にする普通の子供じゃあねーか、スサノオ」
スサノオは嗚咽交じりに、思いの丈をタヂカラオにぶち撒けた。
タヂカラオは否定も制止もせず、ひたすらに彼の言葉を頷きながら聞いた。
やがてスサノオの話が途切れる。
その様子を見たタヂカラオもまた、自分の身の上を話し始めた。
「俺も昔は、有り余る力でヤンチャしまくってなぁ。ご近所さんに散々迷惑かけまくったモンよ。
ま、事情のあったお前さんと違って、俺のは完全に若気の至りだったが。
……それで自分が嫌われるだけってんなら、自分で撒いた種だし、仕方ないとも思えた。だが……」
「…………?」
「気づいたんだよ。俺の後先考えない行動のせいで、俺の大事な女が裏で泣いてたって事を。
そいつを教えてくれたのは、タケミカヅチだったんだが」
神はいずれ気づかされる。自分が独りで生きている訳ではない、という事を。
「スサノオ。お前には家族を気遣える優しさがある。だったらまだ、やり直せる。
そのうち好きな女でも出来たら、きっと変われるさ。
『あいつに迷惑がかかるから、好き勝手できねぇな』って。
心から思えるようになる。
それが大神になるって、事なのかもしれねーな」
タヂカラオは、曇天を見上げて言った。
「……スサノオ。この空、明るくしてぇなあ」
「…………ああ」
「お前が言ったように、俺もやられっぱなしは性に合わねえんだ。
俺の大事なヒメサマであり、お前の大事な姉上でもあるアマテラス様を。
助けに行きたいって、思わねえか?」
「…………思う。誰がなんと言おうと。周りがオレの事を認めてくれなくても。
今は姉上を助けたい! オレにそれができるなら!」
スサノオの表情にはすでに、曇りも迷いも見られなかった。
「よっしゃ、よく言ったスサノオ! それでこそ男だ!
……改めて自己紹介しとこう。俺の名はタヂカラオ。これから、宜しくな」
「……オレは、スサノオだ。こちらこそ、宜しく……タヂカラオ」
二柱は堅く握手を交わし、絶望に立ち向かう決意を新たにしたのだった。
本作では分かり易さ優先で「相撲」という単語を使っているが、今回二人がやっているのは厳密には相撲ではない。
当時の相撲は結構足技を使う激しい格闘技で、下手すりゃ死人が出るレベルだったそうな。コワイ!




