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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第二章 ツクヨミとオオゲツヒメ
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三.タヂカラオ

 タヂカラオは早速、スサノオが軟禁されているという御殿へと向かった。

 スサノオは憔悴しきった風で、ガックリとうなだれていた。


(……うーむ、予想はついてたが……塞ぎ込んでるなぁ……)


 タヂカラオが来訪したというのに、スサノオは興味も示さない。


「おうスサノオ! シケた面してやがるな。

 ま、無理もねえけどよ。ここんとこずっと、ひでぇ天気だしな」


「…………何の用だよ、オッサン」

 スサノオは少しだけ顔を上げ、淀んだ目でタヂカラオを睨みつけた。


「こらこらオッサンはねーだろう! 俺はこう見えてもまだ……まぁいいわ。

 ちょっくら付き合ってくれスサノオ。外に出るんだ」

「何言ってんだよ……オレは、姉上に散々迷惑かけた罪で、ここにいるんだぞ」

「細けぇ事はいいんだよ! 全責任はこのタヂカラオ様が取る!」


 強引にスサノオの腕を引っ張り、外に連れ出すタヂカラオ。

 スサノオは特に抵抗する様子もなかった。


「……一体何をするんだ? 尋問か?」

「そんなんじゃねーよ。いっちょ俺と、相撲でも取ろうじゃあねーか」

「いきなり何を言って……」

「気ィ落ち込んでる時はな。独りでじっとしててもロクな事にならねえ。

 だから頭カラッポにして、ひたすら身体を動かすのさ!

 俺はいつだってそーしてるんだ」

「…………」


**********


「おら、どうしたスサノオ! お前の力はそんなもんじゃなかったろう!」

「くっそ……言わせておけばァ!!」


 最初はふて腐れて、相撲をするにしても形だけだったスサノオであったが。

 何度かタヂカラオに投げ飛ばされ、その度に煽られると、段々彼の中にも対抗心のようなものが芽生え始めた。もともと負けず嫌いの性格なのだ。


「……おッらあァッ!!」

「!……おう、いいぶつかりじゃあねーか。そうでなくっちゃな!」


 がっぷり四つに組み合うスサノオとタヂカラオ。

 両者の力は拮抗し、一進一退の攻防を繰り広げる。


「やられっぱなしは……性に合わねえんだよッ!」スサノオは雄叫びを上げる。

「気が合うじゃあねーか……俺もだ!!」


 スサノオの気迫と力の込もった攻めに、タヂカラオも思わず力が入る。

 次の瞬間、タヂカラオの肉体が宙を舞った。

 スサノオの見事な上手投げが決まり、彼は地面に叩きつけられた。


「……なんだよオッサン! 手ェ抜いてんじゃねーぞ!」

「いや違う。今のは完全にお前の勝ちだ、スサノオ。

 このタヂカラオ様から一本取るとは。やっぱお前、大した奴だよ」


 タヂカラオは仰向けに寝転んだまま、豪快に笑った。

 目に映るのは、見渡す限りの、重苦しい色をした暗雲。


「……なあスサノオ。実は俺も、お前と同じ気持ちなのさ。スゲー悔しい。

 あの場に駆けつけていながら、ヒメサマの魂かっさらわれちまってよ」

「……だったら何で、笑っていられるんだよ?」

「空が暗くなってから、高天原タカマガハラの神々ときたら……どいつもこいつもシケた面ァ並べちまってなぁ。

 でもだからって、俺まで暗い顔になっちまったら。

 それこそもう、お先真っ暗だろう?

 責任ある大神おとなってのはな。内心どう思ってようが、ヘコたれちゃならねー時ってのがあるのさ。今がその時なんだ。

 『タヂカラオ様は絶望してない。だからまだ大丈夫』。

 周りにはそう思わせなきゃなんねえ」


 タヂカラオの告白に、スサノオもまた自然と、素直な気持ちを吐露できるようになっていた。


「オレのせいで……姉上があんな事になっちまって。

 母上に騙されたオレが、あんな馬鹿な事しなけりゃ今頃は……って、ずっと悔やんでた。

 高天原タカマガハラにオレの味方はいない。自業自得って奴だよな……」

「そんな事はねぇよ。俺がいるだろ、スサノオ。

 アマテラス様もいる。うちのヒメサマは気を失う寸前まで、お前の事を気にかけてたんだぞ」

「……なんで、オレなんかのために。そこまで言ってくれるんだ?」

「お前の事を見てたからだよ。

 アマテラス様の田圃たんぼを荒らしてる時も、御殿に糞尿撒き散らしてる時も。

 お前は全然乗り気でやってるようには見えなかった。少なくとも、子供の悪戯って感じじゃあなかったからな」


 最初は羞恥心から赤面していたものの。

 スサノオはようやく、自分の話をまともに聞いてくれるひとがいる、という安心感から。

 ぽつりぽつりと、とりとめもなく言葉を紡いだ。

 立ち上がったタヂカラオは、それに耳を傾ける。


「……誰にも、言えなかったんだ。母上と、約束したから……」

「そうか。お前は母ちゃんとの約束を守り通そうとしたんだな」

「本当は嫌だった。姉上がオレのせいで、悩んでるのを見るのは辛かった……」

「巷じゃあ乱暴者って評判だったが、なかなかどうして。

 実に思いやりがあって、家族を大事にする普通の子供じゃあねーか、スサノオ」


 スサノオは嗚咽交じりに、思いの丈をタヂカラオにぶち撒けた。

 タヂカラオは否定も制止もせず、ひたすらに彼の言葉を頷きながら聞いた。


 やがてスサノオの話が途切れる。

 その様子を見たタヂカラオもまた、自分の身の上を話し始めた。


「俺も昔は、有り余る力でヤンチャしまくってなぁ。ご近所さんに散々迷惑かけまくったモンよ。

 ま、事情のあったお前さんと違って、俺のは完全に若気の至りだったが。

 ……それで自分が嫌われるだけってんなら、自分で撒いた種だし、仕方ないとも思えた。だが……」

「…………?」

「気づいたんだよ。俺の後先考えない行動のせいで、俺の大事なひとが裏で泣いてたって事を。

 そいつを教えてくれたのは、タケミカヅチだったんだが」


 ひとはいずれ気づかされる。自分が独りで生きている訳ではない、という事を。


「スサノオ。お前には家族を気遣える優しさがある。だったらまだ、やり直せる。

 そのうち好きな女でも出来たら、きっと変われるさ。

 『あいつに迷惑がかかるから、好き勝手できねぇな』って。

 心から思えるようになる。

 それが大神おとなになるって、事なのかもしれねーな」


 タヂカラオは、曇天を見上げて言った。


「……スサノオ。この空、明るくしてぇなあ」

「…………ああ」

「お前が言ったように、俺もやられっぱなしは性に合わねえんだ。

 俺の大事なヒメサマであり、お前の大事な姉上でもあるアマテラス様を。

 助けに行きたいって、思わねえか?」

「…………思う。誰がなんと言おうと。周りがオレの事を認めてくれなくても。

 今は姉上を助けたい! オレにそれができるなら!」


 スサノオの表情にはすでに、曇りも迷いも見られなかった。


「よっしゃ、よく言ったスサノオ! それでこそ男だ!

 ……改めて自己紹介しとこう。俺の名はタヂカラオ。これから、宜しくな」

「……オレは、スサノオだ。こちらこそ、宜しく……タヂカラオ」


 二柱は堅く握手を交わし、絶望に立ち向かう決意を新たにしたのだった。

本作では分かり易さ優先で「相撲」という単語を使っているが、今回二人がやっているのは厳密には相撲ではない。

当時の相撲は結構足技を使う激しい格闘技で、下手すりゃ死人が出るレベルだったそうな。コワイ!

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