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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第二章 ツクヨミとオオゲツヒメ
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二.オモイカネ

 アマテラスの「岩戸隠れ」が起きた翌日のこと。

 高天原タカマガハラにあるオモイカネの神殿に、騒々しい訪問者がいた。


「オイこらオモイカネ! 上がらせてもらうぜ!

 説明してもらわなきゃならん事がある!」


 野太い声の主は、怪力の神タヂカラオのものだった。

 随分と不機嫌な様子で、上がり込むや否や、オモイカネを見つけたら掴みかからんばかりの形相であった。


「……そろそろ怒鳴り込んで来る頃だと、思っていましたよ」


 神殿の奥の書斎に、優雅に佇む理知的な、切れ長の目を持つ線の細い神がいた。

 彼の名はオモイカネ。

 その名の通り人間の知識を司る神であり、高天原タカマガハラの『智』の象徴。

 彼は本来、アマテラスを補佐する相談役ブレーンである。


「ですがそんなに大声を出さなくても、聞こえます。タヂカラオ」

「分かってるよそんな事ァ! お前さんはいつだって、俺の考えてる事なんざお見通しなんだろうが、こっちはそうはいかねえ。

 お前の口から直に、納得のいく説明をしてもらいたいもんだ。

 今朝のお前の、皆への説明。ありゃ一体どういう事だ!?」

「我が父にして別天神コトアマツカミたる、タカミムスビ様の許可は取っていますよ」


 オモイカネの的外れな返答に、タヂカラオは苛立ちの声を上げた。


「そういう事を聞いてるんじゃねえよ!

 お前の説明、俺の報告した話と全然食い違ってたじゃねーか!

 『スサノオの乱暴狼藉に心を痛め、アマテラス様は岩屋にお隠れになった』……って。

 なんでまたそんな大嘘つかなきゃなんねーんだよ?

 なんでスサノオを拘束した?

 あの時スサノオの奴がアマテラス様と雷神たちの間に割って入らなけりゃ、今頃ヒメサマの魂魄こんぱくは黄泉路送りだったんだぞ!」


「それは分かっています。

 アマテラス様の抵抗。タヂカラオの救援。スサノオ様の乱入。

 そのいずれが欠けても、アマテラス様のお命は無かった事でしょう。

 ですが……これも高天原タカマガハラの為です」

「オモイカネ。俺はお前と違って頭の回転はよくねえんだ。俺にも分かるように話してくれよ!」


「まずスサノオ様ですが、黄泉の勢力の入れ知恵とはいえ、御殿をけがす等の狼藉を働いたのは事実です。

 これを咎めねば、高天原タカマガハラ中の神々が黙っていないでしょう。

 残念ですが、天津神アマツカミの間でのスサノオの心証はきわめて悪い。迂闊に寛大な処置をする訳にはいかない」

「ぐぬぬ……」


 タヂカラオは言葉に詰まった。

 スサノオにどういう意図があったにせよ、彼の数々の悪行はアマテラスへの嫌がらせでしかなく、今回の事件の引き金になったといっても過言ではなかった。


「それに……アマテラス様の魂が『鏡』に変えられ、黄泉の神々に奪われたなどと正直に話してしまえば、高天原タカマガハラの威信は大きく傷つきます。

 そうなった場合、警護の任を担うタケミカヅチの責を問わねばなりません」


 タヂカラオが高天原タカマガハラの『力』の象徴なら、タケミカヅチは『武』の象徴たる雷神である。


「仮にタケミカヅチを解任したとして、一体誰が代わりに高天原タカマガハラを守るんですか?

 タヂカラオ。貴方が引き受けてくれますか?」

「うっ……それは……無理だ……」


 タヂカラオは力比べ、運動、喧嘩といった単純なモノは得意分野だが、戦争や都の警護ともなると全くの門外漢だ。

 今は高天原タカマガハラですら暗雲に覆われ、穢れに満ちた禍神マガツカミが近辺を跳梁跋扈している。

 アマテラスが健在だった頃には考えられなかった事態だ。

 タケミカヅチほど、高天原タカマガハラの守護を真剣に考えている神はいまい。

 もし彼の任を解けば、今後さらに大規模な事件が高天原タカマガハラを襲うだろう。


「……そういう事です。迂闊に真実を公表すれば、要らぬ混乱を招きかねない」

「なるほどね。さすがはオモイカネだ。

 俺みてーな単純な奴じゃ、及びもつかないほど色々考えた上での判断なんだな。

 すまねえ。手間ァ取らせちまってよ」


 タヂカラオは頭を掻きながら謝罪した。

 非を素直に認めるのも、この怪力神の美点なのだ。


「いいえ。謝る事などありませんよ。

 むしろこちらは貴方に感謝しているくらいです」

「そりゃどういう事だ?」

「……私はね、タヂカラオ。

 知識を司る神として、皆さんの知恵をかき集める事はできますが、その心情までは汲み取れません。

 神も人も、感情の生き物です。

 感情を理解せずして、真にその方の為になる行動は取れない。

 だからタヂカラオ。貴方のように、素直に思ったことを直接ぶつけてくれる方はありがたいんですよ。感情を知り、今後の課題に役立てる事ができますからね。

 何しろ高天原タカマガハラの神のほとんどは、私に論破されるのを恐れて、意見ひとつ言ってきませんから……」


 天才ゆえの孤独、とでも言うべき話なのだろうか。

 寂しげに微笑むオモイカネに、タヂカラオは同情の念を抱いた。


**********


 アマテラスは、あの時から昏睡状態に陥り目覚めず。

 その場にいたオモイカネ、タヂカラオ、コヤネは協力して彼女の身体を運び、天岩屋あまのいわやへと隠した。

 天岩屋。外界から隔絶され、陰陽の気を溜め込んだ避難所シェルターのようなものだ。

 けがれが蔓延している外界に、彼女を放置するのは危険と判断しての対応である。


 機屋はたやに溜まったけがれや、スサノオやアマテラスが受けた傷は、祝詞のりと達神たつじんにして浄化の専門家でもある神コヤネが処置をする。

 意識を失ったアマテラスを、暗闇に乗じてタヂカラオが天岩屋に運び込み、大岩で戸を塞ぐ。


 こうして高天原タカマガハラは表向き、アマテラス襲撃事件を隠匿し、必要以上の混乱を避ける事ができたのである。


 だがイザナミの雷神によって陽の気を大量に奪われたアマテラスは、放置しておけば魂魄こんぱくの均衡が崩れ、やがて死に至ってしまう。

 天岩屋に蓄えられた霊力によってアマテラスの延命を図る事はできる。

 だが三貴子が一柱たる彼女が復活できるほどの陽の気となると、とても足りるものではない。

 アマテラスが目覚めぬ限り、世の闇は晴れず、天上も地上も区別なく、緩やかに滅びを迎える事となるだろう。


「……状況は逼迫ひっぱくしています。このまま座して死を待つ訳にはいかない。

 私はこれから、天安川アメノヤスノカワに向かい、八百万やおよろずの神々の知恵を借りてきます。

 その後は、拘束しているスサノオ様の処分ですが……」


「そいつに関しては、俺に任せてくれねーか?」

 タヂカラオはニヤリと笑って提案した。


「……貴方が?」

「オモイカネ。お前は他人の知恵を集めるのは得意だが、感情ってやつを汲み取るのは苦手なんだろ? だったら俺に任せな!

 今のスサノオに必要なのは、理詰めの正論なんかじゃねえ。

 心情に寄り添ってやれる理解者ってヤツなんだよ」


 自信たっぷりに宣言するタヂカラオの笑顔を見て、オモイカネもふっと笑みを返し「それも道理ですね」と賛意を示すのだった。

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