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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第二章 ツクヨミとオオゲツヒメ
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一.長鳴鳥(ながなきどり)

 昼夜問わず闇が覆うようになった、葦原アシハラノ中国ナカツクニ

 暗くなった大地は灰色に染まり、淀んだ雲は鉛のような色をしている。

 木々も、獣も、国に住む人々も、生きるための色を失ってしまった。


 太陽が黒雲に覆われ、姿を現さなくなってから。

 高天原タカマガハラの尊き三貴子が一柱、アマテラスが天岩戸あまのいわとに隠れてしまった時から。

 地上も、天上も、全てが死に向かいつつあった。黄泉の国に飲まれつつあった。


 これこそが、黄泉大神ヨモツオオカミたるイザナミの望んだ世界。


**********


 暗雲の影の中、ひた走る鳥の姿があった。幾羽もの鳥の群れ。

 彼らは長鳴鳥ながなきどりという。

 後の世においてニワトリと呼ばれる事になる、朝を告げる鳥たちだ。


 しかし今や、彼らの中で元気に鳴く者は一羽としていない。

 彼らは知っている。朝が来ないことを。

 自分たちの役目が今、この地上には無いことを。


 長鳴鳥ながなきどりたちは走るのをやめた。

 だが生きるのを諦めた訳ではなかった。

 彼らは知っていた。今、自分たちが居るべき場所のことを。

 いと尊き「国産みの神」が、彼らを教え導いた。彼らは待つ。待ち続ける。


 やがて夜が来た。昼と区別のつかぬ夜が。

 それでも長鳴鳥ながなきどりたちは、歓喜の声なき声を上げた。

 彼らの救い主の姿が見えたからだ。


 月の神ツクヨミ──尊き三貴子が一柱にして、夜之食国ヨルノオスクニの主。

 ツクヨミのかんばせは、憂いの色を帯びながらもなお美しかったが、望月の明るさには程遠く、朧月が如き昏い影を落としている。


 ツクヨミは長鳴鳥ながなきどりの一羽に触れた。


「…………辛かったね」


 ツクヨミの言葉に、長鳴鳥は一礼するように頭を下げる。


「おいで、常世とこよの国に。そこでしばらく安らうといい」


 常世とこよの国。海の果てにあると言われる、不老不死の異郷として伝わる地の名だ。

 ツクヨミは鳥たちに一羽一羽触れていき、そのことごとくに労いや慰め、時には涙を流して迎えた。

 そのやり取りは、一夜の夢のごとく。一瞬にも、永遠にも感じられる時の中で行われ続けた。


(……やはり父上の言っていた通りの悪夢が、うつつのものとなってしまった)


 ツクヨミは長鳴鳥ながなきどりたちを通じて、闇に覆われた葦原アシハラノ中国ナカツクニの惨状を思い知った。

 穢れし暗雲は、ツクヨミの治める夜之食国ヨルノオスクニにも影響を及ぼしつつあった。

 星々は雲に隠れ、闇に棲む者たちも、風の音も、情なきを悲しみ、歌うのをやめてしまった。

 彼らは存在する。ツクヨミが慈しむべき者たちは、今なお国で安らいでいる。

 だが彼らの姿は見えず、声も聞こえない。今のツクヨミは孤独だった。初めて夜之食国ヨルノオスクニを訪れた時のように。


(……こんな感覚……久しぶりだな……)


 父イザナギはツクヨミの国に訪れ、去りし折に「自分も出来る限りの事はする」と、ツクヨミに約束した。

 この長鳴鳥ながなきどりたちを、ツクヨミの下へと参集させる事もその一つなのだろう。


 だがその全てが、無事辿り着けた訳ではない。それはツクヨミにも判っていた。

 彼らの仲間の内の大半は、地上に蔓延はびこけがれに飲まれ、命を落としていた。


 けがれとは、何も汚れる事だけを意味するのではない。

 穢れは「気枯れ」とも書く。仕事続きで疲労したり、人間関係で極端に精神を消耗してしまう事もまた、穢れに繋がるのだ。

 だから枯れた気を取り戻すために、宴や祭を催す事もまた、穢れを祓う立派なみそぎとなる。


(スサノオは……来るだろうか? この夜之食国ヨルノオスクニに……)


 ツクヨミに導かれ、常世の国へと辿り着いた長鳴鳥ながなきどりたちは、眠りにつく。

 安らうために。力を取り戻すために。葦原アシハラノ中国ナカツクニに陽が差し、自分たちの役目が再び来ることを祈りながら。


 常世の長鳴鳥ながなきどり。それは来るべき禊──アマテラス復活のための宴──を迎えるために、イザナギが講じ、ツクヨミに託した手段であった。

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