夢想、その四
貴方と出会えば、俺はちゃんと貴方を分かるのだと思っていた。
どんな時でも、自分自身が画策した通りの魔王でいられる。
…それを疑ったことなど無かった。
けれど、現実は全く違っていた。
貴方を貴方だと気付くことはなく。
身も蓋もなく分かりにくい状況に陥っただけで、あっという間に状況に流された。
父なる神と母なる女神の間には、始めから恋心なんてなかったんだろう。
俺と女王であった彼女の間にあったのも、恋なんかじゃなかったんだろう。
けれど、そこには愛があった。
幸福が、命を潤す快楽があった。
それは、俺の中のミイラになった赤子が求めていたもの。
俺も貴方も、ある意味において最初から結末を知っている。
それは、父なる神の有様であり、母なる女神の有様そのものだからだ。
わざわざ結末に逆わなくても、よかったんだろう。
与えられた時間の中で、好きなことして過ごすのも楽しかったはずだ。
多分、アイツがそうだったんだ。
星が滅びた最後の最後…その時の絶望以外、概ね楽しい人生だったんだろう?
けれども俺は、やはり貴方との永遠の縁が欲しい。
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只人として生まれ変わった最初から、俺は貴方を貴方だと気付かなかった。
それどころか、毛嫌いしていたことすらある。
女神のような彼女に恋をして、魂の片隅に絶望を抱いた兄に憧れた。
…なのに、いつだって、どん底の俺を救ったのは、貴方だ。
気が付けば、いつだって貴方は俺の一番近くに居た。
特に俺が一人ぼっちの時、貴方はそっと寄り添ってくれた。
真実はいつも側にあって、なのに見つけることが出来ないんだ。
母様のあの有様は、何だったんだろう?
それは多分、寿命の尽きた死臭のする、それでも愛だったんだろう。
父のあの有様は、何だったのでしょう?
それは多分、残酷で身勝手な、それでも裏切りたくなかったのでしょう。
何で、こんなことになったのか?
きっと、心は優しいから選べないのに、時の流れは残酷だからだ。
皆にとってハッピーエンドな選択なんて、毎度毎回あるわけではない。
ならば、せめて、より確実な結果を得て、慰めにしたいのは仕方ない。
後悔に対する覚悟は、きっと誰だってしているんだ。
…けれど、釣った魚に餌が与えられなくなる覚悟なんて、なかなか出来るもんじゃない。
釣った魚に餌を与えたくなくなる気持ちってのも、分からなくはない。
それは、奇妙な平等感なんだろう。
選ぶということは、大概はたった一つしか選べない。
そのたった一つを与えたのだから、もういいだろう?
…っていう、一方的なやり切った感。
そして、選ばなかった選択肢に思いを馳せる。
要するに、本当は選びたくなんてなかったんだ。
だって、選ぶことは裏切りだから…
そんなに心残りなら、今からやり直せば?
いやいや、それでは選択自体を裏切ることになる。
こうして出来上がるのは、気持ちのループ。
全てが可能性として目の前にあった若かりし頃が、懐かしくて懐かしくて堪らない。
…こうして真実は、零れ落ちる。
俺は恐らく、それを拾ってしまった。
だから、俺の中の赤子が感情が、どれほど泣き喚こうと聞いてやれない。
お前の泣き声に耳を傾けていては、俺まで取り零してしまうだろう?
だから、ごめん。
お前をアイツに預けることも、他の誰かに託すことも出来ないんだ。
だから、俺達の魂の奥底にある溶鉱炉の中に、消えてくれ。
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俺の別人格…アイツに、こんなことを言われたことがある。
『“あれ”に、その子を取られてしまってもいいのか?』
俺達の後ろに居る、けれど気配だけの“あれ”
“あれ”の正体について、今までの俺には考える余裕がなかった。
俺がもし、父なる神と母なる女神の子として生れていたならば…
そんな“もし”の自分が、魂の本質の一旦を担っている。
人形として生まれた者達は、そいつに知らず知らず引っ張られる。
…何故だか、そんな夢想が“あれ”に当てはまるような気がした。
“もし”のソイツは、神々の末子。希望の申し子。
世界は徐々に虚無に埋もれてゆくのに…
虚無を切り裂けるソイツだけは、いつだってハッピーで絶好調。
バッドエンドに疲れた王子様達は、ハッピーエンドが約束された希望の申し子に夢中になる。
群がる王子様達の争いは、やがて周りを巻き込んでいった。
希望の申し子は、八方美人のツケをその命で払うことになる。
反省したソイツは、恋愛に関しては八方美人を慎むようになる。
けれど、八方美人はソイツの性。
最も厄介な恋愛は慎んだものの、逆にそれ以外の愛情は無節操になった。
それで世界は、上手くまわり始める。
父なる神と母なる女神の仲も、家族愛の再確認で円満になり…
神々も人々も、それこそが至上の愛と心から信じられた。
その世界に、足りないものなんて無いように見えた。
実は、足りないものだらけだった。
知らぬ間に蓄積した歪は、世界の崩壊を引き起こす。
抗う力の失われた世界では、成す術がなかった。
そして、世界の終わりの日。
王子様の生まれ変わりである姫は、とうとう希望の申し子との恋が叶わなかった事に気付くのでした。
ーーなんだ、まるで“アイツ”じゃないか。
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ソイツにも、その進化形であるアイツにも、俺を脅かす程の力はない。
俺を脅かすのは、その性たる八方美人だ。
徹底した八方美人は、自身の腹も他人の腹も満たす。
…精神的な空腹感の話だ。
但し、栄養価は低い。
満腹感はあっても、栄養があるわけではないんだ。
空腹感が無くなる分、危機感が薄れて…
もう、ここまで言えば、なんとなく分かるだろう?
それでも、空腹感を満たすことは、それだけで幸せなことだ。
満腹感とは、最もシンプルな幸福なのだ。
…だからこそ、否定するのは難しい。
ただ反発するならば簡単だ。
理屈を捏ねれば、いくらだって悪口を言える。
けれどそれでは、シンプルな事実を覆す説得力はない。
そう、俺は覆したいんだ。
性、そのものを
魂、そのものを
時系列がどうであれ、俺の始まりは、貴方に出会ったあの時。
それ以外の業など、地獄の炎で焼き尽くせばいい。
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誰が言ったとも分からない格言として、こんな言葉がある。
『人は母の胎内で感じた安らぎを一生、追い求める。』
『初恋は実らない。』
俺達と父母達の決定的な違いは一体、何なのだろうか。
それは人として、初めて誰と出会ったかだ。
俺達は、人形として映し身として生まれた。
人として初めて出会ったのは、互いなんだ。
けれど、最初から人というか…神として生まれた父母達は、そのあたりがループしたのだろう。
つまり初めての出会いは、自らを生んだ母であり創造主であり、神であるが故にそれは自身と伴侶になる。
誰に出会って恋をしようが、ループという必然から逃れようがなかった。
こうなると人形として生まれたことに、感謝の念すら湧いてくる。
俺達の縁の始まりは、兄弟だった。
その縁を引きずって恋人になっても、孤独と孤独が零距離で触れ合うことはない。
兄弟で始まった縁を永遠にするなら、神と魔王がやはり正しい。
実を結ぶことのない関係。それに、どんな意味があるのか?
多分、実を結ばないからこそ、意味があるんだ。
これは、ふれあい…会話なのだから。
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果てしなく真っ白な空間。
…不幸の種を根こそぎ刈り取った跡。
始めは、育ってしまった弦や枝を引き抜いていた。
やがて、芽のうちに摘み取れるようになった。
手法を変えたりと、試行錯誤が続いた。
とうとう種ごと刈り取った。
けれど、後になって気付く。
不幸の種には、幸福の実も混じっていた。
そして不幸は、種が無くとも残った弦や枝からも育ってしまう。
けれど、それが何なのか、もう分からない。
幸福が無いのに、何が不幸なのかなんて、分からない。
弱弱しくも強かな、不幸の弦が蔓延っていく。
それでも私は、この真っ白になった空間を守る。
漸く辿り着いた果てだから…
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虚無…それは、期待に対する搾取だ。
期待だけさせておいて、答えを返さず保留にする。
振られたくないから、あえて答えをださない。
恐怖に対する無視ともいえる。
それでも神は平等だから、選ぶことなんか出来ない。
最後の拠り所を放棄なんて出来ない。
だから、俺が選び、そして裏切る。
恐らく俺の裏切りは、もう一つの裏切りをも虚無から掘り起こすだろう。
誰が誰を裏切るかって?
神が親が、人を子供を裏切るんだ。
そして、恋が愛を裏切り、形を歴史を得なかった思いが過去を裏切るんだ。
俺が今までやってきたことも、一言でいえば“裏切り者”になることだ。
そうやって虚無を食らって生きてきた。
虚無を食らうことこそが、俺の生きる糧だったんだ。
けれど俺は結局、貴方に負けるんだろうな。
光と闇がどうとか、そういうんじゃなくて、貴方の涙に…
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私は裏切ることなんて出来ない。
けれど、たった一つが欲しい。
誰と分け合うことのない、たった一つが欲しい。
父なる神は、私を裏切らない。
始めから絶望しているから…
あなたは、何度も何度も私を裏切る。
私はつい、あなたに期待してしまうから…
今度こそ、あなたは私を裏切らない。
そうして、あなたは世界を裏切るのでしょう。
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『…なぁ、君はもう、答えを分かっているんだろう。』
そうだな。アイツの言う通りだ。
『懐かしい陽だまりに帰るよ。』
それは、どこだい?
俺は、お前が懐かしいよ。
…ああ、そうか。そういう事か。
でも、お前は消えないでくれ。
俺はお前が居てくれたほうが、強くなれそうな気がするんだ。
創造主は破壊神にも成り得る。
故に魔王なんて呼ばれることもある。
けれど、あいつは…父なる神は裏切り者には成れない。
裏切りを最も恐れているのは、あいつ自身なんだ。
初めて出会った世界で、俺は間違えた。
俺が裏切るのは、あいつじゃない。
貴方以外の全てだ。
それが、俺がこの世界に触れることの出来る、唯一の方法だから…