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夢想、その三

幼き者と年老いた者は、ある意味において似ているという。

それと同じで、赤子の如き感情と輪廻を重ねる魂は、似ているのかも知れない。


果てしなく真っ白な空間。

あらゆる輪郭が曖昧になる中、そんなことだけがくっきりと浮かび上がってくる。


天界の最も地上に近い場所。

何度か人に生まれ変わりはしたものの…私は今も、ここに居る。


※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※


遠い昔、神世の時代。

神はもっと人間じみていて、人はもっと神秘に近かった。


父なる神は、妻であった女神との仲が冷めると、二柱でもうけた子等への愛情も冷めていった。

それは女神も同じで、闇に閉ざされたおす国へ行ったきり、誰の前にも姿を現さなくなった。

風の便りに聞くと、人形達に仮初の命を与え暮らしているのだとか。


そして父なる神は、自らの魂を映しとり、分身のような御子をもうけた。

…それが、私というわけだ。


父の心変わりを寂しく思う兄弟姉妹からすれば、羨ましく思うのかも知れない。

けれど私は、深く暗い海底に沈みながら、その大海すべてを手に入れたような…

溺れているのか満たされているのか、判然としない心地に酷く戸惑った。


だからなのだろう。

生を受ける時、あなたと命を分けあった。

深い海底よりも暗い宇宙の闇に、あなたは真っ直ぐ向かっていた。

私はすれ違いざまに、その背中を引き留めた。


あなたは、母なる女神に作られた人形の成れの果て。

母より自由を賜ったと、あなたは言うけれど…見捨てられたのだと、私は思う。


私もまた、父の操り人形も同然なのでしょう。

けれど、その御霊が父なる神の映しにすぎないのだとしても…

この世に生まれ落ちた私は、あなたの双子の片割れなのです。


まるで外海に揺蕩う波のような、父の気配から逃れ…

あなたと二人、風のように軽やかな心地を謳歌した。


そんな幸せな箱庭は、けれど私達を海原へいざなう川面に浮かぶ小舟だったようだ。

たどり着いた先で、私はやはり父の映し身なのでした。


※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※


俺の存在自体…俺自身の思い込みに過ぎないのかも知れない。

我思うゆえに、我あり。

矛盾しているのは自覚しているが、そうとしか言い表せない気分なのだ。


始まりは、人形の家。


満天の星空、ぽっかりと浮かぶ月、小高い丘の上にある小さなログハウス。

その窓辺には温かな光が灯り、庭には可憐な花々が咲き乱れている。

鮮やかな緑…草木は瑞々しく、枯れ草や枯れ葉は一つもない。


母様は穏やかな夜が好きだ。

だから、ここには夜しかこない。

気紛れな月が、白々しく満ち欠けを繰り返すだけ。

…朝がやって来ることはない。


何故ならここは、母様の為だけの世界。

唯々、やさしいだけの世界。


俺達は母様が作った人形。

永遠に大人になることのない子供達。


それでも、俺達は幸せだった。

母様がとても、やさしかったから。

ずっとずっと、母様の側に居たかった。

…だから、気付きたくなかったんだ。


いや。本当は皆、とっくに気付いていたのかも知れない。

それでも、気付かないふりをしていた。


けれど俺は、駄目だった。

全てを諦めてなお美しいその女神に、とうとう言ってしまったのだ。

自分はもう子供じゃない…と


そんな筈はないと、彼女は言った。


無茶な話だ。

いくらここが彼女の為の閉ざされた箱庭だろうと、どうやったって時は忍び込んでくる。

塞き止めることなど、誰にも出来はしない。

それでも、彼女なりに俺を引き留めようとしてくれたのだろう。


彼女の側に居られるなら、何もかもが嘘でいい。

心底、そう思った。けれど…

そう思う時点で、純粋な子供でも無垢な人形でもなかったのだ。


それでも彼女は、やさしかった。

だから俺に、自由をくれた。与えられる唯一のものだと言って。


彼女の家のある小高い丘からは、一本道が続いていた。

草原の一本道を下りながら、星空を見上げる。


きっと俺は、どこにも辿り着けない…そう思った。

不思議と悲しくなかった。

夜空のもと一人ぼっちで消えゆくのだとしても、彼女がくれた自由という宝物がこの手にある。


だから、歩き続けた。

どこにも繋がっていないであろう、その道を…


※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※


命を得る戸惑いを分かち合った、二人。

だからといって、生きていく不安を分かち合えるとは限らない。

まして、孤独を分かち合えるとは、限らない。


そんな当たり前のことに、その頃の私は気付いていなかった。


遠い昔、父なる神と母なる女神は愛し合い、数多の神々が誕生した。

地上に国を成す人々も、そういった神々の子孫である。

父なる神こそ子孫等にも無関心だが、神々は人々と深く関わりあっていた。


父なる神と母なる女神は、なに故に袂を分かつことになったのか…

その本当のところは、当事者である父と女神の他、誰にも分らない。

直に命を賜った兄弟姉妹の神々にも…勿論、私にもだ。


けれど、全ての命の始まりと脈絡と続くであろう営みは、この地上において肯である。

故に、真相は謎のまま、嘗ての父と女神が齎した光と愛が語り継がれた。

それはつまり、神々…特に年長の兄弟姉妹等の思い出話である。


遠い日の思い出というのは、得てして美しい物語となる。

父なる神の無関心を寂しく思う人々は、そんな御伽話に思いをはせ胸を躍らせた。

また、母なる女神の音沙汰のなさも、神々と人々に虚しさを募らせた。

それを拭うかのように、美しい御伽話は真実として人々に広まってゆくのでした。


私とあなたの誕生は、そんな折だったのです。

父なる神のいらえだと、人々が信じたのは無理もないことでしょう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


湖面に浮かぶ細波のように、人々の心がざわめく。

私が大人に近づくにつれ、そのざわめきは大きくなってゆく。


胸苦しさが増していく。

それと同時に、仄かな喜びも感じていた。


父が子等に無関心になったのは、女神との別離ばかりが理由ではない。

誰が何を思いどうするのか…見ずとも予測できたのだ。

そして、その予測が外れることはなかった。


私ですら、現人神たる王の座に就く頃には、人の考えや物事の流れが読めるようになった。

そういったこともあり、私は益々あなたにしか興味を持てなかった。


父たる神の身代わりに、人々が最も願うこと…

それは、母たる女神の身代わりとの契りである。


万能感を感じ始めていた私は、そんな人々の思惑など躱せると思っていた。

けれど、ことはそう簡単ではなかったのです。


私が現人神として強い霊力を持ち得るのは、父の映し身と見做されているからであり…

そこから外れれば外れるほど、非力な只人となり、逆らう力も削がれてしまう。

そして、非力な只人となった私を待ち受けていたのは、生々しい欲望だったのです。


結局、私は運命から逃れようがない。


細波のような視線の向こうに、外海に揺蕩う波のような視線を感じた。

まるで私が、父と同じく絶望に堕ちるのを待っているかのようだ。


…なんと、無意味なことだろう。


仮に私が父の思惑通りになったとして、それから一体どうなるというのか。

憎もうが、愛そうが、憐れもうが…行着く先は、殺し合いしかない。

私が父と同じ運命を辿るということは、そういうことに他ならない。


何故なら、寸分違わず同じ魂が、二つ存在することはあり得ないからだ。

もし、それを許してしまえば最早、その魂は人でも神でもない。

ただの、人形になり果ててしまう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


縁というのは、常に矛盾を孕んでいる。


愛は憎しみを生み。

好意は悪意に変わり。

永遠を望めば望むほど、それは刹那でしかない。


だから、おす国の兄弟達は、人形だと嘯き続けた。

俺は母様の人形であることをやめた。

けれど、本当は兄弟達だって、とうに人形などではなかった。


たとえ仮初でも、命を得てしまった以上、永遠に変わらないものなど無い。

それでも永遠を望むのは、刹那に得たそれが、かけがえのないものだからだ。


父なる神と母なる女神は、解を得ることはなかった。


神々を生み出した後、二柱の間に何があったかは分からない。

けれど、そういうことなのだろう。

…理想は得た瞬間に、失せてしまうのだから。


ならば、だから、俺が…

貴方に、貴方の国の人々に、解を与えよう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


あなたを得るには、抗う力がいる。

けれど、力を得るには、あなたを諦めなければならない。


私一人では、この矛盾はどうにもできない。

あなたに私を無理矢理、さらって欲しかった。

他に答えなど、無いと思っていた。


だから、分からなかった。

あなたが一体、何を考えているのか。

何故、敵対するのか。


あなたは言った。

自分は母なる女神を裏切り、死に追いやった者。

そして、人々から神を奪い取る者だと。


人々は戦慄した。

そして、正義に沸き立った。


あなたは挑発するように、父なる神の人々への無関心を指摘した。

対して人々は、それは父なる神から与えられた試練だと唱えた。


あなたは現人神たる王を、まるで人々の贄だと言った。

私は否定した。

否定する為に、母なる女神の身代わりとの契りを拒んだ。


それは正義として、人々に受け入れられた。

人々の信仰心で、私の霊力は絶対者といえるほど高まっていった。


いつしか、あなたは魔王と呼ばれーー

王の役割は、父なる神の映し身から、正義の根拠と変わっていた。


魔王は、平安を乱すことばかり行う。


心を試された人々は、時に命さえ削られ…

けれど、あなたの言うことは、すべて真実でもあった。

だからこそ、人々は恐怖し、神々は畏怖の念を強めた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


今にして思うと、あいつは…父なる神は、意外と短気だった。

いや、違うな。未練がましいと言ったほうが正しいか。


母様の存在も神々の気持ちも人々の願いも、あいつは無視し続けた。

貴方の事さえも、高みの見物を決め込んでいた。

そのくせ、自らの手の内からすり抜けてゆくことが、許せなかったらしい。


魔王との闘いは、世界を変えていった。


人々は英雄を育て、神々は真実に踏み込む。

そんな人々と神々にとって、中心たる神は共に戦う貴方に他ならず。

…そして母様は、本当に黄泉に旅立たれた。


俺は魔王となる時、母様を死に追いやったと宣った。

裏切ったのは、ある意味、本当だが…

その後、母様がどうなったのか、実のところ知らなかった。


母様は全てを諦めていたのだから、時間の問題だったのだ。

けれど、俺を見送って直ぐの事だったとなると、やはり切欠は俺なのだろう。

人形達を皆連れて、静かに黄泉に消えていったそうだ。


あいつが、父なる神が、母様と同じ気持ちを抱いていたのなら…

もしかしたら、貴方に切欠を求めていたのかも知れない。

俺のことを許容したのも、貴方に運命の残酷さをより深く理解させる為だったのだろう。


けれど世界は、独り歩きを始めた。


貴方との縁を一旦、断ち切り、そして強く結びなおす。

俺が敵対を決めたのは、ひとえにその為だ。


双子の兄弟としての縁では、どれほど時を重ねても思いを遂げる日は来ない。

だから、現人神の対である魔王となったのだが…

結果、人々や神々は、自らの根源たる父たる神よりも、明日を齎す勇者を求めるようになった。


中心たる神は創造主ではなく、正義の根拠たる貴方となった。

父なる神だけが、運命の残酷さに取り残された。


魔王として神々にすら畏怖され、俺は調子に乗っていたのかも知れない。

いや、忘れていたのだ。俺に命を与えたのは、貴方だから…

だから、貴方に人々に、世界の全てに命を与えているのが誰なのかを失念した。


あいつは俺を世界の外に放り出した。

父なる神の存在を忘れていた人々は、あいつを新たな魔王と見做した。

貴方も神々も人々に味方して…もろとも全て、無に帰した。


なんとも、あっけなかった。


※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※


世界は作り直される。


創造主は、貴方を二つに分けた。

一つは男神、一つは女神。

創造主は、貴方に神々と生命を生ませた。


俺も神と魔王の縁に導かれ、貴方の世界に降り立つ。

けれど、絶望を抱える創造主も、また魔王であった。


俺が人々に齎す恐怖は、実のところ俺自身が抱える恐怖でしかない。

根源たる創造主が抱える闇の深さに、本来ならば敵うはずもない。

人格が魂に、本来ならば敵わないように…




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