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夢想、その一

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・ 


 俺はお前の絶望。

 そして、お前は俺の絶望。


 そして俺達の後ろには、もう一人いる。


・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・


クダラナイことで怒り、クダラナイことで悩み、クダラナイことで立ち止まる。

その度に、考えていた。

妙なことに拘らず、落ち着いてリズムを崩さない、そんなおおらかな性格だったら良かったのだろうか?


そんな自分だったら、こんなにも迷惑をかけずに済んだのだろうか?

ジョークと言っていいのか微妙な飲み会トークも、朗らかに楽しく笑い合えたのだろうか?

もっとひとに、好かれたのだろうか?選んで貰えたのだろうか?


答えはYesだ。

俺が大人しく引っ込んで、アイツが自分になればいい。

たった、それだけのことだ。


アイツとは、俺の意識下にいるもう一人の男。

誰の心にだって、多かれ少なかれ居るだろう?

もう一人の自分ってやつが。


アイツなら地に足をつけた生活をすることを、難しいとは思わないだろう。

なのに何故、アイツに自分を譲らないのか?


それは、アイツが大嫌いだからだ。

……そしてアイツも、文句を言ってこないからだ。


何故、アイツが文句を言ってこないのか?

それには、相応の理由がある。


ただの妄想なのか本当なのかは分からないが、アイツは過去生の人格だったらしい。

つまり、俺の前世ってことになるわけだが…そこらへんの真偽はどうでもいい。

問題はその前世での、アイツの死に様だ。


※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※


彼女の名は、あの青い星の名と同じだった。

あの青い星の名は、地球ではない。勿論、Earthでもない。


彼女は僕の主君であり、そして大切な友人でもあった。

少年少女の頃に出会い、友情はやがて淡い慕情になり。

けれどそれは、確かにときめきでありながら、それでも穏やかな感情だった。


麗しい世継ぎの姫君の周りには、純愛を秘めた者も欲望を顕にする者も沢山いた。

僕はそういった者達の中で、抜きに出た存在になろうとは特に思わなかった。

ただ、信の置けない者達も多いのかな、信の置ける家臣の一人であろうと考えていた。


彼女と特別な関係になりたいと、ぼんやりと夢想することはあった。

けれど、彼女のことを真剣に想う一握りの者達を押し退けてまで、どうこうなりたいとは思えなかった。


一握りの者達とは、少年少女の頃からの彼女…そして僕の友人達である。

家族のように親い僕達の友情に沿う誰かが、彼女を得ればいいと漠然と考えていた。

仲間全員との友情と彼女への慕情を天秤にかけ、全員との友情を既に選んでいたのだ。

勿論、その友情の中には、彼女も含まれている。


けれど、選ばれたのは僕だった。

妙齢になった彼女は、年老いた家臣達にせっつかれ、誰かしら選ばなければならなかった。

だから、友情を守るために無難な選択をしたのだろうと、そう思っていた。


実際、仲間達との友情は何も変わらなかった。

恋慕の情を抱いていた者達も、彼女の友人に戻っていた。

……今にして思えば、その事にもっと疑問を持つべきだったのだ。


彼女の気持ちにも、仲間達の真意にも気付かぬまま、僕は彼女の伴侶になった。


彼女との生活は、暖かで順調で…

子宝に恵まれないことだけが問題だったが、まだ若かったこともあり悩むほどではなかった。

科学技術の発展の末、星全体でシステムが緻密に構築された世界。

王も家臣も国民も、気負うことなく割り振られた役割を果たす。

ただ、それだけで、平穏無事な毎日が続いていく…そう、皆が思っていた。


皆が異変に気付いたときには、もう手の施しようのない状態だった。

復旧シーケンスも途中で止まり、その原因すら分からなかった。

星のシステムは、長い歴史を経て永遠不滅のものに昇華されているのだと、誰もが信じていた。

けれど実際は、何百何千の変換の上に成り立った、とても脆いものなのだと漸く気付いたのだ。


星の滅亡を食い止められなかったこと自体に関しては、悲しいと思うが悔しさの類いはない。

王の伴侶として一抹の責任は感じるが、我々だけでどうこうできる規模の問題ではなかった。

長い歴史のなかで、もう何世代も前から危機感が失われ、知らぬ間に歪みが蓄積していたのだ。

そして、隈無く文明で覆い尽くしたこの星では、後戻りもやり直しも不可能だった。


それでも、もっと小さな範囲…家族とか仲間内とか夫婦とか、そういったレベルなら抗う術はあったのかも知れない。

けれど、あの時の僕は、特に抗いたいとは思わなかった。

だから、皆に最後の日まで心穏やかに生活することを説く彼女に、ただ賛同し協力して過ごしていた。


今にして思えば、あれは彼女の王としての顔であり、一人の女性としての心情はまた別だった。

それは彼女だけではなく、彼女に恋慕していた仲間達も同じだったのだろう。

抗う術が無いと分かっていても、諦めきれずに藻掻いていたのだ。

けれど結局、よい手だてなど得られるはずもなく、ただ毎日を精一杯なごやかに過ごしていた。


誰もが、内心の苦悩を隠していた。

僕だけがそれに、気付かずにいた。

星の滅亡とは何なのかということなど、考えもしなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


星は、命の循環である生態系と、魂の循環である輪廻転生を内包している。


私の名は、この星の名。

そして、この星が一つの国となった時から、代々の王に引き継がれてきた名前。


この星にまだ複数の国が存在した時代、文明は環境と生態系にのみ干渉していた。

けれど、いつしか信仰や哲学と科学の境が無くなり、この星は一つのシステムとなった。

誰でも神との対話が可能となり、それが逆に人々の神への関心を希薄にしていった。

今では日々、神々と対話をしているのは、それを勤めとする王家の者ぐらいだ。


私は成人と同時に結婚した。

婚姻の時期は王族ゆけだが、相手は私の望みで選んだ。

私と彼は、望み望まれ夫婦となった。


私の伴侶となり王族となった彼は、私と共に神々との対話が勤めとなる。

彼は、私の幼い頃からの学友の一人だ。

つまり元々、王族の伴侶の候補だったのだ。

だから、神々との対話の方法を心得ているのは、当然といえば当然だった。

けれど、それを差し引いても、彼は取り分け神々に愛された。


彼は神々を崇拝してはいないのだろう。

奉るようなことはせず、とても気さくに接していた。

その様子は、私に対するより時に親しげで、心の距離を感じさせなかった。


私とて、彼に愛されていないわけではない。

寧ろ、結婚してから何年経っても大事にされ、周囲から冷やかされる程だ。

とてもとても、大事にされている。

そして…王として、忠誠を尽くされてもいた。


結婚したばかりの頃、私はまだ恋に恋する乙女だった。

彼が私の気持ちを受け入れてくれたのは、私と同じ気持ちだからだと信じて疑わなかった。

けれど、よくよく思い返してみれば、最初から互いの気持ちに温度差があったのかも知れない。

それにそもそも、彼は現実との距離が遠い人なのだ。

幼なじみ皆がそう感じているし、いつだか本人もそう言っていた。


この微妙にもどかしい距離感も、だから今迄あまり気にならなかった。

けれど、神々と対話する様子を間近で見ていると、だんだん不安が募ってくるのでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


滅亡までの最後の一週間は、祝日となった。

皆、思い思い友人や家族と過ごした。


僕は昼間は仲間とお茶をのみ、夜は家族と過ごした。

そして、朝は神々との会話に費やした。


この期に及んで、職務も義務もなかったのだが…

事ここに至って、雄弁になった神々の話しが面白かったのだ。

そうとは知らない友人達には、律儀なものだと言われていたが、

実際には不謹慎なくらい興味本意であった。


そしていよいよ、明日か明後日かとなった日のこと。


『…さて、そろそろ、妾も身の振り方を考えねばな。』

この女神様は、歯に衣を着せぬ物言いをする小気味いい御方だ。


「我々と運命を共にして下さらないのですか?」

冗談混じりに聞いてみる。


『うむ。心中も心惹かれるところだが……

 そもそも妾は異邦の神ゆえ、もろとも消えゆくことは叶わぬ。』


「貴女様は箒星でしたね。どこかの惑星の衛星にでもなられては?

 いつまでもフラフラされていると、そのうち恒星にぶつかりますよ。」


『この妾に、どこぞの重力に囚われろと申すか。』

「安住の地を定められてはと申し上げているのです。」


『安住の地…か。主らを懐かしみながら、暫し落ち着くのも悪くないのう。』

「そうですとも。貴女様に覚えていて頂ければ、我々の魂の慰めともなりましょう。」

『しみったれたことを申すな。して、主らはどうするつもりじゃ?』


「どうもこうも御座いません。

 我々の命はこの星の一部なれば、運命を共にするまでです。」


『時間逆行ぐらい出来よう。歴史を作り直してみてはどうじゃ?』

「それも面白そうですが…罪深いことです。

 それに、実体依存の高い過去の世界で生きる逞しさもありません。」


『そうか。それは残念じゃ。』


そして、この女神にしては珍しく難しい顔をすると、こんなことを言い出した。

『のう、主。妾に主の魂を預けてはみないか?』


「魂を…ですか。」

『そうじゃ。器と命は生まれた星に帰す他ないが…

 魂の一つぐらい、どうとでもなろう。』


「一つぐらい…ということは、全員は難しいということでしょうか?」

『それはそうじゃ。この星の人間で、妾の声に応えたのは主だけ。

 縁浅き者にまで恩恵を齎せる程、神とは都合の良いものではないぞ。』


「暖かいお心遣い、ありがとう御座います。されど、お断り致します。

 わたくしは、伴侶や同胞達と共にありたいのです。最後まで…」


『…そうか。確かに、そのほうが幸せかも知れぬの』


この時の僕は、自身の全てが母なる星と共に滅ぶという未知の事象に、どこか期待感すら抱いていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「不思議ね。…こんな時はやっぱり、みんな神様にお祈りするのね。」

彼女が、まるで女神のように微笑んだ。


「それは…流石に、星が無くなるなんて初めてだからね。

 輪廻転生が解明されて久しいとはいえ、不安なんだろう。」

僕も彼女に微笑みかえす。


「そういう貴方は、あまり不安そうではないのね。」

彼女が小首を傾げる。


「今さら不安がっても、仕方ないだろう?」

「それも、そうね。」


いよいよという、その日。

彼女と僕は、揃って祭壇の前にいた。


国中の民が、この星の母なる女神に祈る思念の声が響く。

消極的な集団心中という独特の空気の中、彼女はまるで、母なる女神その御方ご自身かのように振る舞っていた。


刻限が迫り、僕は彼女を抱き寄せた。

僕の腕の中で、彼女は顔をあげ告げる。


「…私ね、嬉しいの。貴方とこうしていられることが」

「僕もだよ。」


彼女は目を細めて微笑むと、俯いて僕の胸に額を寄せた。

「ねぇ。貴方は、一緒に消えるのが私で、本当に良かったの?」


僕は少し屈んで、彼女の額に自分の額をつけ、言った。

「全てが消えさるこの時に、共にあるのが貴女で、本当に良かったと思うよ。」


「……そう。」


彼女は顔をあげ、じっと僕の目を覗きこんでいた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


私は、最後の最後まで迷っていた。


かの箒星は、約束してくれた。

私が最後の瞬間まで望むというのなら、彼の魂を他の星に連れていってくれると。


けれど、こうも言われた。

想い人を真実、自分のモノに出来る、最初で最後のチャンスではないかと。


ここ数日の私は、自分でも平静ではないと思う。

何故なら、物陰に隠れては、彼と神々や友人との会話を盗み聞きしていたのだ。


私はどうしても、彼の心が知りたかった。


「最後まで御供いたします。我が君…」

私をあやすように抱き寄せながら、彼が囁く。


「…大丈夫。みんな一緒ですから。」

彼の声は、どこまでも甘やかで、やさしくて…

だから私は、不安だった。


「ねぇ。生まれ変わっても、また私と一緒にいてくれる?」

彼はキョトンとしながら言った。

「僕たちの魂は一つに帰るのだから、もう離れるようなことはありませんよ。」

彼が微笑む。

「この星の全ての魂は、一つに帰るのだから……」


彼の微笑みはまるで、おとぎ話に出てくる王子様のように綺麗で…

きっとだから、彼の心は誰のものでもないのだと、唐突に腑に落ちたのです。


私は全てが終わろうという、この時になって…幸せな夢から覚めてしまった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


どちらからともなく、口付けをかわす。

瞼を開くと、彼女の瞳から涙が零れていた。


「…貴方に、私達の希望を託したいの」

そう言うと、僕の腕の中からスルリと離れていった。


「えっ…」

一体、何が起きたのか、分からなかった。


「愛しているわ。」


彼女が、城が、星が、急速に遠退いてゆく。

僕は何かに、猛烈な速度で引っ張られていた。


そして、そうこうしている内に、星が、粉々に砕けて消えた。

彼女も、彼女との日々も、最後の涙も…粉々になってしまった。


僕は、僕の魂は…一人、弾き出されたのだ。


※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※


僕の魂は、あれから何度も何度も生まれ変わった。

少しずつ違う何人もの人格達が、愛しい人を求め、約束を交わした。

そして、誰も彼もが、幸せに手が届かなかった。


口付けを交わすどころか、指一本すら触れることも出来ず。

愛を告げることさえ封じられて…

それでも尚、生まれ変わっては足掻き、藻掻き、求め続ける。


そんな切ない彼らを魂の片隅に抱きながら…

僕もまた、生まれ変わるのでした。



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