ヤンデレなんか怖くない!
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「メアド一昨日変えたばっかりなのに」
わぁお、仕事が早いことで。
私は半ば感心しながら起動したばかりのスマホの電源を再び切った。
通知センターを埋め尽くす差出人の名前は、音川紗弥。
現在高校二年生。多忙を極める生徒会に所属し、練習時間が校内で最長を誇るバスケットボール部を兼部して、さらに成績も上から10番以内というチートっぷりを遺憾なく発揮している。
おまけに顔面偏差値もお高く性格も極めて温厚なため、漫画やアニメのようにファンクラブとまでは行かないまでも、彼の周囲には肉食獣のごとき目をした女子が常にうろついている。神は彼に何物与えたもうというのか…
そんな音川くんから私は一体どうしてストーカーじみた量のメールを頂戴しているのか、その原因は二週間前に遡る。
*****
「おはよう。こよみ」
「音川くんおはよ」
いつものように音川くんは家の前の電柱にもたれていた。
玄関から出てきた私の姿を認めると彼は歯磨き粉のCMみたいにニカッと笑う。
多すぎる宿題に追われて寝不足の頭には、眩しすぎて痛い。
「いい天気だけど、午後から雨が降るみたいだよ。相合傘ができるね」
「あ、そうなの。ありがと、傘持ってくね」
彼の天気予報は少なくとも私の知る限りでは外れたことがない。
私は踵を返し、カエルの模様付きのかわいい傘を腕に引っ掛けた。
紺色の傘を腕にかけた彼は少し寂しそうに私を見つめ、行こうかと言った。
***
友人と宿題を写しあい、授業内容は睡眠学習法を導入し、つつがなく今日1日を終えた。私の一日は放課後から始まるのだと、開放感に包まれ自然と浮き立つ足で靴箱に向かった。
ご機嫌のままカエル模様の傘を探すが、残念なことに傘立てに差しておいたはずのそれの姿は見つからなかった。外は今朝の予報の通りに雨が降っている。何てことだ、あの傘お気に入りだったのに。
「こよみ、傘どうしたの?」
「誰かが間違って持って行っちゃったみたいなの」
いつの間にか後ろに立っていた彼は人の良さそうなほほえみを浮かべた。
「じゃあ、僕の傘に入っていきなよ。送るよ」
「音川くん部活は?」
「今日はどっちも休み」
「じゃあ、お願いします」
濡れたくない気持ちもあった。所謂、相合傘状態。
彼と並んで一つ傘の下。傘の柄を持つのは音川君なので、腰から下は冷たい雨に濡れていく。入れてもらってる手前文句は言えないが、位置が高すぎる。
薄暗い中では雨粒も光らないし、地面にたまるのは汚い緑がかった茶色の水だ。
美しくない。清少納言の生きた時代は水や地面がもっと清らかだったのか。
水分を含んで開ききった制服のプリーツにアイロンかけなくてはいけないのも面倒くさい。
いとわろし。そんなことを考えたら音川君が私の顔をのぞき込んでいた。びっくりした。
「こよみ?」
「え、なに?」
「聞いてなかったんだ…」
「うん、ごめんなさい」
「あのさ、僕たちそろそろちゃんとしない?」
「ちゃんとってどういうこと?」
「だからさ付き合おうよ。周りもさ、ほとんど僕たちが付き合ってると思ってるしさ。君のお父さんにも…許可もらったし。こよみは今、好きな奴いないしさ」
真っ赤に染まった彼の耳以上に私の顔も赤く染まった。
「音川くん、それって…
…ありえなくない?
本人の意思も確認しないで勝手に外堀固めちゃう奴って吐き気がする。
というか、毎朝なぜかわからないけど私の家の前に居座るのやめてほしい。普通に怖いから。
というか、住所とかどうやって知ったの。私はあなたみたいな人間とは付き合わない。」
怒りで紅潮する顔を伏せ、そのまま無言で私は雨の中を走り去った。
*****
その結果、彼は見事に私のストーカーと化した。この二週間の彼からのつきまとい行為には本当に辟易している。…それ以前も私が気にしていなかっただけで、実は立派なストーカーだったのかもしれない。
メールの内容はほぼ、いかに自分が私なしでは生きていけないか、自分を愛さないと大変なことになるとか。びっくりするほどどうでもいい。
私はスマホの電源を再び点け返信した。
『人は自由だよ。自分の気持ちは自分だけのもので他人に口出しされる筋合いはない。
私は私だけのものだよ。
音川くんの気持ちなんか要らないし、知ったことじゃない』
両親の誤解は解いた。
私の友人は、そもそも変な勘違いはしていない。
私は彼がいかに完璧人間であろうとも、私の意思を無視して告白を受け入れざる得ない状況に陥れようとしたことに対し強い憤りと生理的嫌悪を感じている。外堀を固めようとするまでは私、彼のことが好きだったし、いつ彼に告白しようかが脳内の八割を占めていたほどだというのに。
下手に私を囲おうとをしなければ、ちょっと気持ち悪いストーカー行為も許容してあげたのに。
これからあなたが何をやっても何を思っても、たとえあなたが私のことを思って死んだとしても、あなたは私の心に刻まれることはない。
初めて一本の話として書き上げられた作品です。お見せするのも恥ずかしいですが、今後の参考に何か一言いただけたら幸いです。飛び跳ねて喜びます。お目汚し致しました。