7月23日から31日まで
「7月23日の昼頃かな、お金を拾ったんだ」
ネコババの話かな?もっとこう、オカルト染みた展開を期待していただけに、拍子抜けだった。
「いくら?」
「500円」
悪くない金額だった。
「へえ、それで?そのお金をどうしんたんだ?くじでも買ったのか?」
500円で買えるクジなんてあったか?と自分で自分にツッコミを入れつつ、やっぱりあの噂は本当だったんだと思った。
――夏休み中に小早川が変なアルバイトをしている、そんな噂が囁かれ始めたのはだいたい今から2、3日前だった。
変なアルバイトってどんなバイトだよと思ったが、その詳細は知らないらしく、ただえらく羽振りがいいらしいとのことだった。
高校生ができる羽振りのよいバイト、一体どんな仕事だと怪訝に思ったが、どうでもよかったからすぐに忘れてしまっていた。
もっとも、500円ネコババした程度で羽振りがよくなるわけないから、そのバイトの話は別件だろうなと思ったときに、小早川が続けて言った。「次の日、1000円拾った」
「……連続でお金を拾ったのか?それはラッキーだな」
僕がそう言うと、小早川は「俺もそのときはそう思った」と答えた。
「金額も大したことなかったし、それに小学生の頃にも一度財布を拾ったこともあるから、こんなこともあるかなって特に気にもとめなかった。意外と人って金を落とすもんなんだなってそのときは思ったよ」
確かに財布なら僕も拾ったことはある。もっとも、そのとき拾った財布の中身は一円やら五円やら十円やらの小銭だけだったが。
妹にそれを見られて「御縁があったね」と言われたときは萌え死にしそうだった。
「次の日も、金を拾った」
そのセリフを聞いた途端、頭の中にあった妹の笑顔が吹き飛んだ。
「3日連続か?それは……」
不気味だな、と思った。
誰だって一度や二度金を拾ったことはある。金額に大小はあれ、それは珍しいことではない。しかし、そうしょっちゅう遭遇するほどありふれたイベントでもないはずだ。
「2000円札だった」
「……そうか、本当にあるんだな、都市伝説かと思ってたよ」
「俺も最初珍しくてさ、お金を拾ったっていうより、ツチノコでも発見したような気分になった。でもさ、途中でなんか変だなって思った」
――体がさ、痩せ始めたんだよと、小早川は言った。
「最初は夏バテかと思った。夏休みに入って以降、なんか体がだるくてさ。特に23日以降からがひどくて、病気かと思った」
「病院には?」
「行った。でも、いたって健康だってよ。だからそのときは、気のせいだと思った。むしろ安心してさ、お金を立て続けに拾ったことも忘れかけてた」
――でも、逆だったと小早川は続けた。
「次の日、まだお金を拾ったんだ」
「次はいくらだったんだ?」
なんとなく展開が読めたが、本人の口から聞きたかった。
「4000円だった。今回は1000円札四枚を拾った」
最初は500円、次が1000円、その次が2000円、そして4000円。
「拾う金額がだんだん倍になってるな」
「そうなんだ。それでさ、これは俺の憶測なんだけど、拾った金額分だけ、体重が減っている気がするんだ」
……それは、気のせいではないと思うと僕は確信めいたものを感じた。
夏は休みが始まる前。小早川という男子学生はどこからどう見ても今とは違った意味で不健康そうな肉体、つまりデブだったはずだ。
それが今やガリガリに痩せてしまっていて、明らかに常軌を逸している。
あの頃の肉体、というより脂肪はどこへ消えてしまったのか、それが不思議でならなかった。
「お金を拾った分だけ体重が減る呪いにでもかかってるのか?」
僕は冗談めいた口調で言ったつもりだったが、小早川はまったくおもしろくなかったようだった。
「それで?」
僕は気になったことを口にした。
「結局いくら拾ったんだ?その流れだとどんどん倍になるから……」
「今朝、12万8000円拾った」
「へえ、よかったじゃん。……あれ、今日までずっとお金を拾い続けているのか?」
「そうだよ」
僕は暗算は苦手だが、これくらいだったら簡単に計算できた。
23日に500円拾い、31日まで前日の倍となった金額を拾い続けた場合、その総額は……
「25万5500円か。それで……今体重はいくつになったんだ?」
「……65キログラムだ」
――1グラム10円なんだと、小早川は言った。
きっと事情を知らない第三者がいたら、高校生2人が喫茶店で格安スーパーの肉について話し合っていると思ったことだろう。
もっとも肉は肉でも人肉なのだが。
「なあ、俺このままだとどうなるんだろう?」
小早川は両手で顔を覆い、嗚咽をもらした。
「まあ、落ち着けよ。お金を拾ったら体重が減るんだろ?じゃあさ、お金を拾わなければいいんじゃないのか?」
「もう試したよッ!」
小早川は怒声を発した。喫茶店が一瞬静寂に包まれた。
「拾うのをやめれば大丈夫だと思った。でも、ダメだったんだ。拾わなくても、体重が減り続けるんだよ」
「で、でもさ」
僕は必死に頭を捻り、思いついたことを発言してみた。
「実害はないんだろ?ただ体重が減ってるだけなら、むしろ健康じゃねえか?」
「はあ?何言ってんの?」
小早川の正気じゃないといわんばかりの表情をしている。
「握ってみろよ」
一瞬、殴られるかと思った。しかし、小早川はただテーブルの上に右手を差し出すだけで、殴りかかってはこなかった。
そこにあるのは、骨と皮だけになったような細い右腕だった。僕はわけがわからずとりあえず握ってみることにした。
脂肪のない手はゴツゴツとしていて、妙に落ち着かない。だが一箇所だけ、やけにぶよぶよとしている箇所があった。
「あれ?」
思わず声に出してしまった。
「わかるだろ?」
小早川は小声だが、やけに明瞭な声で囁いた。
「小指の骨がなくなってるんだよ」