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7月31日

「呪い?」


 僕は思わず聞き返してしまった。別に呪いという言葉を知らないわけではない。ただ、小早川という人間の性格上、そんな言葉が出るとは露とも思わなかった。それだけだ。


「呪いっていうのはつまり、幽霊とか怨霊とかが祟るとかいうオカルト染みたもののことか?」


 そういうのは苦手だ。別にそういうものを信奉するのは他人の自由だし、突然厨二病をこじらせたところで僕にはあまり関係のない話だ。


 つまり、どうでもいいのだ。


 呪いがあろうがなかろうが、僕はあまり気にも留めない。仮に僕が溺愛する妹が厨二病になったからといって、別段それをどうこうしようとは思わない。


 本当に、どうでもいいからだ。


 だから、逆に気になった。


 ――どうしてこんな話を突然し始めたのだろう、と。


「俺も、そう思ってた」


 小早川は血走った眼をぎょろりと動かして、そう言った。


「呪いってのはこう、悪いことをしたら祟られるっていうか、超自然的な何かっていうか、とにかく言葉じゃうまく伝えられないんだけど、こうドロドロとしたよくわからないけれど関わっちゃいけないものだと思ってた」


「僕も、そう思うよ」


「でも、最近思うんだ。呪いにそんなものはないんじゃないのかって」


 言いたいことがよくわからなかった。だから訊いた。


「そんなものって?」


「だから、人の意思だよ。アイツのことが憎いから祟るとか、恨みがあるから復讐するとか、呪いってさ、そういう人間的な感情の発露が原因で起こるものだと思ってんだよ」


 ――ああ、なるほど、そういうことか、僕はつい納得してしまった。


「呪いは人が起こしてるってことか?まあ、確かにそうだよな。恨まれてないのに祟られるのもなんだかおかしな話だし。でもさ、それが――」



 それが、どうかしたのか?僕はそう質問しようとした。だが、遮られた。


「ただの自然現象なんだよ、呪いって。だから誰にでも起こりうるし、ちゃんと対策をたてれば呪いってのは止むものだと思うんだ」


 ――だから、助けて欲しい、小早川はそう懇願した。


「呪いが自然現象って、台風が反時計回りになるのは低気圧が原因だからとか、そういうレベルの話をしたいのか」


「そうだよ。そういうレベルの話。台風は規模が大きいから手がつけられないけどさ、風を起こす程度のことならウチワを仰げば起こせるだろ?」


「ふーん、そんなものかね」


 僕は妙に感心しつつ、同時にいつの間にかこのオカルト話に興味を抱いている自分がいることに驚いた。


 なんだ、どうでもいいんじゃなかったのか?


 どうでもいい話はいつ間にかちょっと聞いてみたい話にまで昇格したようだ。


「じゃあ呪いは原理原則さえわかっていれば誰でも起こせるし、原因がわかればすぐに止めることができる、そう言いたんだ」


「そう。そうなんだ、飲み込みが早くて助かるよ」


 不健康そうな表情を浮かべていた小早川は少しだけ、ホッとしたような表情を見せた。


「呪いに怨みは必要ないってか。でもさ、うちわで風を起こすのには人間の熱量、まあエネルギーが必要だろ。車を動かすのだってガソリンが必要だし、クーラーを動かすためには電気が必要だ。呪いを動かす原動力が怨念とか、そう思念とか、感情的なものなんじゃないのか?」


 僕は持論を展開してみた。小早川は乾いた笑みを浮かべて、「ああ、きっとそうなんだろうさ」と答えた。


「俺、呪いにかかってるかもしれないんだ」


「へえ、そうなんだ」


「驚かないのか?」


 小早川はそう質問したが、むしろ今の話の流れからその発言がでるのは当然というものではないのだろうか?


「お前、ちょっと体調悪そうだし。呪われてるって言われてもなんか妙にリアリティがあるんだよな」


「そっか。そうだよな」


 小早川の表情が一瞬暗くなった。単純に雲行きが怪しくなり、喫茶店内が暗くなっただけかもしれないが。


「で、呪いってどんな呪いなんだよ?」


「お金が増える呪いだよ」


「へえ、それは――」


 良かったなと言おうと思ったが、小早川の真剣そうな表情から察するにそれはよくない呪いなのかもしれない。


「この呪いが始まったのはさ、今から一週間くらい前なんだ」


 小早川はぽつりぽつりと語り始めた。陰鬱とした表情から察する話はかなり長くなりそうだったので、今夜は妹と一緒に晩飯が食べられるかな、とちょっと不安になった。



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