母と姉は我が同級生
短編第二弾!
以前から考えてたネタがやっと形になりました。自信作か聞かれると一切自信はありませんけど。
では、母と姉は我が同級生をお楽しみに下さい
俺には幼馴染みがいる。いや、『いた』。
身長は俺よりも頭一つ高くて、勉強はそこそこ、運動神経抜群、目を見張る程の料理上手、顔良し、スタイル良しの素敵女子。
そして、最大のポイントは今やれっきとした俺の家族だということ。だから、幼馴染みが『いた』になる。ちなみにポジションは姉だ。
これがまぁ家族がいなくなってしまった為の養子縁組が理由だったらまだいい。
半年くらい前だろうか、学校から帰って来ると我が家のクソ親父とクソ兄貴が居間で大乱闘を繰り広げてた。そして、それを何故か幼馴染みが止めようとしているのだ。その時、俺は不思議にも思わずに鬱陶しい事極まりない二人を幼馴染みの代わりに殴って止めた。
乱闘の訳を聞くと親父と兄貴がテーブルを挟んで向かい合い、その間に幼馴染みが座る。
三人とも妙に真剣な面持ちだった。
その後のクソ共(もちろん親父と兄貴の事だ)のセリフに俺は絶句した。人間は想像も出来ない事態に陥ると成す術は無いんだ、思い知らされた。
言うに事欠いて我が家のバカ二人は
「「俺は世胡ちゃんと結婚する!」」
なんて言い出した。しかも世胡(もちろん幼馴染みの名前だな)は嬉しそうに頬なんか染めてる。
正直その後事はよく覚えてない。世胡はあれよあれよという間に兄貴とゴールインしてしまった。辛うじて覚えているのは披露宴で親父が
「俺が世胡ちゃんと結婚したかったのに!」
と喚いたのが原因でまた兄貴と親父が乱闘を始めた事くらいだ。
正直な話、俺は世胡が好きだった。初恋ってやつだ。しかも、初めて出会った時からの長い、長い初恋だ。
……まぁ、俺の失恋話はどうでもいいか。
とにかく今や世胡は俺の姉で、世胡に対する想いも諦め付いたし、今の生活にも馴染んでそれなりに幸せな日々を過ごし始めたんだ。
そんなことがあったから俺は神に祈る。もう、好きな人が肉親のものにならないようにって。
ユサユサ、ユサユサ。
……むぅ、誰だ?
誰かが俺を揺する。
ユサユサ、ユサユサ。
……俺を強請るたぁふてぇ奴だ。……?
なんか思考がおかしい気がする。まぁ、寝てる最中なんてこんなもんさ。
ユサユサ、ユサユサユサユサ。
さっきまでよりも長く揺すられる。
「ほら、深桜。起きて」
「……んぁ? 世胡?」
目をゆっくりと開くと目の前にはエプロン姿の元幼馴染み、現姉の世胡がいた。
世胡は何を思ったか俺に微笑みながら布団をひっぺがした。
……何をする。なんて暴挙に出るんだ。朝の男にはいろいろあんだぞ。
色々とアレだから取りあえず俯せになってみる。
「っ。も、もう、早く起きないとご飯片付けちゃうからね!」
察してくれたのか見てしまったのか定かでは無いが世胡は軽く頬を染めて慌てて出て行った。
「……はぁ、起きよう」
これで兄貴の嫁じゃなかったら最高なのにと胸の内で叶わない事をぼやきながら起き上がる。
それからノソノソと世胡の朝食が待つ居間に向かった。
「……はよ」
「おぉ、おはよう、深桜」
「おう、深桜。相変わらず眠そうだな」
テーブルに着き、新聞を読みながら先に挨拶した無精髭の似合う男が我がクソ親父の桜弥。そんでもって、両手に世胡の料理が盛られた皿を持って親父の後に挨拶したのが我がクソ兄貴の璃桜だ。
「うん、お前ら取りあえず死んでくれ。俺の平穏の為に」
「ちょっ、朝から何て事言ってんだ深桜! 酷過ぎるだろ?!」
「そうだぞ! 俺はお前を死ねなんて軽く言うような子に育てた覚えは無いぞ!」
……取りあえず鬱陶しかったから無視して座る。朝食は未だ兄貴の手の中でテーブルの上にはない。
「どうでもいいけど飯」
「どうでも良くない!」
「そうだぞ! まだ説教は終わってない!」
「いや、ほんとどうでもい」
「だからどうでも良くない!」
「あぁ、もう俺が養い、璃桜が蝶よ花よとお前を育てたのに……っ!」
「父さん、俺達頑張ったよな!」
「あぁ、頑張ったとも!」
はっきり言って俺はあまり気が長くない。大体、高校生に手を出して挙句結婚しようとするロリコン変態男に説教される筋合いは皆無で絶無だ。死んでも嫌だ。ってか、世胡の初体験の相手が親父で二回目が兄貴ってどうよ?
「ぎゃふっ!」
「ごふっ!」
俺は心底腹が立ったから親父から新聞を取り上げ顎にフック、兄貴からは朝食を取り上げ顎にアッパーカットで黙らせた。そして、優雅に朝食を始めた。やはり平穏は何かの犠牲の上に立つものだな。
歯を磨き、顔を洗い、鞄に財布と耳栓と古代ローマ史の文庫本と世胡手製の弁当を入れ、制服に着替えれば登校する準備は完了。
本音を言えばまだ寝たいとか学校行くの面倒いとかあるんだがそんなこと言うと世胡に怒られてしまう。
「いってきます」
俺は相変わらずノソノソと学校に向かった。
学校に到着し、教室に入ると中学来の友人であり、我が良き相談役の圭次が手を振ってきた。
「よ、おはよ。深桜」
「おー、おはよう」
俺は挨拶を返しながら座り、早速圭次に愚痴る事にする。
「なぁ、ケイ。高校生に手を出す変態共に説教されたらどうする?」
「どうするって聞かれても……」
「死にたくならないか?」
ちょっと考え込むと圭次は納得したように頷いた。
「確かにそれは死にたくなるかも。もしかしなくても、説教されたか?」
「ったく、有り得ねぇよ。ただ、俺の平穏の為に死ねって言っただけなのにな」
俺の言葉に苦笑いをする圭次。俺何か変な事言ったか?
「そんなことよりもさ」
「そんなことよりかよ」
「いいから、いいから。今日は何か転校生が来るらしい」
「へぇ〜」
転校生か。まぁ、俺の邪魔にさえなんなきゃどうでもいいか。
「へぇ〜ってお前興味無いの? 来るのは女の子なんだよ?」
「興味なんてねぇよ」
圭次は信じられないモノを見たような目で俺を見る。興味無いんだ仕方無いだろう?
「そんな訳だから俺は寝る」
圭次が何か言う前に耳栓を装着して俺は机に突っ伏した。
ユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサ。
……誰だ。こんなにユサユサする奴は?
億劫だが顔を上げると圭次が興奮した様子で俺を揺すっていた。
「――――――――!」
圭次の声が聞こえない。そういえば耳栓してたっけ。耳栓を外すと、
「深桜、見ろって!」
圭次は興奮したように前を指差す。どうしたのかと思い前を見るとそこには一人の女性がいた。
背中の半ば辺りまで流れる艶やかな漆黒の髪、目はアーモンドのようにクリッとしていて可愛らしく、鼻も唇も俺の理想そのもの、全ての顔のパーツに非の打ち所が無い。スタイルも非の打ち所が無い。どことなく和風な雰囲気がある。俺の心にどストライク! 好みど真ん中だ。
これでもし性格も良かったら……。
「皆さん、初めまして。御薙彼方といいます。色々と至らない所があるとは思いますがどうかよろしくお願いします」
め、女神だ……女神が降臨した……っ!
なんて甘美な声何だろうか。きっと大和撫子というのは彼方さんの為にあるんだろうな……。
思考がピンク色に暴走しつつあるがそんなのは気にならなかった。
ふと彼方さんと目が合った。
彼方さんが俺を見て嬉しそうに笑う。
「……あれ?」
ピンク色の思考が一気に引いた。
何だ? 何処かで会った事があるような……。ふと辺りに目をやると世胡が彼方さんに向かって小さく手を振っていた。彼方さんもそれに応えてる。
知り合いなのか?
うーん、わかんねぇな……。
「おい、深桜」
圭次の声は震えてる。どうやら感動してるらしい。
「なんだ?」
「彼方ちゃん見てるとなんていうかお嫁さんにしたくならないか?」
…………うん。確かに。
「お嫁さんにした……あ」
「ん? どした?」
彼方ちゃん。お嫁さん。世胡。
思い出したのは『約束』。
『私、深桜ちゃんのお嫁さんになる!』
『えー! 困るよ! 僕は世胡の旦那さんになりたいのに……』
『むぅ〜、じゃあ、じゃあ、もし世胡ちゃんが深桜ちゃんと結婚しなかったら私が深桜ちゃんを貰ってあげる!!』
『うーん……それならいいよ!』
も、もしかして……もしかしなくてもっ!
つ、ついに俺に春が来たのかっ!? 俺、幸せになっていいのか? こ、こんな美少女ゲームにありがちな展開で幸せになってもいいのか? いや、いいんだなっ! 神は俺を見捨てなかった!
この時の俺はどうかしていたんだ。勘違いも甚だしいってのに浮かれに浮かれた。まったく、どうして悔いってぇのは後にしか来てくれないんだろうな……。
放課後、彼方に早速アタックをかける。あの後、女子達が猛獣と化した男子達を近付けまいとしたために話し掛ける事が出来なかった。しかし、放課後。彼方は用事があると言って女子達とは帰らなかった。
そんな彼方を狙った男共を一人残らず捩じ伏せて俺は彼方に話し掛けた。
「なぁ」
「はい? あ……深桜ちゃん!」
昔懐かしいその呼ばれ方。少しこそばゆい。
「ちゃん付はよしてくれよ。ところでさ、女子達と帰らなくて良かったのか?」
「うん。今日スーパーで安売りがあるから早く行かないといけなくて」
ちょっぴり恥ずかしそうに言う彼方が堪らなく愛しい。それにしても――。
「スーパーの安売りって随分と主婦みたいな事気にするんだな。ちょっと意外」
「もうっ、深桜ちゃんったら! 私だってそれくらい気にするんだよ?」
頬を膨らませる彼方。心底可愛い。
「そうだ、俺も手伝うよ」
「ほんと? ありがと!」
そして二人並んで商店街を進んで行く。あぁ、幸せ。
主婦という名の安さに魅入られた狂戦士達と熾烈な闘いを終えて二人してボロボロになりながらも楽しく歩いてる。目指しているのは昔からのお気に入りの場所。そこはここいらでも一番高い場所にある神社だ。
主婦の恐ろしさについて語り合っている内にその神社に着いた。
「ふぅ〜、やっと着いたんだ。疲れた〜」
本当に疲れたように見える彼方。ちょっと申し訳なく思いながらも肩を叩いて階段の方を振り向かせる。
「……わっ、すごい」
この町の全てが夕日に照らされていた。この町はビルなんかも結構あるのにどことなく古さを感じさせる。
その光景はいつでも心を和ませてくれる。俺の好きな風景。
俺は階段の最上段に腰掛けながら、彼方はその場に立ちながらいつまでも目の前に広がる風景に目を奪われていた。
「……んぁ?」
気がつくと辺りはすっかり暗くなっていた。どうやら寝てしまったらしい。当然、彼方もいない。
……そりゃそうか。あー、この何処でもすぐ寝る癖どうにかなんねぇかな……。
荷物を持ち、帰ろうとした時、制服の胸ポケットに紙があることに気付いた。その紙には『起こさなくごめんね? あんまり気持ち良さそうに寝てたから……。本当にごめんね? 彼方』と書かれていた。なんだか読んでるだけで嬉しくなる。
ヤバイって、俺今幸せの絶頂にいるよ。最高に気分が良い。今なら親父や兄貴に何を言われても笑って許せるぜ。
俺は浮かれた足取りで家に帰った。
「ただいま〜」
いつもより若干テンションは高め。
「世胡〜、今日の飯は何……だ?」
我が目を疑った。兄貴は世胡と隣り合って夕飯を食べている。それはまぁ良い。
「深桜、おかえり」
「おかえり、深桜。いい加減そのいつでもどこでも寝ちゃうの直さないと後々大変だよ」
「はっはっはっ、直さなくても問題ないさ。母さんもそうだった」
「って事は深桜ちゃんは母親に似てるんですか、桜弥さん」
なんで彼方が親父と隣り合って夕飯食ってる? 桜弥さんってどういうことだ?
俺が呆気に取られてると親父がそうだと言って彼方を見てから俺にとんでもない事を言った。
「そうだ。紹介が遅れたな。今日から俺の奥さん、つまりお前の新しい母親になる御薙彼方改め春宮彼方だ」
「今日、学校で挨拶したけど改めてよろしくね。深桜ちゃん」
……あれ? あの時の『約束』は? ……あ、俺の勝手な妄想か? フ、フハハ……何これ? あれ? あれか、俺は人を好きになっちゃいけないのか? 俺の好きな人、好きになった人は次々と肉親に奪われる。何の冗談だ。お前らそんなに俺が嫌いか?
俺の中で何かが弾けた。
何もかもがどうでもいい。
「クソがぁあぁあぁああぁぁぁぁぁぁっ!!」
ひっくり返るテーブルと料理。驚き固まる親父達。
最初に我に返ったのは兄貴。
「お、おい! 深桜、お前なんて事――」
「うるせぇ……」
うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇっ!
「ぶっ!」
俺の拳が兄貴の顔面にめり込み吹っ飛ぶ。
「っ!? 璃桜さんっ!?」
「深桜っ! なんて事するんだ!!」
親父が何か怒鳴ってる。うるさい、テメェはもう喋るんじゃねぇ。
「深桜、聞いてるのかっ!?」
親父の手が俺の肩に置かれた。
やめろ、触るな。
「触んじゃねぇっ!」
親父の手を払い除け、回し蹴りで顎を蹴り抜く。
崩れ落ちる親父。
ふん、いい気味だ。
パンッ!
頭が真っ白になった。頬が熱い。目の前には泣きそうな顔の世胡がいた。
「最っ低っ! 璃桜さんやお義父さんが何したっていうのっ!?」
……そうだよな。お前は兄貴や親父の方が大事なんだもんな。そんなお前に何が分かる。
「うるせぇ、お前に何が分かる。お前に何が分かるってんだっ!」
もう自分でも何がなんだか分からない。気付くと俺は世胡を殴ろうと拳を上げていた。
パァンッ!
拳は世胡に振り下ろされる事は無かった。また頬が熱くなる。
「深桜ちゃん、その手は何? 桜弥さんや璃桜くんの様に世胡ちゃんも殴るつもり? 女の子で、ましてや姉である世胡ちゃんを殴るの?」
……なんだよそれ。なんだよその母親みたいな口振りは。なんだよその目は。やめろ。やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。
「見損なったわ」
彼方の辛辣な一言。
これ以上ここには居たくなかった。もう堪えられない。気付くと俺は家を飛び出ていた。
俺は走った。とにかく走った。この嫌な気持ちを振り払う様に走った。
「はぁ、はぁ、はぁ……クソッ!」
辿り着いたのはお気に入りの神社。俺は鳥居に背を預けて座り込む。
もう全てが嫌だった。今日の事がグルグルと頭の中で回ってる。
もう嫌だ。
そのまま俺の意識は落ちていった。
深桜ちゃんは今にも泣きそうな顔で家から飛び出した。
どうしてあんなに辛そうな表情だったんだろう……。確かにちょっときつく言い過ぎたかもしれないけどあんな風になる程のものではなかったと思う。
世胡ちゃんは浮かない顔をしながら璃桜くんを揺すってる。まぁ、桜弥さんはすごく丈夫だから放っておいても大丈夫だと思う。
「……むぅ、なかなかの蹴りだったな」
ほら、やっぱり。世胡ちゃんはなんだか驚いてる。
「お、お義父さんっ! あの蹴り食らって平気なんですかっ?!」
「まぁあの位の蹴りなら別にどうって事無いさ」
本当に何でも無い様子の桜弥さんに呆気に取られる世胡ちゃん。どうやら桜弥さんの頑丈さを知らなかったらしい。この感じだとどんな仕事をしてるかも知らないだろうな。
「おいコラ、璃桜。さっさと起きろ。バレバレだ馬鹿」
「あれ? やっぱバレてた?」
あ、起きてたんだ……。
「なっ、璃桜さん!」
璃桜くんは怒る世胡ちゃんをまあまあと宥めて深桜ちゃんはどうしたのか聞いてきた。
「そっか……ま、アイツと同じ状況なら俺も暴れんだろうな」
璃桜くんは私の話を聞いてしみじみとそう言った。
深桜ちゃんがああなった理由が分かってるみたい。
……私って、母親失格なのかな?
そんな後ろ向きな事を考えてると桜弥さんが不思議そうな顔で璃桜さんに尋ねた。
「おい、璃桜。どういうことだ?」
「親父、わかんねぇの? ……もしかして世胡も義母さんも?」
ポカンとしてる私達三人を見て璃桜くんは微苦笑。
「深桜も報われねぇなぁ……。深桜はずっと世胡の事が好きだった。でもそれが俺と結婚しちまった。親父も世胡も気付かなかったか? 俺と世胡が結婚した頃くらいからいつでもどこでも寝る癖が酷くなってるんだぜ?」
……そういえば、深桜ちゃん小さい頃に僕は世胡と結婚するんだって私に言ってたっけ。
見ると桜弥さんは驚き、世胡ちゃんはびっくりするくらい動揺していた。
「え、で、でも深桜からそんな話一言も……」
「まぁ落ち着けって。最近は世胡への想いにも諦めが付いたみたいで親父、俺、世胡との暮らしも馴染んだんだ。そんで、そんな時に来たのが義母さんだ」
「私?」
私何かしたかな?
「これはまぁ俺の予想なんだけど限り無く当たってる自信がある。いいかい、義母さん。義母さんは深桜の好みにどストライクなんだよ。しかも、アイツの事だから昔の約束――まぁ大方結婚しようとかの類いの約束でも思い出して暴走したんだろうな。ましてや、好きだった人を兄貴に取られた後だ、恋に堕ちるのもあっという間だったろうさ」
誰も何も言えない。ただ聞くことしか出来なかった。
「そして、何の因果か、家に帰ってみると一目惚れした相手が今度は親父の奥さんって訳だ。ほんっとに報われねぇなぁ……」
気まずい空気が流れる。
私、本当に桜弥さんと結婚してもいいのかな……。
桜弥さんを見ると桜弥さんも申し訳なさそうな顔をしてる。
「親父も義母さんも、結婚止めるって言うのは無しだぞ? 深桜にはやっぱり母親は必要だよ。だから、結婚しないなんて事は止めてくれ」
「……そうだな。しかし、もう少しそういう想いを言葉にしてくれたら楽なんだがな」
「まぁ深桜は口下手な上にシャボン玉並に繊細な心の持ち主だからな。ガラスより脆い」
……母親が必要、か。本当に私なんかでいいのかな? ……でも、そんなこと言ったらいつまでも深桜ちゃんの母親にはなれないね。よし!
「私、深桜ちゃんを探しに行って来る」
出て行こうとしたのを世胡ちゃんに呼び止められる。
「彼方ちゃんっ、私も行く!」
「うん!」
二人で外に飛び出して少しすると桜弥さんが追いかけて来た。
「どうしたの?」
「いや、そのな、璃桜にたまには親父らしい事をしてやれと追い出されてな……」
参ったなと困った様な顔で頭をガシガシと掻く桜弥さん。その姿はちょっと可愛い。
「ところで世胡、深桜が行きそうな所は分かるか? ……世胡?」
桜弥さんの問いに世胡ちゃんは答えない。
見ると世胡ちゃんは泣きそうになっていた。多分、璃桜くんに言われた事が堪えてるんだと思う。もしかしたら、罪悪感も感じてるのかもしれない。
「世胡ちゃん、大丈夫?」
「あ。う、うん。大丈夫」
あまり大丈夫な様には見えない世胡ちゃん。私はどうしたらいいか分からずに桜弥さんと目を合わせた。
「……いねぇな」
桜弥さんが苦虫を潰したような顔で呟いた。
あれからしばらく町中を探し回ったけど深桜ちゃんは見つからない。どこに――あ。
「「そうだ神社! え?」」
思わず顔を見合わせる。桜弥さんはそんな私達をポカンと見てる。
「え? なんで彼方ちゃんが神社の事を知ってるの?」
「えーと、家に行く前にお気に入りの場所だって案内されて……」
「そ、そうなんだ……」
「うん……」
あれ? この沈黙はなんだろ?
世胡ちゃんはなんだかそれはそれは複雑そうな表情。
「世胡ちゃん、そんな顔してどうしたの?」
「えっ、いやっ、そのっ、弟を取られた気分というかなんというかいや、そんな気分になんてなってないけどそのっ」
面白い程に動揺する世胡ちゃん。可愛い。
「そっかぁ、私、世胡ちゃんに嫉妬されちゃったんだ〜♪」
「ちっ、違うよ! 嫉妬なんかしてないよ!」
「うふふふ〜」
可愛い娘だなぁ〜♪
「おい。彼方、世胡。コントはいいがその神社は何処だ?」
桜弥さんの呆れた声で私達は我に返った。
いけない、いけない。今はそんなことしてる場合じゃ無かったんだ。
目指すは、丘の上の神社だ!
暗い。
ここはどこだ?
分からない。
辺りを見回す。どこもかしこも木しか無い。森……だろうか? どことなく見覚えがある。
『――――――』
声が、聞こえた。すごく気になって探し回ると一際大きな木の根元に子供がうずくまって泣いてた。
『ひっく、えっぐ、おか、あさん、どこにいるの?』
……俺?
『ひとりにしないで、僕をひとりにしないでよ』
そうだ、俺はひとりになっちゃったのか……。世胡は兄貴しか見てない。彼方は親父しか見てない。兄貴も親父も俺の事をきっと憎んでる。俺のせいで母さんは死んだから。
……あぁ、やっぱり俺はひとりだ。多分この先も。
嫌だな。
そんなの嫌だよ。
俺は――僕はひとりは嫌だよ。ひとりにしないでよ。いい子にするから。僕を見て。ひとりにしないで。
お母さん、僕をひとりにしないで。
――しないよ。
不意に、温かいものに包まれた。
――ひとりにしないよ。
ほんとに?
――本当だよ。絶対にひとりにしないから。
僕のこと見ててくれる?
――もちろんだよ。だから、帰ろう、深桜ちゃん。
うん、お母さん。
……夢?
視界がぼんやりと開ける。目の前には誰かがいた。
……あ。
「母……さん?」
誰かは微笑むと俺を抱き締めた。
温かい。やっぱり母さんだ。
そのまま俺の意識はまどろみに落ちていった。
「母……さん?」
深桜ちゃんはぼんやりとした、でも嬉しそうな表情で私の服の裾を掴む。
すごく愛しくて嬉しくて私は穏やかに笑いながらギュッと抱き締めた。
「……すー」
聞こえてくる寝息。どうやらまた寝ちゃったらしい。
「ったく。ほんっとに世話のやける息子だよ。寂しいなら寂しいって言ってくれよ」
桜弥さんはそんなことを言いながら嬉しそうな顔で私の隣りしゃがんで深桜ちゃんの頭を撫でてやる。
「ほんと、心配ばっかりかけるんだから」
世胡ちゃんは安堵の表情を浮かべる。
桜弥さんはすくっと立ち上がり私に手を差し伸べる。
「じゃ、そろそろ帰るか。これ以上ここにいても深桜が風邪ひいちまう」
「そうね。それじゃあ桜弥さん、深桜ちゃんお願いでき――」
深桜ちゃんは私の服をしっかりと握っていた。
どうしよう、これじゃあ桜弥さんに渡せない。もう父親らしい事が深桜ちゃんおんぶするくらいしか無いのに……。
「母さん……」
そんな深桜の寝言。
私達は顔を見合わせた。桜弥さんも(何故か)世胡ちゃんも深桜ちゃんをおんぶしたがってる気がした。もちろん私も深桜ちゃんをおんぶしたくなった。
「……………」
「……………」
「……えーと、深桜ちゃんが離してくれそうにないから私がおんぶしていくね」
「ま、仕方無いよな」
「深桜が離さないんだったら仕方無いよね」
二人共、渋々といった感じで頷いた。
いやぁー深桜ちゃんの寝言は強烈だな……。
帰り道はのんびりと三人並んで歩く。私の背には眠り姫な深桜ちゃん。
私はずっと疑問に思ってた事を二人に尋ねた。
「桜弥さん、世胡ちゃん。深桜ちゃんが随分と可愛く成長した気がするんだけど……」
「む……確かにそうだな」
「身長は中一で止まってたよ」
中一……早いね止まるの。
「むぅ、ちゃんと飯は食わせてたと思うんだけどな……」
「ん〜、この低身長に深桜ちゃんはコンプレックスとか持ってるのかな? 私と世胡ちゃんとは頭一つ違うし……」
何を思ったのか、世胡ちゃんは深桜ちゃんのほっぺをツンツン突き(つつき)出した。
「フフ、柔らかい。なんかコンプレックスとか持ってなかったみたい。というか、睡眠と読書の妨げにさえならなければどうでもいいみたいだったよ」
……なんていうか。
桜弥さんと顔を見合わせる。考えた事が同じという事が分かった。それからほぼ同時に溜め息。
「「はぁ……」」
深桜ちゃん、ちょっと根暗じゃない?
……なんだかすごく温かい。
視界が次第に開いて来る。
なんだ? 枕か?
どうも頭の下が柔らかい。でも、俺は神社にいたはず……。
視界が完全に開き、そこには彼方の顔が。
「…………え?」
「あ、おはよう。深桜ちゃん♪」
何が……何が起こってるっ!? 顔を左に向けると彼方の身体が、右に向けると親父と兄貴が呆れた様な嬉しい様なそんな表情をしていた。そして、頭の下の方を見ると――
「っわぁっ!!?」
「きゃっ!」
慌てて跳ね起きソファの端に逃げる。
な、何で俺、彼方に膝枕されてたんだっ!?
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに……」
心底残念そうな彼方。
……何でそんなに残念そうなんだよ。
「恥ずかしいっつの!!」
「おいおい、深桜。こんな美人な母親の膝枕だぞ?」
「ワガママ言うなよな」
「アホ言え! 高校生にもなってそんなこと出来るかっ!」
やっぱり深桜はまだまだ子供だな、と笑うクソ共。この野郎。
反論しようとした時、居間の扉が勢い良く開いた。
そこにいたのはバスタオル一枚の世胡。
「ごめんねっ!」
「のぐぁっ!」
な、なんだぁっ!? ってか抱き付くなよ!
もがいてももがいても世胡は離れない。ちょっ、マジでヤバ……あぁっ!
ソファと扉の間にはバスタオルが一枚。目を見開いて固まる親父と兄貴と彼方。
や、柔らかいものが……。
「ごめんね、深桜。深桜が私の事が好きだったなんて知らなかった。でも私璃桜さんの事好きで……でも、深桜には嫌われたくないし……あぁもう、とにかくごめんね!」
「わ、分かった、分かったから! いい加減離れろ服を着ろ!」
「うん……え?」
世胡はやっと俺から離れてついでに自分の状態にようやく気付いたらしい。
「い……いやぁあぁあぁああぁぁぁぁぁぁっ!!」
耳元に悲鳴を残してあっという間に居間から出て行った世胡。
うぅ、耳がキーンってする。
妙な興奮覚め遣らぬままに微妙な空気が辺りを包む。
うーん何だろうねこの空気は。それにしてもごめんねってどういう事だ? ……ん? あれ? 世胡の奴俺が世胡の事好きって知らなくてとかなんとか――っ?!
「なんでっ!? なんで世胡が俺の想いを知ってんのっ?!」
なんでっ? なんだって今更バレんだよ! 今そんなこと知れたらややこしい事になるに決まってるだろうっ!? 大体誰にも言ってな……。
「あぁ、俺が言った」
はぁ? 今、何つった?
そんな馬鹿な話あるかよ。誰にも言ってないんだぞ!
兄貴は微苦笑しながら俺を見る。
「何でって顔してるな。ってかよ、深桜。お前バレバレだったぞ」
「うそっ!」
「マジだ。お前の気持ちに気付いて無かったのは多分親父と世胡だけだったよ」
そ、そんなに分かりやすかったのか……。ってか、世胡、お前はやっぱり気付いて無かったんだな。スゲェ虚しい。
兄貴は今度は微苦笑を崩して何とも言えない顔で、
「あと、義母さんに一目惚れしてたろ」
「っ! そ、そそそそんな訳!」
だから、兄貴は何で分かるんだ?
チラッと彼方を見るとそれはそれは困ったような顔で俺を見てた。
うぅ、何か罪悪感が。
と、そこで今まで何も言わずに考え込んでいた親父が突然声を上げた。
「よしっ! お前達、今から家族会議を始めるぞ! 新しい母親が来たし、深桜も俺達には言いたい事があるんじゃないか? 世胡と璃桜にだってあるだろうしな」
……何か初めて父親って感じだ。頼もしく感じる。
あれ? でも、世胡はまだ……。
「世胡ちゃん、バレバレだよ」
兄貴が苦笑しながら居間の入口に向かって呼び掛けると世胡は恥ずかしそうにモジモジしながら出て来た。
やっぱりさっきのを気にしてたらしい。そりゃそうか。
「じゃ、第一回家族会議を始めようか」
そして、家族会議は夜明けまで続いた。
数日後。
家族会議で決まった事は彼方は母さん、世胡は姉さんと呼ぶ事になった。しかも、学校でもそう呼ばないといけないらしい。
まったく、堪ったもんじゃない。まぁ、かな――母さんと姉さんに泣き落とされたからアレなんだけどさ。
それから、俺が母さんと姉さんに抱いていた想いは後腐れ無くスッキリと解消した。
もうあんな事にはならない……と思う。
と、まぁ家族会議についてはここまでにして今の俺の状況を説明しようと思う。
俺は教壇の側でそれはそれは可哀相なモノを見る様な生暖かい視線に晒されていた。
理由はもちろん、我が母と姉だった。
つい先日親父と母さんは籍を入れ、正式に春宮家の一員になった。その報告の為に親子三人で教壇の側に並んでるという訳だ。それで、兄貴に言われた通り俺は分かりやすいんだろうな、クラスメイト達の反応を見る限り姉さんが好きだった事も母さんに一目惚れした事も知ってたように思える。じゃなかったら暴動ものだもんな、これ。
「御薙改め春宮彼方です。皆さん、苗字が変わったけどよろしくお願いします」
「えーと、親子共々よろしく」
母さんは淑やかに、姉さんは恥ずかしそうに挨拶した。
はぁ……。
自然と溜め息がでる。
運が良いのか悪いのか、全然分からないこの状況。幼馴染みは兄嫁、幼き日のあの子は義母。なんっつー星の下に生んだんだと神か母どちらにともなく叫びたくなるけども、今ではこんなのも悪くはないかなと思ってる自分がいる。
そんなことを思ったせいか、クラスメイト達の憐憫の視線とは対照的に顔は自然と弛んだ。
「ド天然なヘッポコ母と抜けてる姉ですが皆どうかよろしく」
こうして、俺の母と姉との学校生活が始まった。
いかがでしたか?
万が一、億が一、人気(あれ、何か違う?)が出たら連載したいなって思ってます。
評価・批評・感想を心待ちにしてます。