幸せの色
ある森の小さな小さな生き物たちのお話。
その森は小さな動物だけが住んでいる、すてきなすてきな森。
その森のみんなはおいしい草や実を食べて仲よく幸せに住んでいました。
でも、その森には一匹だけ大きなくまが住んでいました。
そのくまがなぜこんなところにいるのか、どうして仲間がいないこの森に住んでいるのか、それはみんな知らないけれどくまは住んでいました。
森のみんなは、いつか自分を食べてしまうであろうくまを嫌っていました。
くまも自分が嫌われていることを知っていたのでいつも森の深い深いところにたった一匹で住んでいました。
そんなくまにも実は夢があったのです。
くまはその叶うことのない夢がいつかきっと叶うと信じていました。
その夢というのは森のみんなと友達になること。
ですから、もちろんみんなを食べてやろうなんて考えたこともありませんでした。
みんなと仲よくなりたくて、食べるものは草や実、それにきのことか。
どれもくまにとっては本当においしいとは思えなかったけど、それでもみんなと仲よくなりたかったのでくまは我慢してそれらを食べ続けました。
しかしそれでも森のみんなはくまのことを嫌いました。
「一人であんなに食べてしまったら森の食べるものがなくなってしまう」
「きっとあいつは自分たちを餓死させる気なんだ」
くまは他のみんなより何倍も大きい体をしていたので食べる量もみんなの何日分もの量を食べてしまうのです。
だからくまは食べる量を減らすことにしました。
毎日毎日食べる量を減らして、いつしかくまは何も食べなくなってしまいました。
お腹が減って減って、水を飲んでは自分の胃をごまかして。
そんな生活をおくってもくまは決して誰かを殺して食べようとはしませんでした。
自分がそうしていればきっといつか、友達になってくれる、そう本気で信じていたから。
そんなある日、一匹の鳥が森にやってきました。
その鳥は森のみんなが見たことがない不思議な綺麗な色をしていました。
みんなその鳥に興味津々で鳥が木の枝に止まると次々に話しかけました。
鳥はみんなが投げかける質問にとても利口そうに笑ってその場にいるみんなに聞こえるように言いました。
「ぼくはずっとずっと遠いところからやってきたんだ。どうかこの森に住ましてくれないかい?」
その小さな鳥は小さな動物たちに大歓迎されました。
そして誰かが言いました。
「そうだ、この鳥さんの歓迎会をしよう」
みんなその意見に大賛成しました。
「それはいいね」
「うん、さっそく準備をしよう」
「たくさん木の実を集めるよ」
「たくさん花も摘んでこよう」
「鳥さん、ぜひそうさせてよ」
「そして遠い遠いところの話をたくさん聞かせておくれよ」
鳥はさっきと変わらぬ笑顔で「ありがとう」と言いました。
「じゃあその間、僕はこの森を見て回っていいかい? ここがどんなところかもっと知りたいんだ」
鳥の言葉にみんながうなずき、自分が案内しようと言う動物もいましたが鳥は首を振りました。
仕方ないのでみんなは鳥に一つだけ注意しておくことにしました。
「この森はとてもいいところだけど奥にはあまり行かない方がいいよ」
「どうして?」
鳥が首をかしげるとほかの動物は困ったように言いました。
「実はこの森には一匹だけ大きなそりゃあえらく大きなくまがいるんだ」
「そいつはいつか私たちを食おうとしてるのよ」
「こないだだって僕たちの食べ物を全部取ろうしたんだよ」
「キミがあいつのところへなんて言ったらきっとあいつはキミのことをペロリと食べてしまう。なんだってあいつは今頃とてもとてもお腹を空かせているだろうからね」
「どうしてそんなことがわかるのさ」
「そりゃあいつが自分の家から出てくるところ何日も見ていないからさ」
「じゃあもう死んでしまっているかもしれないってこと?」
「いいや、あれはきっと俺たちを油断させようとしてるんだ。だから余計、あいつが住んでいる森の奥へは行っちゃいけないよ」
そう言って森のみんなはくまの悪口を鳥に言い始めました。
鳥は全て聞いていたらいつまでたっても終わらなさそうだったので「わかった」とてきとうにうなずいきみんなから逃げるように飛んで行きました。
逃げるように飛んで、そして鳥はくまのところへ行こうと思いました。
あんなにみんなに嫌われているくまに興味がわいて一度会ってみたくなったのです。
森の奥へ奥へ飛んでいくと、くまの住みかだと思われる家はすぐに見つかりました。
鳥は地面に足をつけてドアをノックしてみました。
鳥は少しドキドキしていました。
一体どんなくまが住んでいるんだろう。
でもいくら待っても中からくまが出てくるどころか声すら聞こえません。
まさか本当に死んでしまったんだろうか。
鳥がドアを開けてみるとドアはすんなりと開き、鳥は息を飲みました。
くまはもう何日も物を食べなかったため、体は痩せ、小さくなり、森のみんなが言っていたほど大きくはないし、鳥が知っている熊よりも何倍も小さくなっていました。
くまは地べたに座り込み、ピクリとも動かない。鳥が家の中に入ったことすら気がついていないようでした。
鳥がおそるおそる近づいてみるとくまの目がうっすらと開きました。
「あ……。こ、こんにちは。きみがくまさんかい?」
鳥が尋ねるとくまはかすかにうなずいてみせました。
「君は……?」
「ぼくはごらんのとおり鳥だよ。今日この森へやってきたんだ」
「そうなんだ……。じゃあはじめまして、なんだね」
くまの声は小さくかすれ、今にも消えてしまいそうなものでした。
「君は、僕のことをみんなに教えてもらわなかったの……?」
「聞いたよ、聞いたから来たんだ。ねぇ、どうしてきみは動物を襲わないの? きみは肉食の動物でしょ?」
「……」
「我慢することないじゃない、生き物が生き物を殺してしまうことはしょうがないことだよ。生きるためなんだもん、例えみんなから嫌われたとしてもきみがそれを気にする必要はないだろう?」
鳥がそう言うとくまは少しの間黙り込み、どこか懐かしい、尊い物を見ているような目をしながらゆっくりと口を開きました。
「僕はね……その、少し恥ずかしいけど、みんなと友達になりたいんだ」
「え……?」
「僕は、気がつくとこの森にいて、どうしてこの森にいたのか、お父さんやお母さんがどこへ行ってしまったのか。全然わからないんだ」
「……」
「一匹で寂しくて寂しくて……。でもね、そんなときに森の方に耳を澄ますと、いつでもみんなの楽しそうな声が聞こえてきた。その声を聞くと心に暖かい何かが灯ったような気がした。自分は一人ぼっちでここにいるんじゃないと教えてもらえた気がした。……僕はそんな声を自分で殺すことなんてできないよ」
「……でも、あいつらはきみの悪口を言っていたよ」
「そうだよね……」
くまは力なく口の両はしを上げ困ったように笑いました。
「でも、僕はみんなに救われていたから。やっぱり無理だよ。そんなことより僕は、一度でいいからみんなと笑ってみたいんだ。あの楽しそうな声に混ざってみたいんだ」
鳥は自分の目の前にいるくまのことをとても哀れに思って、悲しくなって、涙を流しました。
自分はこんな辛い思いをしているのに。
こんなボロボロになってしまっているのに。
みんなと仲よくなれることなんてないのに。
それでもこのくまはいつか笑えると信じて。
信じて。
信じ続けて。
なんて、なんて……。
「……もしかして泣いてるの?」
くまが鳥に尋ねます。
そして鳥は気づきました。
くまは自分の姿が見えていないのだと。
視力をもうほとんど失ってしまっているのだと。
鳥は余計に涙を流しました。
「どうして泣いているの? どうしたら泣き止んでくれる?」
くまは自分のことで泣いているとはこれっぽっちも考えていないのか心配そうな声で鳥に話しかけます。
「泣いてないよ。泣いてない。きみの勘違いだよ」
鳥が嘘をつくとくまは安心したような顔をしました。
「でも……不思議だね、どうして君は僕の話を聞いていたのにここへ来たの? ここに来る動物なんていないと思っていたのに」
「……それは」
鳥が生まれた森は、鳥のことを嫌いました。
「変な色」
「親は普通なのになんでこいつだけこんな変な色をしているんだろう」
「この森でそんな色をしてるのはあいつだけだ」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
そう言われ育ってきました。
鳥は森のみんなが大嫌いでした。
嫌いで、嫌いで、嫌いで。
いつもイタズラや嘘をしてはみんなを困らせ、余計に嫌われていました。
一匹でいるのが当たり前でした。
素直に笑えないのが当たり前でした。
でも鳥はある日ふと思ったのです。
もしかしたら、もしかしたらどこかに自分と同じ境遇の動物がいるかもしれない。
そんな動物となら自分は素直に、楽しくお話ができるかもしれない。
そんな動物となら、自分は笑って暮らせるかもしれない。
だから鳥は森を抜け出し、遠いこの森へとやってきたのです。
嘘は付きなれているので、森のみんなを騙すのは容易いと思っていたのですが、まさか今まで散々バカにされてきたこんな色をした自分を歓迎してくれるとは思ってもいなかったので鳥は何か裏にあるのかと実は少しドキドキしていました。
ですから、そんなことがあるならそれを暴いてやろうと鳥は一人になりたいと言ったのです。
でもくまの話を聞いて自分と同じように嫌われているくまがどんな動物なのか気になったのです。
もしかすると自分が探していた自分と似たようなくまなのではないかと。
周りを憎み、恨んでいるのではないかと。
でも全然違った。
くまは自分の何倍も純粋で疑うことを知らなくて。
そんなくまを自分と同じとするにはあまりに自分が汚すぎたと思いました。
「鳥さん、どうしたの?」
くまに話しかけられ鳥ははっとなりました。
こんな理由、到底くまには言えません。
「き、今日森のみんながぼくの歓迎会をしてくれるんだ。だから、きみも誘おうと思ったんだよ」
まさに口からでまかせでした。
嘘です。
でも、これはいつも鳥がつくような誰かを貶めるためのものでもありませんでした。
どこか願いすら入っているような、そんな嘘でした。
くまは大変びっくりしました。
「でも……僕が参加なんてしたら他のみんなが逃げてしまうよ」
「大丈夫だよ、きっと。大丈夫。だから行こうよ」
鳥がそう言うとくまはとてもとても、それは本当に嬉しそうに笑いました。
くまの体力はだいぶ衰え、鳥が歓迎会の会場に行くには大変時間がかかりました。
森のみんなは鳥が森の中で迷っているのではないかと心配しましたが鳥の姿を見ると安心し、その次はみんな悲鳴をあげました。
鳥の後ろにいるくまの姿を見たからです。
みんな、くまが鳥を狙っているのだと思いました。
その次には自分たちも狙われているのだと思いました。
「鳥さん、危ない!」
「あっち行けよ!!」
みんなが口々に叫び、そこらへんに転がっている石を拾ってくまに投げつけようとしました。
「待って、待って! 違うんだ、どうかぼくの話を聞いて!!」
鳥はそう必死に叫びますがみんなの声があまりに大きすぎて鳥の声は消えてしまいます。
「鳥さん早く逃げて!」
「消えろ、消えろ!」
「ただ、ただきみたちと仲よくなりたいだけなんだよ!!」
「この森から出て行け!」
「そうだ、出て行け! 出て行け!!」
「出て行って、とっととくたばってしまえ!」
「くまさんはぼくの友達なんだ!」
そう鳥が叫んだ瞬間みんなが黙りました。
さっきまであんなにも耳がおかしくなりそうなほど大きかった声は全て森から消え去り、鳥は何事かと思いました。
みんな鳥ではなく、くまのことを見ているようでした。
鳥が振り返ってみると、くまはその場で倒れてしまっていたのです。
そう、くまの限界がついに来てしまったのでした。
鳥は急いでくまに駆け寄りました。
「くまさん! くまさん!! しっかりして、くまさん!!」
鳥が叫ぶとくまはそのほとんど見えない目をうっすらと開けて笑いました。
「……僕は幸せだなぁ。みんなの声がこんな近くで聞こえるし、君のような友達もできた」
「違う、違うよ。ぼくがキミに聞かせたかったのはこんな、こんな声じゃないっ」
鳥は再び泣き出し、その涙がくまの顔に落ちます。
「それに久しぶりなんだ、こんなきれいな青空を見たのは……。これも君が歓迎会に誘ってくれたおかげだね、こんなに幸せなことはない。僕は最後の最後まで本当に幸せ者だ。……ありがとう」
そう言ってくまはもう二度と動かなくなりました。
そんなくまを包むように空の上の星たちはいつまでも、いつまでも静かに輝き続けていたのでした。
~fin~
鳥の色はくまにとって幸せの色でした。
ご覧いただき、ありがとうございました。