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英雄譚の始まり

作者: そらきち

縦書で読んでくれると、ありがたいです。

『ちゃんと聞こえてる?』

 スピーカーからノイズ交じりの声が聞こえた。チューニングをしながらマイクへと声を飛ばす。

「ばっちりだぜ」

 画面の中の波形グラフが一瞬跳ねる。どうやらこちらの声もあちらに届いているらしい。

 足元で絡み付いているコードを慎重に退かしながらパソコンとは別のモニターを設置していく。ハンダ付けをしていくうちに室内の空気が澱んでいくのがわかった。独特の焼けたような焦げたような嫌な匂いに包まれていくうちに頭がクラクラとしてきた。急いで立ち上がり窓を開け放つ外界の空気が一気に流れ込んでくる。春の雨の匂いがした。

『早くモニター設置してよー。くらいよー』

「あーはいはい」

 生返事を返しながら窓の外に広がる景色を見渡す。

 小さいころよく遊んだ公園。母と一緒に行った商店街。

 そして、あの道路。

 他の人にとっては何でもないような道路でも、俺にとっては重要な意味を持つ。

 忌々しいあの道路。

 三年前から何一つとして変っちゃいねぇ。

 逃げるように視線を道路から外し、作業へと戻る。この三年間で変わったものと言えば、この部屋の様相くらいだ。昔はもう少し綺麗にしていたような気がする。もっとも記憶は定かではないが。

 結局、一番変わってないのは俺だな――と自重しつつもモニターを設置する作業はやめない。手は決して止めない。

 作業はいい。何も思考しなくて済む。

ハンダ付けの終った基盤を接続していく。

三年間を取り戻すように、というわけではないけれど、それなりに一心不乱に。

 不思議と心の中は凪いでいた。十八年生きてきた中で最も落ち着いているかもしれない。だがそんな俺の心とは裏腹に心臓は早鐘を打ち、手のひらは震え、汗ばんでいる。

「――――っう!」

 部品の端で左手の甲がザックリと切れた。興奮状態にあったせいかだくだくと血が流れ続ける。基盤に血が付着してしまわないように急いで手を退ける。流れ出る紅色が床に流れ落ちる。

 白いタオルを何枚も穢しながら圧迫止血を行う。無事応急手当は終わったものの、どうしても怠さが拭えない。貧血。

「っあー……」

 血で染まったタオルを見て、厭なモノを思い出してしまった。

 三年前。

 必死に止血しても、止まらなかった。

 赤い液体は、流れ出してくる。

 自分の白いワイシャツが、赤黒く、どす黒くなった。

「…………」

 思い出すな。

 頭に浮かぶ光景を振り払うように、再び作業に戻る。最後の仕上げだ。

 モニター背部の螺子を全部絞めて、完成。

 コンセントにプラグを差し込み、モニターの電源ボタンを押しこむ。暗闇だったモニタの画面の中に光が差す。軽快な音とともに設定画面が現れる。埋もれていたキーボードをひっぱり出してきて軽快な動作であらかじめ決めて置いた数値を入力する。設定完了。

マイク、カメラの接続を済ませ、完了のエンターキーを押し込む。

『おおー!世界が明るいよー!』

 一瞬の間の後に画面が切り替わり、女の子の顔が映り込む。茶髪のショートヘア、黒目がちな目、整った眉毛、長い睫、細い顎、形のいい耳、かわいらしい口元、耳たぶにあるほくろ。

 俺よりも三歳ほど幼いであろうその顔は、間違いなく俺の幼馴染である、みぃの顔だった。

『あははー!見える見える丸見えちゃうよ!いやー老けたねっ!ホントだマジマジ超マジだ!何一人だけ歳喰ってんだよずりーなもう!』

「うわうっせぇ」

『うっさいとは何さうっさいとはー!ひっでぇ!』

 三年ぶりに再会した幼馴染は、どこまでもハイテンションだった。




 自己紹介、というものが小学生の時分から嫌いだった。どうしてわざわざ個人情報晒す必要があるのか、とずっと考えていた。今ならわかる。あれは弱みの見せ合いだ。お互いの弱い部分を見せて群れを作ろうとする、本能的なモノなんだ。そう無理やり納得しながら反吐が出るほど不快で嫌いな自己紹介をするとしよう。

 俺の名前は蔵田凛壱。一八歳。趣味は機械いじりで特技は――――人工知能の作成。

 現在、つまり二〇四二年でも完全な人工知能というのはいまだ開発されていないが、それを俺はたった今作り上げた。

 俺は三年前に交通事故で死んだ幼馴染である御堂岬、つまりみぃを人工知能として生き返らせた。別の次元の人間として、再び生を与えた。

 どうしてこんなことが、一人の人間をデータとして生き返らせることができたか。それにはもちろん理由がある。

 その説明をするにはまず、とあるシステムについての説明をしなくてはならない。

 《図書館》というシステムについて、だ。

 《図書館》というのはこの日本王国に住む国民全員の身体精神ありとあらゆる個人情報をリアルタイムで観測、記録蓄積する究極の監視システムだ。この監視システムは二〇二〇年に起きた通称、平成内乱の再発を防ぐためのものであり、反乱分子を即刻排除するための行き過ぎた管理人だ。実際このシステム以来二十二年、反乱はおろか犯罪自体が激減している。もっとも「犯罪をしようと考えた瞬間に処刑される」、ゆえに「犯罪を行うものがいなくなる」のだけれど。

 現在の憲法制度では生後二週間の時点でデータや位置情報などその本人の全てを暴露する腕輪がつけられる。この腕輪というのが実に厄介で、『生きている』のだ。自分の体に完璧にフィットするように右手首にへばりつき、一生離れることはない。つまり一生縛られる、呪いの腕輪なのである。

 この腕輪からの解放条件は、死ぬこと。

 部屋の隅に投げつけておいたさびれた腕輪。

 そう、俺はこの呪いの腕輪を外している数少ない人物だ。

 一度死んだ――――というわけではなく、単純にみぃの事故の巻き添えを食らって右腕が吹き飛び、その際に腕輪がエラーを起こしたのか俺は『死んだ』ことになっている。故に死んだ人間の疑似蘇生などという国家権力からしてみれば厄介な、つまり反乱分子ととられかねない行動もばれずにここまで生き永らえたのである。

 図書館にハッキングしデータを得ることは容易かった。何故なら完全に図書館から離れた俺はそもそもセキュリティなどに反応しないわけで。

 強行突破して直接データを盗むというアナログで古典的な方法でクリアすることができた。

 ちなみにいま俺の右手は義手だ。痛覚を感じることもなければ疲労を感じることもない。実に素晴らしい義手だ。この義手を作って食てた人やハッキングなど電子工学系を教えてくれた人もいたけど――――まぁそんなことはもうどうでもいい。

 こうして俺は御堂岬を形成するすべてのデータを手に入れたのだった。思考パターンから性格、ちょっとした癖まで全てを網羅すれば人間一人を産むことなんて、簡単だ。

 すべての法則を知れば、世界だって演算できるのだ。

 まぁそんな小難しい話はどうでもいい。

 俺は、遂にみぃを生き返らせた。

やっと、ここまで来た。

 左の手の甲のジクリとした痛みと焦げ臭いにおいがその実感を強める。右肩の付け根の義手の接合部が疼く。跳ね飛ばされ、肉塊となったみぃと自分の右腕の光景が頭をよぎる。

 血が通ってない右腕が、脈打つようにさえ感じられた。

 唇を湿らせて、マイクに向かって発声する。

「なぁ」

『んー?なんじゃらほい?』

 画面越しの彼女がこちらを向き、能天気な声で返事をする。部屋の中で音が響く。

 そう。俺はみぃに逢いたかったから再生したわけではない。いやもちろん逢いたかったのもあるが。

 知りたかったのだ。

 この世界の構造を。

「お前、なんで轢かれたの?」



『…………え?』



 みぃの顔から笑みが消え、数瞬の空白の後に声を絞り出す。部屋の中を風が蹂躙する。設計図の束やら何やらがすべて窓の外へと消えていく。窓の外には、満天の星空が展開されていた。綺麗だ、と素直にそう感じると同時に、なんて穢いのだろう、とも感じた。決して届かない星を見たって、何も変わりゃしないのに。

 モニターに映るみぃの顔が真っ白になっている。俺の疑問に戸惑っているみたいだ。

 《図書館》では二十四時間体制で四六時中場所データの把握をしているはずだ。そして《図書館》のデータベースとリンクしながら人間を自動で避けるはずの無人運転システムを搭載した車にみぃは撥ねられている。この事態についてこの三年間、いくつかの仮説を立てている。

仮説Ⅰ。ただのエラーである。

これだったら平和的だ。俺とみぃは今後も仲良く二人っきりで暮らして、そして死ねるだろう。

 仮説Ⅱ。図書館システムには穴がある。

 これだと非常にまずい。さすがにこの事実がわかってしまえば俺はこの事実を広めなくてはいけないし、最悪反乱軍の主要メンバーにだって成り得る。図書館は人間にとって害悪だと俺は考えている。なぜなら、管理されるほど楽なことはない、故に人間はいずれ権力者、いや図書館自体に支配を受けるのでは、という仮説を立てているからだ。

 そして、最後の最後。大穴にして大本命。

 仮説Ⅲ。みぃは《図書館》に殺された。

 その場合、みぃは何かを知っている。《図書館》を殺せるほどの切り札を、持っている。

 《図書館》が処刑ではなく、もっと秘密裏に隠蔽したい事実を、みぃが持っている可能性。

 俺はこの仮説を立証するために、みぃを再生したんだ。

 その情報があれば、もしかしたら《図書館》に一矢報いることができるかもしれない。

 みぃを殺した、《図書館》への復讐が。

 できる、かもしれない。

「みぃ、お前はどうして轢かれたんだ?」

『な、なに言ってんのさ……まったく。あれは事――――――』

「本当に、事故なのか?」

『――――っ』

 画面の中のみぃが唇を噛む。血は出ないが。

「みぃ。お前は――――」

『何も、知らない』

「みぃ?」

『本当に、何も知らないんだってば』

「お、おい?みぃ?」

 みぃの顔が少しずつ悲しみを湛えていく。

『知らないから、私』

「みぃ?…………だよな?」

『知らない!知らない!知らない!』

「落ち着け!みぃ!」

『ぁああああああああああううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』

 みぃは、叫んだ。絶叫した。ありとあらゆるすべてを憎むような声で。部屋の中を暴れ回り、蹂躙し、弾き飛ばした。

 どういうことだ?

 おかしい。

 なんでこんな、トラウマを抉られたみたいなリアクションを?

 どうして?

 まさか。

「おい!みぃ!答えろ!」

『――――――――――な――に?』

 瞳孔の開いたままこちらを見据える。

「お前、あそこで死んだんじゃなかったのか?」

 あの肉塊で、生きているはずが――――

『生きてたよ』

 え?

『あの姿から再生されて、拷問されて、辱められて、奪われて、嬲られて』

『生きてた』

 つまり、

「お前は、ずっと生きてた」

「そして、何かを守ってきた」

「隠し通してきたのか?」

『うん』

『いつか、こういう日が来ることを信じて』

『この世界を、殺すための、切り札』

『知っちゃった、から』

「切り札って?」

『そのデータ、ここに置いとくよ』

「―――――――――これは」

『そう。《図書館》システムの、本当の狙い』

「…………どうして、俺に?」

『…………だって』

『私が、困ったとき、いつも助けてくれたから――――』

「――――――――」

 みぃは、俺を頼って、ここまで来た。これを持ってきた。今の俺を占めるのは、その事実だけだった。

「そっか」

「なぁ、みぃ」

『なに?』

「俺さ、今から大犯罪者か大英雄になるっぽいんだけどさ――――ついてきてくれるか?」

『…………私がお姫様なら、一生、ううん二生、ついていく』

「ああ、もちろんだ」

『――――ちゃんと聞こえてる?』

「――――ばっちりだぜ」

                はじまり


SF系プロローグのみストーリーでした。続きなんてありません

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