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夕焼けの記憶

作者: 神嶋桜貴

「夕焼けって、なんだか切なくなるよね。なのに何故か、ずっと見ていたくなる。不思議だよね」


 君がそんな事を言ったのは、いったいいつだったかな。

 俺たちが小学校の頃?

 いや、もっと大きかった気がする。

 あれはきっと、高校一年の秋。

 君はその言葉を残して、俺の前から消えたんだ。




『夕焼けの記憶』




 頭上で葉のこすれる音がする。

 その度に太陽の光がちらちらと瞼の上を踊る。

 ああ、なんて気持ちがいい日なんだ。


「やっぱりここにいた」


 女性の声が降ってきて、微睡んでいた意識が覚醒する。でもまだあの余韻に浸っていたくて、目を開けないまま返事をしてみる。囁かな抵抗だ。


「ちょっと、人がせっかく来たのにその態度は何よ」


 まったく失礼なんだから、なんて言いながらも、彼女はちょこんと隣に座る。茶色がかった髪が、ようやく開けた目に映った。無意識に眉を顰める。


「何?まだこの色に慣れないの?」

「……別に」


 ぶっきらぼうになってしまった声に、彼女は少し苦笑した。そして何事も無かったように視線を前へ向ける。目の前には、暮れ始めた太陽の光を反射して、キラキラと輝く川がゆっくりと流れていた。

 数日前、突然髪を染めてしまった彼女。それが納得できなくて、意地悪な疑問をぶつけてみる。


「なんで染めちゃったの」


 彼女がきょとんとした顔で振り返る。何度か瞬きをした後、また苦笑した。


「たまにはイメチェンもいいじゃない?皆だって染めてるし。私としては結構似合ってると思うんだけど……」


 黒の方が良かった、という言葉を飲み込んで曖昧に頷く。彼女はやっぱり困ったように笑った。その笑顔に何故が胸が締め付けられて、彼女から視線を外した。


「……どうして俺がここにいるって、分かったの」

「すぐ分かるよ。ここ、お気に入りの場所でしょ?」


 お気に入りの場所。

 そんな事、考えたことも無かった。本当にそうなんだろうか。視線を上げて辺りを見渡してみる。でも何も実感は沸かなかった。


「何かあると、君はいつもこの木の下で夕焼けを見てる」

「そうか、そうかもしれない。えりは良く見てるな」


 つぶやいた言葉に、彼女は寂しそうに笑う。


「……君はまだ、私の事をえりって呼ぶんだね」


 目を伏せる。そんな事を言われても、えりはえりだ。でもきっと、そんな事を言えば彼女を傷つけるだけだろう。だからこれ以上何も言わない。

 まあいいよ、そう言って彼女はまた川を見つめた。その横顔が見れない。ああ、と嘆息する。いつも一緒にいるのに、いつもどこか遠いまま。彼女が悪くないことぐらい分かってる。分かっているのに、まだ諦めがつかない。

 そんな事を隣で思っている事を知っているのか知らないのか、彼女がぽつりと言葉をこぼす。


「夕焼けって、なんだか切なくなるよね。なのに何故か、ずっと見ていたくなる。不思議だよね」


 はっとした。驚いて伏せていた目を彼女へ向ける。

 どうして彼女がその言葉を知っているのか。だって、えりは全て忘れてしまったんだろう?

 なのに彼女はしっかり背を伸ばしたまま、赤く燃え上がるような景色を見つめている。その姿が、あの日最後に見た君と重なった。


 あの日。

 高校一年の秋。

 夕焼けが切なくて、でもずっと見ていたいと言った君。

 君はあの後、事故にあって生死の境をさまよった。

 そして命を取り留めたとき、それまでの記憶を全て失っていた。

 両親のことも、生まれてからずっと一緒にいた幼なじみの事も全て。

 大好きだった恵理。

 なのに何をやっても記憶は戻らなくて、時が経てば経つほど、記憶の中にある恵理と彼女は違っていった。


 俺を忘れた、俺の知らないえり。


 なのに君を嫌いになる事なんて出来なくて。

 でもえりを好きになったら、恵理が消えてしまう気がしていた。


 でもそうか、俺たちが生まれてから綴った物語は彼女の中から消えてしまったけど。

 恵理は変わらずそこにいたのか。


 相変わらず夕焼けを眺めたままの彼女にならうように、俺も夕焼けへ視線を向ける。なんだか気分がいい。


「うん。えりは恵理だ」


 まったく話の流れに逆らう言葉。なのに彼女は俺の言おうとした事がわかったんだろう。柔らかい笑みを浮かべて、嬉しそうに言葉を紡いだ。


「そうだよ。私は恵理よ」




『君と俺の、夕焼けの記憶』



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも楽しんでいただけたら、嬉しいかぎりです。


これからものんびり投稿していこうと思うので、宜しくお願いします。



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