ミルクティの白昼夢
アイザワくん視点
膝を叩くと彼が寄ってくる。俺がそうしろと、いつもねだるのを覚えていて仕方なさそうに、だるそうに裾を踏んずけながら移動し膝の上に乗る。
「アイザワくん」
意味もなく俺の名前を呼ぶ彼は、俺のカレシだ。誰に言われようと、引かれようと俺のもんだ。
「よーチャン」
服に手ぇ突っ込んで、さらさらした腹のあたりを撫でていたら腕を掴まれた。いちゃいちゃしてそーゆー流れに持ち込もうとしたのがバレバレだったか。
「アイザワくん?」
おうよ、と知らないフリして返したらよーチャンが振り向いて体勢を変え、俺を真正面にしてくっついてきた。胸に顔をくっつけて、コアラの子供みたいにして。
膝の上に座らせて、こんなぴったりくっついて。
「…おっ、おい」
戸惑って見せて心の中でガッツポーズ!部活でベスト4に入った時より嬉しいかもしんない。すっげえコーフンしてんのを抑えて何とかよーチャンの目を見る。
今日は雨が降るかもな。
よーチャンはいつもボサッとしてて、付き合ってんのも気持ちを聞いて断らなかっただけ…そんな感じで、エッチだってすげえマグロだし…ていうか毎回俺が襲い掛かってんだけど。挑発にエロい言葉を囁いてみても「おれ、そうなの?」なんて不思議そうに逆に聞き返される始末。
そんなよーチャンが、よーチャンが…。
俺に抱き着いてるよ…。
ああ幸せ。
やべえ、俺から抱き着いてもよーチャンからなんて一回もねえのに。
ホントに恋人か疑ってたのに。
これってさ、いいんだよな?
手ェ出してもイイってサインなんだよな、なあよーチャン。
「…シよ」
つむじにキスして肩に手を置く。
「…ん」
これはイイってことか?
そうなのか?
いつまでも顔を上げないよーチャン。照れ隠しかと思い優しく、できるだけ優しいーーく頬に触れた。
「ほら顔上げて」
きしょいくらいに穏やかに。
そんで――…俺は、よーチャンてものをもっときちんと知ってなきゃいけなかったみたいだ。
付き合える前は知らなかったよーチャンのこの鈍感さとマイペースさ。イライラしてはなんとか抑えていた。
だけど、俺がせっかく優しくしてやってんのに…コイツは。
「…んー」
待っているのに顔をあげないから照れたのかと内心ニヤニヤしながら覗き込むと、すやすやと、気持ち良さそうに俺の胸に抱かれてよーチャンは寝ていた。
「……んだよ」
…むかつく。
なんだこいつ。
なに寝てんだ。
たまらず膝上からよーチャンをふるい落とし、ソファの足近くに転がした。優しくしたのが馬鹿みたいに思えてきて軽く脇腹を爪先で蹴るとよーチャンの口端からヨダレがたれた。
寝付き良すぎんだろ…つーかムードとか考えやがれバアカ。この。
くそ。
付き合う前はもっとかわいかったのに。従順で、俺の言うこときいてくれて…結局何も考えてないだけって最近知ったけどさ。
何で俺、こいつが好きなんだろ。
単純な疑問が入道雲みたいにむくむくわいてきて、よーチャンのいらつく寝顔を見下ろしながら俺は少し考えることにした。
*
『アイザワぁ、喉渇かねえ?』
俺らの始まりは、サッカー部仲間のこの一言から。
「かわくー、つか今日あちい、体育まじキビぃしな」
『ジュース買いにいく?』
「ダリい、つか動きたくねえからいいわ」
そんときはマジだるくて、飲み物も我慢すりゃあいいか、程度だったんだけど。俺らの陣地、窓際付近を通ったそいつにお節介なダチの目が留まった。
『あっ、なあ!』
ん?と呆けたように振り向いた、接点ゼロの顔だけ知ったヤツ…それがよーチャン。
第一印象はなんとなく、情けないカンジ。
ほら、女子が良く言うじゃん。顔は真ん中くらいなのにクラスじゃハッキリしなくて制服も着崩してんじゃなくヨレてるようなヤツ向けて感情無しに吐く言葉。
『あいつってわけわかんない』
ぴったり。
『吉澤、だよな?な、お前今から飲み物買いに行ったりする?』
「ん、うん」
ダチに聞かれてそう頷いたのがきっと運の尽き。
『ラッキー!わりーけど俺らの分も買ってきてくんない?』
それから、いつの間にかよーチャンは俺ら専属のパシリになっていた。
「アイザワくん、買ってきたよ」
「ん、さんきゅ」
そんな日が一ヶ月くらい続いて。
女子に人気ナシなよーチャンでも、やっぱ集団でパシリに出してたら批判はすごかった。
学校内で女子から反感持たれたら生きてけないサッカー部内の仲間たちは現金なもので、女子のひそひそ話が始まった途端顔を青くして早々によーチャンから切り上げていた。
俺は俺でそのグループの中心にいたし、噂なんかどうでもよかったから毎日よーチャンを呼び付けてはジュースを買いに行かせてた。
…今思えば性格わりいかも。
「あ、吉澤こっちいろよ」
「え?」
仲間は全員課題が未提出で呼び出しをくらっていた。昼休み、俺だけ一人もヒマすぎるので話し相手にはなるだろうなってので引き止める。よーチャン(その時は吉澤って呼んでたけど)の買ってきた炭酸飲料を飲みながら二人で向かい合う。前の席の椅子を借りてよーチャンが座った。
「な、吉澤…ゲフ」
炭酸の二酸化炭素が胸から上がってきてゲップ。少しだけよーチャンが笑って、俺はその時いいモノを見た気分になった。
だってよーチャンとは金のやり取りだけで表情なかったし。
取り巻きがいないだけでこんなに違うんだ。
仲間に話したら変なカオされるんだろうけど、よーチャンが笑ってくれた、それだけで俺はよーチャンと親密になった気でいた。
そこから心ん中はパシリから一気に昇格、ね。
何に昇格したのかはその時よくわからなかったけどさ。
「吉澤、これ半分飲まね?」
炭酸を余していたのでよーチャンに奨め。
「いいの?じゃ、もらう」
よーチャンはその時すごく意外そうな顔をして缶を手に取った。
たぷたぷ水音のする缶を揺らして唇をつける。薄い唇が飲み口についた瞬間に、俺はきっとよーチャンを好きになっていた。
ゆっくり炭酸を啜る様がやたらかわいく見えて、俺は冷や汗を伝わせ動揺していた。
*
「んん、アイザワくん…」
くぐもる声に気付き目線を下ろす。よーチャンが固かったのかすぐに床から体を起こしキョロキョロ辺りを見回していた。
トリップ中だった俺の服の裾を引っ張って無駄に俺の名前を呼ぶ。
「アイザワくん」
それだけ、名前呼ぶだけ、会話ナシ。腹たつ。
「あ゛?」
「…怒ってる?」
「べつに」
あー、どうしよ。
またイラついてきた。
前に無理矢理やっちゃってよーチャン泣かせた時に誓ったのに。
もう『嫌い』なんて言われないようにしなきゃって。
「アイザワくん、夢に出てきたよ」
短気な俺がぐるぐる脳みそを揺らしていると唐突にそんなことを聞かされた。
「え?」
いらついてる心をせき止める、そんな言葉。腰を落としてよーチャン目線になるとほんのり笑った。
あ、そうだこの笑顔。
ふにゃふにゃしててあんま見れない笑顔。
これだこれ、好きとか理由ねーな、結論。ムカムカが霧散。
だんだん鎮まっていく怒りは自分への情けなさに変わる。
俺、短気。
「んと、お金がさ、100円から50円にかわった時…夢に出た」
よーチャンの言葉はいつも難解だ。パズルみたいに組み立てるのに時間がかかる。
俺が同じこと思い出してなきゃマジ意味わかんねーって。
「割り勘にして二人でジュース一つにしたとき?」
確認すると頷いた。
50円ずつで飲み回し。提案したその日が吉澤からよーチャンに替わった日だ。
「うん、おれさ、その時ちょっと嬉し……ッな、なに?」
思わず首に腕を回してホールドしてた。
よーチャンの口から思い出話なんて。俺のこと好きなのか疑わしいよーチャンが。
「い、いや。わりい」
ついつい煩悩が。襲いたい、挿れたい、てかやりたい。腹から紫の靄がムラムラせりあがってきて、たまらず触れていた。
「あ…っ…あー、とさぁ、なんでんな夢見たのかね」
盛りをごまかすためによくわかんねえこと…と、ちょっと期待で聞いてみたら、やっぱりよーチャンは甘い言葉なんて吐けるやつじゃなくて。
「わかんね」
なんて呟きやがる。
「その時実は心の底では好きだったから、とか言えよ」
俺ばっか、やっぱムキなって。
「実は好きでした?」
即効。心がない台詞、疑問形。
……。
…あ~~。
「やっぱムカつく」
ミルクティでも飲ませてやるか。
牛乳飲めないよーチャンに。
半分こで、無理矢理。
おわり