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何か暖かいものを


――アイザワくんに、襲われた。


人生初の体験だ、男にゴウカンされるなんて。


事件は昨日起こった。

アイザワくんに家に来ないか、と言われて素直に頷いて。

部屋に連れられて二人で音楽を聴いていたんだ。


『アイザワくん、歌詞カードみして』


そう言って身を乗り出してアイザワくんの手元を覗き込んでいたら、いつの間にか押し倒されていた。プロレスごっこだと思って押しのけようとしたらマジメな顔で服の中に手ぇ突っ込んできた。


『アイザワくんやめよーよ』

『……うるさい』


アイザワくんの力は強かった。止めようとするおれの腕をぎりぎり床に押し付けて、唇を何回もかんだ。

背中がぞわっとして、こめかみがアツくなった。

押しのけたかったんだけど、体格差もある。虫みたいにもがいていたけど抵抗するのも疲れてきたおれは面倒くさくなって、乱暴にキスしてくるアイザワくんに体を預けた。


…あ、これゴウカンじゃないや。

おれ、逃げろよ。





「よーチャンジュース買いにいこー」

「おー」

アイザワくんと自販機に向かう習慣がついて、マっちゃんはなんだか苦々しい表情をしていた。

友達としていろいろ心配だって言われた。

アイザワくんはいつもと変わらない。きっと昨日のは何かの間違いか、急に生理現象が起きちゃったからおれで済ませたんだ。

ケツの穴が痛いとかダサい。

ひょこひょこ歩きながら隣をくっついているとアイザワくんが気遣かってくる。

「ごめん痛い?」

昨日のことだ。謝るくらいならするなって言いたい。だけど、申し訳なさそうな表情つくるから。

「んー、まあ」

アイザワくんが眉を下げるから。

「優しかったからそうでもないかも」

キスは乱暴だけど。

ぼん、と隣のひとの顔が真っ赤になった。

あ、マっちゃん発見。

「マっちゃーん!」

駆け寄ってマっちゃんとハイタッチ。

廊下には人がいない。

「ねーマっちゃん」

「ん?」

アイザワくんがおれに追い付いてきた。マっちゃんは犬みたいに近寄るおれに気分を良くしている。

「昨日アイザワくんに襲われた」

「はッ?!」

唐突なおれの告白にマッちゃんの手から緑茶が滑り落ちる。足元に転がる、ぼこんとへこみのついた缶を屈んで拾いマッちゃんに返すと例のごとく背後から殺気が。

「よーチャン」

「アイザワくん」

「コイツに何言ってんだよ」

アイザワくんのこめかみに青筋が浮かぶ。

同じくマッちゃんにも。

「何言ってんだ、じゃねえよ。吉澤を変な道に誘いやがって…襲ったって、てめえヘンタイかコノヤロー」

マッちゃんの瞳がすっと薄くなり、隣に立つアイザワくんを見上げると逆の意味で目を細めていた。ニィ、と少しだけ口角を上げてマッちゃんを見返す。

そうしておれの肩を掴み、アイザワくんの側へと引き寄せた。

「合意だ」

「な」

マッちゃんの顔がさあっと青くなる。

おれはおれでその言葉に疑問を持ったので口にした。

「ゴーカン、でしょ?」


余裕そうなアイザワくんの体が強張る。


「は、だって…よーチャン途中から抵抗しなくなって」

傍らでマッちゃんは『途中からってなんだよ』とキレていた。

「おれ、いいって言ってないもん。アイザワくん力、強いからそれ以上抵抗できなかった」

「なんだよ…それ!」

残念だったな、とマッちゃんが呟いた。

――本当のことをおれは言っただけだ。

アイザワくんが戸惑う理由もよくわからない、とにかくおれの言葉に傷つけてしまったらしい。

肩から離れる手を掴み『ごめん?』と謝るとふざけんな、と怒鳴りおれを自販機へと突き飛ばしてその場から走っていなくなってしまった。


頭の上を疑問符だらけにするおれに、マッちゃんは肩を叩き『気にするな』と言った。





授業中。机の上に皺くちゃに丸められた紙が飛んできた。

周りを見渡すけど飛んできた方向はわからない。新手のイジメかな、と首を捻り紙を開くとそこには汚い字で。

『今日おれんちこい』

たぶん…アイザワくん。




「おじゃまします」

「誰もいねえから」

一人険悪ムードなアイザワくん。部活が終わるまで時間つぶしにマッちゃんといたことがさっきバレた。アイザワくんはマッちゃんが嫌いみたいだ。ろくに話したことないはずなのに。


「アイザワくんテレビつけてい?」

沈黙が嫌で提案するのにアイザワくんは不機嫌そうに「ダメ」と。

「ゲームは?」

「ダメ」

「CD聞きたい」

「ダメ」

「マンガ…」

「ダメ」

じゃあ何ならいいんだよ。家呼んで、ならすることないじゃん。

ムカムカしてアイザワくんを睨むとまた沈黙が生まれた。じっと瞳の奥まで見つめられ、顔を逸らそうとしたらやっとアイザワくんから言葉が出てくる。

「わざとやってんの?」

「え…?」

「昨日されたことわかってて俺んち来てんだろ」

険しい表情でおれを捕らえて、手を伸ばし、肩の痛みに呻く間に視点は変わっていた。


「アイザワく…」

「ゴウカンが優しくすんのかよ」


アイザワくんの肩から見上げる蛍光灯が目に痛い。

低く潰れた声がのしかかる。

「痛…」

「バカヤロー」






「ぁ…イッ!」

「脚開け」

「イタイ、て!」

「知らねえ」


昨日はこんなんじゃなかった。おれは承諾しなかったけど、勝手にやられたけどもっと優しかった。

ゴウカンて、こういうのを言うんだ。

「ヤだ…!」

「昨日はどうなんだよ」

ぐ、と体の奥までえぐられる。自然に腰が揺れて傷にしみた。

「アイザワくん嫌いだ…っ」

叫んだ途端にぴたり、と動きが止まる。

痛みに涙が溢れ出し、フローリングの床にそのまま水玉を作る。

「よーチャン…」

我に返ったようにおれの名前を呼び、アイザワくんがおれの中から抜け出した。

「ごめん…」

だから、謝るくらいならするなよ。

「もういい」

泣きながら腰を庇って服をかき集める。

「そんなにヤリたいなら彼女つくれよ」

そうだ。

アイザワくんモテるんだから男なんかじゃなく、面倒くさいことしないで彼女つくればいいんだよ。

ばあか。

「よーチャン」

「もういいって。触んな」

腕を払いシャツを羽織る。出て行こうとゆっくり腰を上げたら、また床に引き戻される。アイザワくんに抱きしめられていた。

筋肉質な腕の中、ただ状況の変化に躊躇っていると耳元で囁かれる。

「よーチャン、俺昨日…よーチャン大人しいから最後までして、…だからもうOKしてくれたんだと思ってた」

「な、なんの話」

「やっぱ気付いてなかったんだよな。俺一人で浮かれててさ…なら本当ごめん。勝手に勘違いしてひどいことした」

アイザワくんの言葉の意味がわからない。ただの羅列にしか聞こえない。

「よーチャン…ん」

苦しげに背後で息を吐くアイザワくん。昨日されたのを思い出して振り返る。

アイザワくんにチュー。

軽いの、だけど。

アイザワくんはびっくりしてた。

「昨日おれにしたでしょ」

「…う、うん」

「どーゆーこと」

苦しそうなアイザワくんに、もう恨みはなかった。







「マッちゃーん!」

「吉澤!…と、チッ…アイザワもか」

「うるせえ」

今日はマッちゃんに報告。いつもの自販機の前で。

「あのさ、アイザワくんと付き合うことになった」

「は?!」

昨日みたいに手から缶が滑り落ちる。拾ってあげれば、あ…今日はあったかい緑茶だ。

「な、何?おまえどうやって丸め込まれた?!」

「失礼な奴だな」

あたりを見回せばチャイムが鳴るニ分前、皆ばらばらと教室に足を向けている。

なるべくわかりやすく。

頭の中で言葉を組み替えて、説明する。


「アイザワくんはゴウカン、おれが抵抗しないからいいんだって思ったみたい。なんかおれの事好きだったみたいでさ、そんでカンチしてて付き合ってるって思いこんだらしーよ。昨日ヤラれたときに誤解とけてそんでおれがちゅーしたらやっと襲った理由教えてくれた。そんで付き合おうってことになって」

「吉澤…うまく伝わってこないけど…うん」

マッちゃんは少し疲れた顔をして「やるよ」と温かい緑茶をおれにくれた。


アイザワくんにキツい眼差しを向けてマッちゃんがいなくなった後、おれらは二人、その暖かいもので喉を潤した。






おわり

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