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バンドエイド

作者: 式田 結夜


あの人と出会った日も、別れた日もこんな蒸し暑い夜だった。

地元じゃ大きめの夏祭りに行った。花火もあり縁日も多いこのお祭りは地元の人以外にも多くの人が集まって混雑している。

香織は、浴衣で千夏と待ち合わせをしていた。白地に、金魚と水の波紋の描かれている涼しげな浴衣で黄色い帯人大きなリボンがなんとも夏らしく可愛い。

しかしもう、浴衣が乱れ始めている。

黄色い可愛らしい帯は苦しいし、背中にはじんわりと、汗をかき始めている、時折吹く風も生ぬるく、ぬるま湯に使っているような気分だ。

ジーンズとTシャツで、こればよかったなど後悔していた。

千夏とは、中学では仲良しで高校はバラバラになってしまったが、少なくても月に1回は近況報告をする仲である。

駅から続く縁日はどれもそそるものがあり、千夏が早く来ないかイライラし始めている。

ただでさえ暑いのに浴衣という姿でその上この人の数だ。

集合時間からもう15分ほど遅れている。

いつものことだと言い聞かせながらさらに5分待つと。

やっと千夏がきた。

千夏だけでない、だれか男の人も引き連れている。

浴衣の袖を揺らしながら千夏がこちらに手を振っている。

千夏は長い黒髪を可愛くお団子にし、黒字にお花が描かれている浴衣を着ていた、帯はピンクでとても女の子らしく、千夏によく似合っていた。袖口から覗く肌は真っ白で黒髪や黒い着物がとても映えていた。

そんな千夏に

「遅いよー」と笑いながら言うと。

千夏は、

「ごめんごめん」と笑いながら言う。

全く悪びれた様子もなく笑いながら言う。私がいつも許すと思っているのだろう。

千夏はいつでもそうだ、集合時間には必ず来ない、しかし、なぜだか怒る気にならないのは、性格が子供っぽく妹のような雰囲気であるからだろう。

そして

「彼氏できたの。紹介するね。」といい、智也という男が一歩前へ出た。お世辞でも、かっこいいと思えない顔で、なんだか、千夏がなぜこの人を選んだのかわからなかった。なんと反応していいのか、かっこいいねというべきなのか、よかったね、というべきなのか、反応を考えていると、

私の反応を待たずに

「そして、高校の友達の、たっちゃん。」といい、たっちゃんと呼ばれる男が、どこからともなく現れた。どこに隠れていたのか、いや、千夏の彼氏に気を取られて、全く視界に入っていなかった。しかしとても背が高い。

目測で、私より25センチは大きいだろう。私も大きいほうだが、首が痛くなりそうである。雰囲気はおっとりとしているが、ガッチリとしている、バスケ部の副キャプテンがよく似合いそうな感じである。

しかし、なぜ何も言わないで彼氏と高校の友達を連れてきたのか。

そして、月1回のペースであっているのになぜ彼氏の存在を言ってくれなかったのか。

あとから聞いてみるともう付き合って2ヶ月らしい。

千夏を彼氏に取られたような気分になった。たいして、格好良くもない男なんかに。

早くこの場から立ち去りたい、完璧なアウェイ状態に憂鬱になっていく。千夏と彼氏は盛り上がっているが、残されたたっちゃんと私の気まずい空気がゆっくりと流れていく。夏の空気はなんでこんなに、体にまとわりつくのだろうか。私は手のひらで風を送りながら思った。

暑さのせいか苛立ちが募る一方であった。


しかし、そんな苛立ちを、たっちゃんは拭い去ってくれた。

人見知りをする方ではないが、誰でも人間初対面の人とは緊張する。しかし、たっちゃんはとても話しやすかった。

「地元どこら辺なのですか?」「趣味はなんですか?」など基本的な話をしていると、地元も近く、好きなバンドも一緒だった。

ただ、話しているのが楽しかった。ゆっくりとした喋り方も、私の顔色を疑いながら話す様子も、ただただ、楽しかった。それだけで、蒸し暑いこの空気を、新鮮な空気に変えてくれた。たっちゃんが話す言葉は空気清浄機のように私の心を綺麗にしてくれた。


縁日を見て回っていたとき、私は誰かにぶつかられていまい、せまい側溝に足を引っ掛けてしまい、足をすりむいてしまった、くるぶし辺りから、少し血が滲んでいた。自分の足を眺めていると、たっちゃんは自分の財布から素早くバンドエイドを取り出し私に貼ってくれた。

私より、ピンクの帯をつけている千夏よりも女の子だったことに笑ってしまった。

痛みもさっきまでのイライラも、すべてなくなってしまうほど笑った。


たっちゃんと付き合うのはすぐだった。

話していると楽しいし、好きなバンドも同じだったせいか、恋と思った。

高校一年生が恋だの愛だのを語れるものではないと思ったが、多分こんなもんだろうと、自分の中で、かたをつけた。

付き合い始めてからは毎日が楽しかった。会える限り会い、あえない日はメールをした。家の規則が厳しい私を門限までには必ず送ってくれた。初めてのキスも確かめるようなキスだった。ただ、唇と唇が重なっているだけで幸せになれた。私がやってみたいことを全部受け入れてくれた、プールへ行ったり遊園地へ行ったりと楽しいデートを繰り返していった。たっちゃんは、何気なく私の手を取り歩いてくれた。夏の暑い日でも汗ばんでいる手でも不思議と苦にならなかった。誕生日にはネックレスをくれ、校則を無視して毎日学校につけて行った。初めてのセックスは、やり方もわからない手探りの状態で、ギクシャクすることもあったけど、重なり合うことや体温を感じて幸せな気分になった。好きなのだと、感じることができた。私はたっちゃんへの不満が一つもなかった。恋しているからなのだろうと、思った。メールの返信が遅くても、会える頻度が減っていても忙しいのだと思った。ただ自分の都合のいいように考えた。


1年を過ぎようとする頃

「好きな人ができた」たっちゃんが俯きながら言った。

私は、私より背の高いたっちゃんの顔を見上げていた。

しかしどこを見ているのか、目が合わなかった。

もう見上げるのをやめ、足元を見ながら

やっぱりなと、私は思っていた、少し前からわかっていた、だけど逃げていた。メールの返信も遅いし、会うことも少なくなってきていた。

しかし、もしかしたら・・・、とか、まだ・・・、とかそのあとに続くのは、私にとって前向きな言葉ばかりだった。

もしかしたらは、もしかしない。まだじゃ、もう遅かったのだ。

あの時に優しい言葉をかけてればとか、そんな後悔すらなかった。

1年なんてあっという間だったのに、思い出が結構あるものだった。

そんなことを考えてうつむいていると、たっちゃんは泣きそうな声で

「ごめん」という。

高校2年生がそう簡単に、「しょうがないな、いいよ」なんて大人な対応ができるはずがなかった。

ただ笑った。

何も返す言葉が出なかった。

泣かなかった。

泣いたら負けだと思った。こんな時に弱さを見せたくなかった。フラれた女の役なんてしたくなかった。

怒らなかった。

許したくないと思った。だけど、許したくないから怒らないのではなかった。怒れないから許せないのだ。自分自身にも、たっちゃんにも。

だから、ただ笑った。

私は本当に好きだったのだろうか。では、好きとは何処からなのだろうか。誰もわかるはずのない、問いかけ。答えられない。しかし1問目の答えははっきりとしていた。私はたっちゃんが好きではなかった。ただ、相手が欲しかった。不満がないのは恋をしているからではない、愛しているからでもなく、どうでもいいからだ。ただ、恋をしているという千夏への憧れと嫉妬を紛らわすためだけだったのかもしれない。

また私はうつむくと、ふと、サンダルから覗く傷が目に入った。

1年前、私が怪我したところだ、軽い擦り傷だと思っていたがまだ、消えていなかった。

たっちゃんがいなくなるのに、傷だけが残る。

次怪我した時にはもう、あのバンドエイドがないと思うと急に痛みと苛立ちが襲ってきた。



もしかしたら、たっちゃんは私にとって大切なものになり始めていたのかもしれない。


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