意外な同行者
輝きに飲み込まれ遠のいた意識が再び覚醒した時、カイゼルは森の中にある湖のほとりに寝そべっていた。
「無事に転生できたのか?」
そう呟いたカイゼルは、ある違和感に気づいた。
「なんだ?この声は‥‥」
前の自分の声よりもかなり高い。まるで女性の声のようだ。首を傾げたカイゼルは首筋をサラサラと流れ落ちた感触に気づく。
「これは‥‥私の髪か!?」
慌てて首の辺りを触ると、一房摘んで自分の前に持って来る。長い艶やかな黒髪だった。
「どうなっているんだ‥‥」
愕然としたカイゼルは湖の湖面に顔を映してみた。澄み切った湖面に映し出されたのは、長い黒髪に美しい顔立ちをした見知らぬ顔。自分の姿だと理解するまで数秒かかった。
「まさか女として転生したのか?」
カイゼルは思わず胸と下半身に手を当てて確認し、安堵のため息をついた。胸はなく、下半身には紛れもない男性としての証がついていたからだ。
「それにしても、随分と中性的な顔に生まれ変わったものだな」
そう言いながらカイゼルは湖面に映った自分の姿を改めて眺めた。黒曜石のように艶やかな黒髪は腰の辺りまで伸び、顔立ちは実に整っている。女性だと性別を偽っても、誰も疑わないだろう。そんな自分の顔を物珍しそうに見つめていたカイゼルに、突然声がかけられた。
「これはカイゼル様。随分と美しいお姿になられましたね」
弾かれたように背後を振り向いたカイゼルの視界に入ったのは、意外な人物だった。
「ディーナさん!?何故ここに?」
「ネメフェア様からカイゼル様のお世話をするように指示を受けましたので。」
「ディーナさんが私の世話を‥‥?」
「カイゼル様、私のことはディーナと呼び捨てにしてくださいませ。敬語も必要ありません」
「いやしかし‥‥」
「カイゼル様はネメフェア様の眷族になられたお方。今や私などよりも高貴なお方なのです」
頑として聞き入れそうにないディーナの態度に、カイゼルの方が折れた。
「分かった。ではディーナ、先ほど私の世話をするためにここに来たと言っていたが、それはどういう意味?」
「言葉通りの意味です。ネメフェア様から、カイゼル様の転生先に同行し、身の回りのお世話をするように言い遣ってまいりました」
「気持ちは嬉しいが、なぜそんな事に?」
「カイゼル様はこの世界では天涯孤独の身です。ネメフェア様も心配されたのでしょう」
「そうだったのか。しかしネメフェア様からは何もお聞きしていないのだが‥‥」
カイゼルの言葉に、ディーナはクスリと笑った。
「言えば断られると思ったのでしょう。私が指示を受けたのも、カイゼル様が転生された後でしたので」
「そうだったのか‥‥」
「はい。ですから、これからは何なりとお申し付けください」
「分かった。これからよろしく頼むよ。ところで私のこの姿なんだが‥‥これはネメフェア様が?」
カイゼルの質問に、ディーナは首を横に振った。
「転生後のカイゼル様の容姿については、こちらからは干渉しておりません。一点を除いて、ですが」
「一点を除いて?」
「湖面の反射だけでは分かり難かったようですね。こちらをご覧ください」
そう言いながらディーナは手鏡を取り出し、カイゼルに渡した。それを何気なく覗き込んだカイゼルは目を丸くした。
「銀色の‥‥瞳!?」
鏡に映ったカイゼルの顔。その瞳は、まるで月光を宿したかのように銀色に輝いていたのだ。
「その色はネメフェア様の眷族である証。ネメフェア様の加護を受けた者の証です」
カイゼルは自分の瞳をまじまじと見つめた。銀色の大きな瞳は、カイゼルの美しい容姿を更に際立たせている。
「ますます男に見えないな‥‥」
カイゼルは複雑な表情を浮かべた。整った容姿に生まれ変わったのは喜ぶべきなのかもしれないが、ここまで中性的な顔立ちだとどこか妙な感じだ。
「カイゼル様、もうよろしいでしょうか?」
しばらく鏡を凝視していたカイゼルは、ディーナの声で我に返った。
「ああ、ありがとう」
カイゼルはディーナに手鏡を返した。
「さて、これからどうしようか」
「この森を南に抜けると町があります。まずはそこに向かわれるのがよろしいかと。ですがその前に‥‥」
「その前に?」
「服を替えられた方が良いでしょう」
ディーナに言われて、カイゼルは自分がひどく情けない格好をしていることに気づいた。服は転生前の自分の服と変わらないのだが、今の自分とは身長も体格も違うためサイズが全く合っていない。子供が大人の服を着ているようで不格好だった。
「カイゼル様、こちらの服に着替えてください」
ディーナがそう言った次の瞬間、彼女の手にはいつの間にか一揃えの服があった。
「‥‥ディーナ、今どこから服を出したの?」
「秘密でございますわ」
そう言いながらにっこりと笑うディーナから服を受け取り、カイゼルは近くの茂みの中で服を着替えた。
「どうかな」
「大変お似合いですよ」
ディーナから渡されたのは、黒のジャケットとズボンだった。シンプルだが頑丈な造りで、所々に銀製の細緻な装飾が施されている。
「そのジャケットは、ナックハウンドという魔獣の革で仕立てられております。ズボンも同様です。下手な鎧よりも頑丈ですよ」
「こんなに軽いのに?凄いな」
カイゼルは軽く体を動かしてみた。しなやかな革で作られた服は、動きを阻害することなく着心地も良かった。
「さあ、それでは町へ向かいましょう」
「そうだな」
カイゼルはこれから起こるであろう様々な出来事に期待を膨らませながら町へと向かうのだった。