そして新たな世界へ
お待たせいたしました
刀身に走っていた亀裂に沿って、剣がバラバラと崩れ始めたのだ。みるみるうちに刀身は複数の破片になって、カイゼルの足下に散らばった。
「ネメフェア様‥‥これはいったい‥‥?」
戸惑うカイゼルを見て、ネメフェアは楽しそうに笑った。
「壊れたわけではありませんよ。破片をよく見てみなさい」
カイゼルが足下の破片に目を凝らすと、破片同士を繋ぐ青白い糸のような光に気づいた。光は破片の全てを繋ぎ合わせ、柄元まで続いている。一続きに連なったその形状は、剣の名のとおり蛇のようだ。一般的な形状とは違っているが、カイゼルはその形に見覚えがあった。
「これは‥‥鞭ですか」
「その通り。鞭としても使える魔剣、それが世界蛇のもう一つの姿です。使いこなすにはそれなりの技量が必要ですが、便利でしょう?」
カイゼルが感触を確かめるように剣を振るう。
「破片を繋いでいるのは魔力で構成された糸、魔導糸です。細いですが非常に頑強ですし、貴方の意志である程度の伸縮も可能です。伸びろと念じてみてください」
カイゼルが念じてみると、魔導糸はカイゼルの意志に反応してするすると伸びた。
「逆に縮めと念じれば糸は縮みます。剣に戻したければ封刃と唱えてください」
「なるほど‥‥封刃」
カイゼルが言葉を発すると、破片は瞬く間に元の長剣の形に戻っていった。
「気に入りましたか?」
「はい。この剣にしようと思います。」
「分かりました。では鞘を用意させましょう。ディーナ」
「お呼びでしょうか」
ネメフェアの呼び掛けに、音もなく部屋のドアを開けて現れたディーナが応える。
「この剣に合った鞘を用意しなさい」
「かしこまりました。カイゼル様、鞘を見繕って参りますので剣をお借りします」
ディーナはカイゼルから世界蛇を受け取ると、一礼して部屋を出ていった。
「さあ、準備もこれで全て終わりました。後は貴方を転生させるだけ。最後に聞いておきたいことはありますか」
ネメフェアの問いかけにカイゼルは少し逡巡したあと、口を開いた。
「聞いても良いものか迷いましたが、一つお聞きしても良いでしょうか」
「何でしょう」
「王は‥‥クリス陛下達は無事に逃げることができたのでしょうか」
「‥‥貴方が戦場で逃がしたあの王ですね?」
「はい。無事に逃げ切れたのか、それだけが気がかりでした」
あの時王を逃がした隠し通路は城外まで続いており、出口も複数ある。しかもそのどれもが巧妙に擬装されていた。逃げ切れる可能性は高い。が、確実ではない。カイゼルはネメフェアの言葉を待った。
「安心しなさい。彼等は無事に逃げ切りましたよ」
ネメフェアのその言葉に、カイゼルの身体から力が抜けた。
「そうですか‥‥これで心残りはなくなりました」
カイゼルはそう言うと、どこか晴れやかな表情を見せた。
「お待たせいたしました」
ちょうどその時、ディーナが世界蛇を手に戻って来た。
「カイゼル様、剣をお返しいたします。どうぞ」
ディーナから渡された世界蛇は、細部の金具まで手抜きのない造りをした漆黒の鞘に収まっていた。カイゼルはそれを腰に提げる。
「さあ、それでは貴方を転生させましょう。その方陣の中に立ってください」
カイゼルが方陣の中心に立つと、方陣全体が輝き出した。
「ではカイゼル、良い旅を」
「ネメフェア様、ありがとうございました」
そして方陣が更に輝きを増すと、カイゼルの意識はゆっくりと輝きの中に飲み込まれていった。