動き出す影の狼
遅くなりました。本当にすみません(*_*;
「イゼルさん、セシルさん、昼食をご一緒しませんか?」
レイチェルが転校してきてから数日経ったある日の昼休み、カイゼルとセシルは彼女に声をかけられた。
「いいですよ。イゼルさんは?」
「ええ、構いませんよ」
「良かった。それでは食堂へ行きましょう」
レイチェルが歩き出すと、カイゼルはさり気なくレイチェルとセシルの間に入る。実はカイゼルはレイチェルのことを怪しんでいた。セシルが入学した直後に転校してくるのはタイミングが良すぎる。彼女には警戒するべきだとカイゼルは考えていた。
「レイチェルさん、学園生活はどうですか?」
「そうですね‥‥少し馴れてきた、といったところでしょうか」
食堂へと向かう間、三人でたわいもない話をしながらも、カイゼルはさり気なくレイチェルに注意を払い続けていた。彼女が暗殺者であるという確証は何もない。ただ、カイゼルの直感が頭の中で警鐘を鳴らし続けていたのだ。
「イゼルさん、今日のお昼は何にしようか」
そんなカイゼルの胸中を知る由もなくセシルが立ち止まりカイゼルに話しかける。その時カイゼルは確かに見た。
──セシルの背後にある開け放たれた廊下の窓。その向こうの茂みに輝く光を──
「危ない!」
カイゼルはとっさにセシルを押し倒した。数瞬遅れて窓から飛び込んだ輝き。投擲用の短剣が、先程までセシルが立っていた場所を切り裂き壁に突き刺さる。
「きゃああああ!」
壁に突き刺さる短剣を見てレイチェルが悲鳴を上げた。その声に何事かと様子を見に来た生徒達も同様に悲鳴を上げ、その場は大混乱になる。
「わ、私先生を呼んできます!」
顔を蒼白にしたレイチェルは、震える声でそう言うと教師を呼びに走っていった。
「イゼルさん‥‥私‥‥」
「セシルさん。落ち着いて。体を低くしてください。皆さんもです!」
呆然とするセシルの肩を抱き、外からの死角へと移動させた。同時にカイゼルは、未だに混乱のただ中にある生徒達にも身を隠すように指示を出す。混乱はなかなか収まらず、騒然とした空気は教師達が来るまで続いた。当然ながら午後の授業は全て中止となり、学院はしばらくの間休校となったのだった。
「お疲れ様」
人気のない夜の路地裏に立つフードを被った少女。彼女が労いの言葉をかけたのは、趣味の悪い服に身を包んだ男だ。
「へへっ、それじゃあ報酬の方をもらおうか。しかし本当にいいのかい?標的を仕留め損なったのに」
男は欲にまみれた笑みを浮かべながらそう言った。
「もちろん。そういう契約だったでしょう?」
そう言いながら、少女は男に近づいた。
「ご苦労様。報酬を受け取ってちょうだい」
「ぐっ!?」
少女が懐から取り出したのは、報酬ではなく鋭い短剣だった。それはこの上ない正確さで男の胸に突き立てられる。
「な、何故だ!依頼は果たしたはず‥‥」
自分の胸から生える短剣の柄を握り締めながら、男が苦しげに呟く。
「ええ、貴方は完璧に依頼を成功させてくれたわ。これで彼女の護衛の注意は私から外れるでしょう。」
少女の目深に被ったフードから覗く口元が笑みに歪む。
「でもね、私心配性なの。貴方の口からいつこの事が漏れないとも限らないでしょう?だから、心配の種はきっちりと絶っておかないとね」
「ち、ちくしょう‥‥」
その言葉を最期に、男の生命は尽きた。
「おやすみなさい。よい夢を」
少女は事切れた男の胸から短剣を引き抜くとフードを外す。その下から現れたのは漆黒の髪に同じく漆黒の瞳。フードの少女、レイチェルは短剣を一振りすると闇へと消えていった。