魔の手
約束破ってしまってすみません。
遅れましたが再開します。
一騒動あったもののカイゼルは入学式を無事に終え、アテナ女学院の生徒になった。しかし入学から数日が経過し、セシルともかなり打ち解けてきた頃、カイゼルも想定していなかった問題が発生していた。
「おはようございますイゼルさん」
「今日もお綺麗です」
「ええ、本当に‥‥見惚れてしまいます」
朝からカイゼルを囲む女生徒達。これがカイゼルも想定していなかった問題だった。
(目立たないようにセシルさんの護衛をするはずだったんだがな‥‥)
女生徒達に笑顔で接しながら、カイゼルは内心頭を抱えていた。何しろ登校から下校まで、授業中以外は常に囲まれている状態なのだ。目立たずに護衛、というのは難しい。だが、利点もあった。
(これだけセシルさんの周りに人がいれば、彼女を狙う輩も迂闊に手は出せないだろうな)
そう、女生徒に囲まれているカイゼルが常にセシルの側にいれば、必然的に彼女は襲われ難くなる。行動を起こせば目撃される危険性が増えるからだ。
(だが、この状況は相手にも有利。諸刃の剣か‥‥)
彼女の周囲に人が多いということは利点だけではない。狙う側からすれば女生徒達に紛れて近づき易いはずだ。
(まあ刺客が女性でないと紛れ込むのは不可能なんだが、女性の暗殺者なんて珍しくないしな‥‥どうしたものか)
カイゼルが前途多難な今後の護衛方針を考えながらため息をつくと、すぐ隣から押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
「セシルさん、どうかされましたか?」
笑い声の主はセシルだった。彼女はカイゼルの方を見ながらクスクスと笑っている。
「ゴメンゴメン。イゼルさんの表情がくるくる変わるから面白くて」
「まあ、私そんなに表情が変わっていましたか?」
「うん。それはもう目まぐるしくね。笑顔で皆と接していたかと思ったら、急に難しい顔になってみたり。何か悩み事?」
「いえ、少し考え事をしていました」
とっさにそう答える。護衛方針で悩んでいたなどと言えるわけがない。
「そう?なら良いけど」
「それより次の授業は音楽でしたね。そろそろ移動しましょう」
「そうだね。行こうか」
音楽室へ向かう長い渡り廊下。音楽の授業を受けるため、カイゼルとセシルはそこを歩いていた。
「イゼルさんは本当に人気者だね」
「どうしたんですいきなり」
突然セシルからかけられた言葉に、カイゼルは首を傾げた。
「気づいてないの?周りの子達、皆イゼルさんを見てる」
セシルに言われて周囲を伺うと、確かに幾つもの視線を感じた。
「流石にファンクラブがあるだけのことはあるね」
「フ、ファンクラブ!?」
カイゼル自身初めて聞く驚愕の事実に顔が引きつる。
「知らなかったの?」
「初耳です‥‥」
「他のクラスの子が立ち上げたらしいんだけど、あっという間に会員が増えたみたいだよ。今では同学年だけじゃなく上級生にも会員がいるみたい」
「そ、そうなんですか‥‥」
カイゼルは複雑な表情を浮かべた。
「皆それだけイゼルさんに憧れているってことだよ」
そう言いながらカイゼルの数歩先を歩いていたセシルが笑顔で振り返る。その刹那──
「危ない!」
「きゃあっ!」
渡り廊下の外から放たれた鋭い殺気を感じ、カイゼルは咄嗟にセシルを庇うように引き寄せた。
(刺客か!?)
セシルを自分の胸に引き寄せたまま、カイゼルは辺りを警戒する。だが、襲撃はない。殺気も既に消えていた。
(もう大丈夫か‥‥)
カイゼルは警戒を緩めた。その時
「あの、イゼルさん‥‥恥ずかしいからそろそろ離して欲しいかな」
セシルの声にカイゼルは、自分が彼女を抱き締めたままな事に気づいた。
「!?すみません!」
カイゼルは慌ててセシルの体から手を離す。
「いきなりで驚いたよ。突然どうしたの?」
「いえ、セシルさんの肩の近くに虫が飛んできたように見えたので、咄嗟に引き寄せてしまいました」
「そうだったんだ。私虫嫌いだから助かったよ。ありがとう、イゼルさん」
苦しい言い訳だが、どうやらごまかせたらしい。頬を朱に染めたセシルは、はにかみながらカイゼルに礼を言った。
「そろそろ行こうか。授業に遅れちゃうよ」
「そうですね。行きましょう」
セシルの言葉に答えながら、カイゼルはもう一度殺気が飛んできた方向を見つめた。
(殺気だけで襲撃してこなかったか‥‥様子見だったのだろうか。まあいい。私は全力で護るだけだ)
決意を新たにしながら、カイゼルはセシルと歩き出した。