入学初日
「遂に来てしまった‥‥」
豪奢にして美麗な門、アテナ女学院の入口をカイゼルは憂鬱な気分で見つめていた。
「ここまで来てしまったのです。カイゼル様、お覚悟を」
「分かっているよ、ディーナ」
カイゼルの傍らに付き従っていたディーナの言葉に、カイゼルは深いため息をつきながら答えた。今日はアテナ女学院入学式当日。これから依頼が終了するまで、カイゼルはここで女生徒として過ごさなければならない。今日までエレン達に女性らしい仕草などを叩き込まれてきたので男性だと見破られる心配はないとは思うのだが、それでも一抹の不安を抱えながらカイゼルはアテナ女学院の門をくぐった。その後にディーナも続く。
「すまないなディーナ。付き合わせる羽目になってしまって」
「いえ、構いません」
学院の敷地に足を踏み入れたカイゼルがそう言うと、ディーナは笑顔で答えた。ここアテナ女学院は、貴族や大商人のお嬢様達が通う学院だ。そのため入学生のほとんどは自分の家のメイドを連れて入学してくる。そこでカイゼルのサポート役として、ディーナも学院にやってきたのだった。
「それじゃあ依頼が完了するまでサポートを頼むよ」
「お任せください。まずは受付を済ませましょう」
「そうだな。受付は‥‥あれか」
門をくぐってしばらくの所に机が置かれ、女生徒が何人か座っていた。どうやらあれが受付のようだ。カイゼルとディーナは受付へと足を向けた。
「すみません、新入生のイゼル・セグナムと申します。受付はこちらでよろしいでしょうか?」
予め決めておいた、カイゼルの頭の一文字を取っただけの捻りのない偽名を名乗り、カイゼルは受付にいた女生徒の一人に声をかけた。声をかけられた女生徒はカイゼルの顔を見ると驚いたように目を丸くした後、慌てて手元の名簿を確認した。
「イゼル・セグナムさんですね。入学おめでとうございます。セグナムさんのクラスは1ーAですね。入学式までまだ時間がありますので、それまでは教室で待機になります。教室の場所はこちらの書類に教室までの略図がありますので、そちらを確認してください」
「ありがとうございます」
手慣れた様子で書類を渡す女生徒に会釈をし、カイゼルは校舎へと向かう。その途中、カイゼルは先程から気になっていたあることについてディーナに訊ねた。
「ディーナ。さっきから物凄い数の視線を感じるんだが、これは私の気のせいか?」
カイゼルが気になっていたのは、こちらを見る視線だった。それも一人や二人ではない。学院に来るまでの道中、そして学院に入ってからも尋常ではない数の視線を感じるのだ。
「いえ、気のせいではありません。先程からすれ違う人のほぼ全てがイゼル様を見ています」
ここは既に学院の中。誰が話を聞いているかも分からないので、ディーナはカイゼルを偽名で呼んだ。
「もしかして私は怪しまれているのか?」
男性だと見破られているのではないか、と考えたカイゼルがそう言うと、ディーナは
「ありえません。イゼル様が注目を集めているのは別の理由からです」
と即答した。
「別の理由?」
「イゼル様がお綺麗ですから、皆注目するのですよ」
ディーナの答えにカイゼルは絶句する。
「それよりもイゼル様、ここは既に学院内です。言葉遣いに注意なさってください」
二の句が継げないカイゼルに、ディーナは注意を促した。
「そうね。誰が聞いているか分からないもの」
気を取り直したカイゼルはディーナの注意に、エレン達に教え込まれた女性らしい言葉遣いで答えた。
「うう‥‥この言葉遣いはやっぱり慣れないわね‥‥慣れたくもないけれど」
「我慢なさって下さい」
「元の言葉遣いに戻れなかったらどうしましょう‥‥」
そんなことを話しながらしばらく歩いた二人は、1ーAと刻まれたプレートが掲げられた扉の前で足を止める。
「ここが私のクラスね」
「そのようですね」
「それでは行きますか」
カイゼルは一つ深呼吸をすると、扉を開けて教室へと一歩踏み出した。