乙女の園
前話から少し時間が飛びます。
その後カイゼルは家の購入資金を貯めるべく、日々積極的に依頼をこなした。フェリシアも鍛冶師の仕事を再開するため商業ギルドに加入。ブレイガードと共に家の一階で武具店『銀の鎚』を開店する。ギルドの依頼を遂行していく中でカイゼルはすぐに頭角を現し、一年経たない内にギルドランクBに昇格。フェリシア達もその丁寧な仕事ぶりが評価され、次第に評判を上げていった。そして一年後、ついにカイゼル達はタリムの借家を購入する。月日は流れ、それから更に数年の時が経とうとしていた。
「おおカイゼル!ちょうどいいところに来たな」
今日も依頼を受けにギルドを訪れたカイゼルを、ナヴァルが呼び止めた。彼の横には依頼者だろうか、上質な服に身を包んだ初老の男性が立っている。
「彼がギルド長が話されていた方ですかな?なるほど確かに‥‥」
男性はカイゼルをしげしげと観察すると、納得がいったとばかりに何度も頷いた。
「カイゼル、突然だがお前礼儀作法には自信があるか?それも貴族連中にも通用するようなしっかりしたやつだ」
「?一応一通りの作法は学んでいますが‥‥」
ナヴァルの質問に、カイゼルは首を傾げながら答えた。ネメフェアから授かった知識に加え、転生前には騎士だった身だ。ある程度の礼儀作法は身についている。
「左様でございますか。では、不躾ながら幾つか試させていただいてもよろしいですか?」
ナヴァルの隣にいた初老の男性がそう言うとカイゼルに質問を投げかけてきた。それは基本的な礼儀作法から、滅多に使わない特別な儀礼の決まりまで多岐にわたるものだったが、カイゼルはその全てに口頭で、あるいは実践して淀みなく答えた。やがて質問が終わると、初老の男性は笑顔で一つ大きく頷いた。
「素晴らしい。完璧ですな。ギルド長が推薦された理由が分かりました」
「それではコナーさん、彼で決まりで?」
「ええ、話を聞いたときはどうなることかと思いましたが‥‥これならば問題ないかと」
カイゼルを放置したままナヴァルと初老の男性、コナーは話を進めていく。
「‥‥話が見えてこないのですが‥‥」
「おお、悪い悪い。実はお前に依頼を頼みたいんだが、今回の依頼に礼儀作法は必須でな。だから今チェックをしてもらったんだ。」
「そうでしたか」
やっと話が飲み込めたカイゼルに、ナヴァルが話を続ける。
「そしてこちらが依頼者のコナー・キンドルさんだ。彼は自分が仕えている商人、ゲイル・フラムレイル氏に頼まれて依頼をしに来たそうでな」
「なるほど。ところで依頼の内容は?」
「ゲイル氏の一人娘の護衛だ。ただし、訳ありで表立っては護衛ができん。難しい依頼だが引き受けてくれるか?」
ナヴァルの言葉にカイゼルは少し思考を巡らせる。
(おおっぴらに護衛ができないとなると少々厄介な依頼だな‥‥しかしせっかくギルド長が推薦してくれた訳だし、受けるか)
一筋縄にいきそうにない依頼だが、カイゼルは依頼を受けることに決めた。
「分かりました。その依頼、お受けします」
「受けてくれるか。助かるぜ。それじゃあ護衛対象について話をしよう」
そう言うとナヴァルは書類の束をカイゼルに渡した。
「護衛対象はゲイル氏の一人娘、セシル・フラムレイルだ。彼女が狙われる理由なんだが、彼女の祖父、ラーク・フラムレイル氏の遺産のせいらしい」
「遺産相続問題、ですか」
「そういうことだ。本来なら相続手続きはとっくに終わっているはずなんだが、親類連中からの妨害やら何やらで遅れに遅れてやがる。更には手続きが完了しない内にセシルさんを亡き者にしようとする馬鹿まで出てくる始末だ。そこでお前には相続手続きが終わるまでの間、彼女の護衛をやってもらいたいってわけさ」
ナヴァルの説明を聞きながら、カイゼルは書類に目を通す。
「なるほど。依頼はいつから開始ですか?」
「一週間後だ。アテナ女学院への入学手続きはこっちでやっておくから、お前はそれまでに準備を済ませておいてくれ」
ナヴァルが何気なく放った一言にカイゼルの書類をめくる手が止まった。
「ちょっと待って下さい!アテナ女学院に‥‥入学!?」
「ああ、セシルさんは一週間後にアテナ女学院に入学予定なんだ。男子禁制、乙女の園さ。カイゼル、お前さんにはそこに女性として潜入、護衛についてもらうぜ。俺がお前を推薦した理由が分かっただろ」
ナヴァルはそう言うと、どこか意地の悪い笑みを浮かべた。