フェリシアの提案
遅くなりました。
フェリシアの答えにカイゼル達は絶句した。誰からも忘れられたまま眠り続ける。それは死と変わらない。いや、死の方がまだ楽かもしれない。フェリシアの取った選択はそれほどまでに壮絶なものだった。
「そうして眠り続けて二百年。何の巡り合わせか世界蛇を持ったあなたがやって来て、扉は開かれました。扉が開けば封印は解けるようになっていましたから、私は目覚めて今ここに居る、というわけです」
話し終えたフェリシアは、一つ息をつく。
「これで昔話はお終いです。さあ、今度はそちらの用件についてお話ししましょうか。カイゼルさん達はここに調査に来たのでしたね?」
「はい、そうです」
波瀾万丈な人生を聞いて圧倒されていたタリムは我に返るとそう答えた。
「調査は自由にしていただいて構いませんわ。この鍛冶場と、隣にある私が眠っていた部屋にある物も全て差し上げます」
「ほ、本当ですか!?」
フェリシアの言葉に、タリムは歓喜した。
「ええ。ただし条件があります」
「条件‥‥ですか?」
フェリシアの言葉に、一転してタリムの表情が曇る。どんな条件が提示されるか分からないからだ。
「まずは一つ目の条件ですが、私とブレイガードの存在を伏せておいていただきたいのです」
「分かりました。お約束しましょう」
即答したタリム。その顔をフェリシアは驚きと共に見つめた。
「‥‥即答されるとは意外です。正直断られる事も覚悟していたのですが」
「何故ですか?ここの調査も許可してもらっただけでなく、ここにある物も全て自由にしていいという許しまでもらったのです。それくらいの条件でしたら喜んで呑みますよ」
そう言うとタリムは目を輝かせながら辺りを見回した。
「古代の炉に鍛治の道具、それらを使って作った武具までありますからね。きっと素晴らしい研究ができますよ」
「そうですか。喜んでいただけて何よりです」
「ところでフェリシアさん、先程一つ目の条件と仰いましたね。まだ他に条件があるのではありませんか?」
カイゼルの問いかけにフェリシアは少し逡巡した。
「はい。厚かましいと思われるかもしれませんがもう一つだけ‥‥」
「どんな条件ですか?」
「ここを明け渡す代わりに、私達が住める場所を提供していただきたいのです」
「住む場所ですか‥‥分かりました。探してみましょう。どのような物件が良いですか?」
タリムがフェリシアに訊ねる。
「できればで構いませんが‥‥静かに暮らしたいので場所は郊外、あまり家屋が密集していない場所にある一戸建てが希望です。あくまで希望ですから、条件に合わない物件でも問題ありません」
「郊外の一戸建てですか‥‥」
暫く考えを巡らせていたタリムとカイゼル。その二人の頭に一つの物件が浮かび、二人は同時に顔を見合わせた。
「ありますね。条件に合う物件が」
「ええ。しかしあの物件は‥‥」
タリムが言いよどむ。二人の頭に浮かんだのは、カイゼルへの依頼に対する報酬であるはずのあの借家だったからだ。
「どうしましたか?」
顔を見合わせたままの二人を不思議に思ったのか、フェリシアが声をかけた。
「条件に合う物件があるにはあるのですが‥‥」
タリムが申し訳なさそうに話しだした。グレイセルの郊外にフェリシアが提示した条件に合う物件があること、そしてその家がカイゼルに対する報酬になっていることも。
「そうですか。先約があるのでは仕方ありません。そちらは諦めましょう」
フェリシアがそう口にした時、
「タリムさん。家はフェリシアさんに譲ります」
カイゼルがそう言った。驚いたのはタリムだ。
「ですがそれでは!」
「良いんですよタリムさん。私などよりフェリシアさん達の方がその家を必要としているでしょう」
「それは、そうかもしれませんが‥‥」
尚も言い縋ろうとするタリム。だがそれを遮るようにカイゼルは言葉を続ける。
「と、言うわけですフェリシアさん。タリムさんの物件はお譲りします」
「お気持ちは嬉しいのですが‥‥カイゼルさんはそれで良いのですか?」
「はい」
訊ねるフェリシアにカイゼルは笑顔で頷いた。それに対し何かを考えているかのように黙り込んだフェリシア。だが不意に何かを思いついたのか、その顔に笑みを浮かべた。
「カイゼルさん、唐突でしかも失礼な事をお聞きしますが‥‥結婚はされていますか?」
「いえ、まだですが」
カイゼルに投げかけられた場違いとも思える質問に、戸惑いながらもカイゼルは答えた。
「では恋人は?」
「いません」
カイゼルの答えにフェリシアは少し考える素振りを見せた後、こう切り出した。
「分かりました。カイゼルさん、家は先に決めた通りあなたが報酬として受け取ってください」
「いや、それではフェリシアさん達の住む場所が‥‥」
反論しようとするカイゼル。だがそれをフェリシアの言葉が制した。
「話は最後まで聞いてください。本題はこれからです」
「本題‥‥ですか?」
話の意図が掴めないカイゼル。そんな彼に、フェリシアはとんでもない発言を投下した。
「その報酬として受け取った家にですね‥‥カイゼルさんさえ良ければ私とブレイガードを居候させてほしいのです」
余りの衝撃的な発言に声もないカイゼル達を見ながら、フェリシアは柔らかく微笑んだ。