魔鎚の神殿を守りし者
「おかしいな‥‥」
地下への階段を進んでいたカイゼルが呟いた。
「どうかしましたか?」
後ろをを歩いていたタリムが不安げな声をあげる。
「罠が一つも見当たらないんです」
遺跡には侵入者を排除するための罠が必ずと言って良いほど設置されている。だが、この隠し通路にはそれが一つも設置されていないのだ。
「良いことではありませんか」
「確かにそうなのですが‥‥」
どこか釈然としないカイゼルだったが、確かに罠がなければ安全に調査ができるのも事実だ。気を取り直してカイゼルは歩を進める。やがて足を踏み入れた隠し通路の入り口が遥か後方になってきた頃、
「カイゼルさん!あれを!」
タリムが指差した先を見ると階段が終わり、少し広くなった空間と堅牢な扉が見えてきた。
「タリムさん、ここで少し待っていてください。罠がないか確認して来ます」
カイゼルは先行し、扉を調べ始めた。
「ディテクトにも反応なし。ここにも罠がないのか‥‥」
扉を調べたカイゼルが首を傾げる。ここまで罠がないのは拍子抜け、というよりも不気味だ。まるで誘い込まれているような気すらしてくる。
「どうですか?」
「罠はありません。もうこちらに来ても大丈夫ですよ」
罠の確認を済ませたカイゼルはタリムを呼び寄せると扉に手をかける。
「?鍵がかかっているのか?」
カイゼルが押しても引いても、扉は開かなかった。もう一度扉を調べるが鍵穴らしき物も見当たらない。
「そんな‥‥ここまで来たのに‥‥」
タリムがその場に崩れ落ちる。鍵穴があればまだ対処のしようもあるのだが、それがないとなるとかなり特殊な方法で施錠がされているのだろう。今持ってきている装備では到底開錠はできそうにない。そればかりかタリム一人の力ではこの先調査を進める事もできない可能性すら出てくる。
「タリムさん‥‥」
酷く落ち込むタリムに、カイゼルは声をかけられずにいた。そのまま気まずい沈黙が続き、声をかけられないままのカイゼルがもう一度扉を見たその時、
「ん?これは‥‥」
扉の取手の下辺り、扉を彩る装飾に紛れて不自然な窪みがあることにカイゼルは気づいた。カイゼルはそこに触れてみる。
(何も起こらないか‥‥)
何かが起きるのを期待しての行動だったが、扉にも周囲にも目に見える変化はない。どうしたものかとカイゼルはため息をつくと、扉から手を離そうとした。だがそれはタリムの声で止められる。
「カイゼルさん!カイゼルさんの剣が!」
「剣?」
声につられて自分の剣に視線を落としたカイゼルは、驚きに目を見開いた。
「何だこれは!?」
視線の先、鞘に収まった剣から青白い魔力が溢れ出ていた。それと同時に扉にも変化が現れる。扉の内側から金属が擦れ合う鈍い音が響き、あれほど開かなかった扉が重々しい音と共に開き出したのだ。
「これはいったい‥‥」
「私にも分かりません‥‥」
茫然としている二人の前で、扉はゆっくりと開いていく。そして完全に開いた扉の先の景色に、二人は目を奪われた。
「素晴らしい‥‥我々の仮説は間違ってはいなかったんだ!」
興奮に瞳を爛々と輝かせながらタリムが叫ぶ。扉の先、そこは広い部屋だった。部屋の右側には大きな炉があり、その近くの棚には鍛冶に使うであろう道具類が整然と並べられている。そして部屋の左側には、この鍛冶場で鍛えたと思われる剣や鎧が並んでいる。それは正にタリムが思い描いていた通りの光景──鍛冶場そのものだった。
「鍛冶場ですよカイゼルさん!やはり実在したんだ!」
そう言いながら駆け出そうとしたタリム。だが、それをカイゼルは手で制した。
「どうしたんです?何故止めるんですか!」
「あれを見てくださいタリムさん」
カイゼルの指差す先、部屋の最奥に一組の甲冑が鎮座していた。細部にまで意匠を凝らした、美しい甲冑だ。だが、どこか禍々しい雰囲気を放っている。それが今、傍らの剣を手に立ち上がったのだ。甲冑の中に人が入っている気配はない。ただ兜のバイザー越しに、人ならざる赤い瞳の輝きが覗いていた。
「何者ダ。此処ハ我ガ主ノ神聖ナル場所。許可無ク立チ入ル事ハ許サヌ」
軋んだような耳障りな声が鎧から発せられる。
「カイゼルさん‥‥」
「下がっていてください」
怯えるタリムを庇うように前に立つと、カイゼルは世界蛇を構えた。
「愚カ者メ‥‥冥界デ主ニ詫ビルガ良イ」
甲冑も剣を構える。そして、戦いが始まった。